第672話-2 彼女は『狩猟ギルド』を知る

 荘厳なフリント石壁を持つ礼拝堂の横に、下働きの者や旅人、巡礼用の簡素な木造の建物がある。ここが今日の宿である。


「意外と内装は今風なのよね」

「新しい建物ですから、その分、外装は時代がかった物を選んだのかもしれません」


 大聖堂ではなく教会なので、内装は簡素と言って良いものである。あくまでこの地の教区民が祈りを捧げる場所である。聖王会の教会であり、御神子教徒のミサ・礼拝が行われる様子が目に浮かぶような場所である。


「大勢で祈り、感謝を捧げる気持ちにさせる場所です」


 原神子信徒は自身の信仰に拘る故に、分派が激しいとも聞く。このような大きな教会ではなく、建物の一室・一画を集会場兼教会としている傾向がある。それはそれでよいと思う。


 修道院が解散させられ、修道院の礼拝堂がそのまま各地の小教区教会になったとも聞く。そういった場所では、恐らく御神子教の礼拝が、聖王会の名の下に行われているのだろう。


 厳信徒の教会と聖王会の教会はかなり異なる。聖王会は、ほぼ御神子教で、ただ教皇庁の支配下にないという要素が強い。反面、厳信徒は聖典以外の教えを認めない。教皇庁を否定する存在なので、異端の度合いが高いと考えられる。


 言い換えれば、聖王会は直ぐにでも教皇庁の元に戻れるが、厳信徒は教皇庁の存在を否定する為、それは考えられないと言うことになる。





 自炊の食材を入手する為に、一先ずロッドの街へと足を運ぶ。オリヴィ主従と水精霊の加護持ち二人はお留守番である。蛙はともかく、水魔馬は飼主から離すのは少々危険なのだ。この地の精霊の影響を受けたのか、少々興奮気味なのだ。街中に連れてはいけないし、連れていく必要を感じない。


「いい街ね」

「ほんと、感じも良いし雰囲気も明るいわ」


 彼女はこんな感じの街にしたいなと思い描いていた『ブレリア』のイメージにロッドの街を重ねる。賑わいがあるなら人の多い大都市であろうが、そこには顔を知らない者同士が無言ですれ違う場所であることも確かだ。


 巡礼姿であることもあってか、異邦人であるリリアル一行にも笑顔で挨拶してくれる。


「あのぉ、少々よろしいでしょうか」

「ああ、何でも聞いとくれ」


 渉外担当・碧目金髪も、日頃ほど媚びる必要なく親切に狩猟ギルドの場所を教えてもらう事ができた。それと、金髪さんには皆親切なので、適任者であると言うこともある。


 どうやら、教会とは反対側の街の入口近くにあるとのことだ。とはいえ、大して大きな街でもないので、あっという間に到着する。


 その建物は、王都の冒険者ギルドを見慣れた彼女たちにとってはとてもこじんまりした建物であった。冒険者ギルドが宿と酒場を兼ねた施設を併設している場所も少なくないのだが、地元密着の狩猟ギルドには二つのカウンターと、ギルド員が委託したのであろうか、商品を並べたブースがあるほか、売ります買います掲示板などがあり、冒険者ギルドと似た面もあるが、細かいところは少々違うようであった。


「あの、臨時会員になりたいのですが」

「はい。巡礼? の方ですか」


 茶目栗毛は、カンタァブルCANTERBULから北の故郷に戻る途中で、ギルドで受けられる仕事をもらいながら、戻るつもりなのだと伝えた。


「どのあたり出身なの?」


 受付嬢に聞かれ、一瞬戸惑うが、嘘を言わずに済むのは真実を少し混ぜることである。


「村には狩猟ギルドがありませんでしたが、賢者学院のある島が近い寒村です」

「そう。では、登録の前に簡単な審査をさせてもらうから」


 どうやら、『互助』目的のギルドに、『助』だけを目的とするなんちゃって会員が入ろうとすることが増えているのだという。Give&Giveである。


「狩人登録なら弓の腕、薬師登録なら薬草の採取で試させてもらうわ」


 王国であればどちらでも問題ない茶目栗毛であるが、植物の種類が違う可能性もあり、ここでは『狩人』としての審査を受けることにする。


「これでもいいですか」

「あら、弓銃ね。もちろんよ! 弓銃は手入れが大変だし職人も専門家が必要だから高いのよね」


 けれど、あらかじめ矢をつがえておけること、弓が小さくても威力が高い点など、長弓より弓銃にはメリットが多いのだ。整備さえできれば。


「知り合いに良い弓銃職人がいるので、その方に世話になっています」

「羨ましいわね」


 但し、ノインテーターなのだが。人間だとは言っていない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ギルドの裏手には、弓用の射撃場があった。牧草をまとめた束が置かれ、恐らくはそれが的なのだろう。


「この距離から十本放ってください」

「合否の基準を教えて下さい」


 受付嬢、そしてその場にいた会員が立会人として二人。あとは……


「暇なのねみんな」

「そうね。でも、腕試しを見る機会はそれほど多くないのでしょうね」


 大きな競技会が開かれる場所ではないし、領主は教会なので腕試しの機会も多くはない。狩人は自分と比較しようと、それ以外は単なる興味本位、あるいは話のタネとして見ているのだろう。


 茶目栗毛は、本来巻上機で弦を引くところ、足を掛けて背の力で腕で引き弦を留め金に掛ける。弱い弓銃なら巻上機はいらないが、相応の距離を狙う弓銃なら機械式で巻き上げるのが当然だ。


「魔力持ちかよ」


 身体強化で並の人間では引けない弦を引くのを見て、誰かが口にする。


「素晴らしいですね」

「ありがとうございます」


 魔力持ちの狩人が珍しいのか、ざわざわと波が広がる。


「当たらなきゃ意味がねぇ」

「そらそうだな」


 と、既に当たらないことが決まったかのように外野が騒いでいるが、そんなことはありえない。何故なら、茶目栗毛も『導線』は使える。矢羽根を魔装布で作り、魔銀鍍金のほどこされた矢を使えば、200m先でも必中となる。


 50m先の1mほどの大きさの的に半数命中程度が合格基準であれば魔力を使うまでもない。


 結局、一本を除き全てが命中した。その一本も、敢えて外しているのだと彼女は推察した。


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