第671話-2 彼女はフラム城を後にする

 オリヴィが地下室に達磨吸血鬼とノルド公を収容する間に、彼女たちは碧目金髪と赤毛のルミリが待つ城下の食堂へと向かう。


 食堂は昼時であるが、未だ閑散としているのは夕方から飲みに来る城下の住民が少ないからだろう。


「用事は済みましたか」

「お帰りなさいですわぁ」

「ええ。良い荷馬車が手に入ったわ」

 

 荷馬車は魔装のそれを用意し、水魔馬に繋いで外に待機させておく。一旦海に戻り川を遡るより、ここからノルヴィクに向かう方が良いと判断したからである。


 二人は、地元の情報を集めてくれていたようで、彼女達も知らないことを聞いてくれていた。彼女達も昼食をとることにし、簡単なパンとスープを頼む。お奨めエールもあったようだが……未だ昼間なので遠慮する。


狩猟ハンターギルドというのがあるのね」


 狩猟ギルドあるいはハンターギルドと呼ばれる組織があるのだという。これは、狩人や薬師の互助組織が発展したもので、魔物討伐や護衛の仕事が無い冒険者ギルドに似た組織なのだという。


 領地の独立性の高い連合王国にとって、王国ほど人の行き来が多くない反面、領内の自助・互助の考えが強い。領都のような都市に狩猟ギルドはなく、幾つかの村を取りまとめる定期市が立つ「街」にギルドは存在する。


 小さな村では、狩人の手が不足したり、薬師が不在の場合もある。その際、いくばくかの手数料を支払いギルドを介して仕事を斡旋してもらうのである。ギルドに所属しない狩人・薬師もいるが少数だといわれる。


「都市には無いギルドね。面白いわ」

「はい。冒険者に頼むようなことは、領主の私兵や徴用兵が命じられるみたいなんですぅ」


 リンデやネデルと貿易のある南部・東部の都市には、商人同盟ギルドの『冒険者ギルド』が存在する。また、地元で解決できない討伐依頼などは『賢者学院』の「巡回賢者」に依頼する。また、犯罪者や弱い魔物に関しては領主とその配下の兵士が対応する。


 そこから漏れる依頼仕事は、『狩猟ギルド』が対応する……ということなのだ。


「では、ノルヴィクにはないのでしょうね」

「そうですわぁ。でも、途中の『ロッド』の街にはありますわ」


 ここから30kmほど離れた『ロッド』という街は、ノルヴィクから南東に30km程離れた教会領の中心の街であるという。その街の教会の歴史は古く、先住民の更に先住民の『聖地』であったのだという。


「水の精霊の力が強い場所なんだそうですよぉ」

「「「「へぇ」」」」


 金蛙・水魔馬と、既に二体も今回の旅で精霊が加わっている。オリヴィとビルが同行するので問題ないと思うのだが、また新たな精霊と縁ができると面倒なことになる気しかしない。オリヴィ主従は水の精霊が嫌う火の精霊の影響があるので、近寄ってこないということなのだが。


「泉とかあってもより付いてはいけないわよ」

「でも、その狩猟ギルドはいってみたいわね」


 明らかに乗り気の伯姪に、


「……副院長……今だ依頼の途中です」

「そ、そうね。わ、忘れていないわよ当然!!」


 いや、怪しい。





 食堂で合流したオリヴィ主従とリリアル一行は、魔装荷馬車に乗りフラム城下を後にした。


 オリヴィがあの後気が付いた激しく泣きわめくノルド公から『魅了おんびん』に聞き出したところによると、女王陛下主催の馬上槍試合大会で優勝した『リッツ・ゼルトナー』を賞する式典とパレードを計画していたのだという。


 ノルヴィクの有力商人、都市貴族にゼルトナーの傭兵団(吸血鬼)の力を示し、先々に計画している北王国・神国と北部諸侯と共同で行う叛乱への協力を滑らかに行わせるための布石とするつもりであったのだという。


「品定めの会かしらね」

「ふふ、商工業者上りの貴族だと、魔力関係ないから当てが外れるんじゃない?」


 ロマンデ公とその家臣団が四百年前の遠征で先住民の王家を倒し、その後数代で先住民の貴族を一掃しロマンデの騎士達を貴族に据えたのには訳がある。


 精霊の力に恵まれた白亜島において、「魔術」というのは「精霊魔術」を意味した。今では賢者と称されるドルイド達も、用いる魔術は水の精霊あるいは『土』の精霊に分類される中で『木』の精霊に関する精霊魔術を得意としている。


 体内の魔力を育て、身体強化、さらに周囲に干渉する形で用いるロマンデ公の軍団の魔力の用い方は、今の彼女達と同じ系統であり、先住民である平民たちと、征服者である貴族・騎士層と明確に魔力量の差という形で現れることになった。


 精霊魔術は、魔力の消費量が少なく、精霊に「お願いする」為に用いられる。その地で用いる魔術に最適化されたためか、あるいはもともとそういう体質の人間が代を重ねて明確な特徴となったのかはわからない。


 ロマンデ公が持ち込んだ『全身鎧の騎士』が戦う場として適切なのは、都市や平原であり、その場には精霊が少ないという傾向もある。


 古帝国に強く抵抗した先住民の王国の拠点は森の中にあり、精霊が豊富な場所でもある。また、精霊魔術の使い手が増えることは、その場の精霊の力に限りがあることを考えると集団戦は好ましくない。


 個人の内在する魔力量に依存する『魔術』は、数は力となる。しかし、その場に存在する精霊の力に依存する「精霊魔術」=『魔法』は人数が必ずしも戦力とはならない。


 魔力量が多く、『精霊の加護』を持つ者が多ければ力となるが、精霊の数=最大戦力となるため、人を増やしても戦力には限界がある。


 森の中ではなく、数が力を発揮する都市や平原での戦いで勝敗を決するように策を弄したロマンデ公は、「精霊魔術」とはどういうものなのかを良く理解していたと言えるだろう。


 先住民の魔術師を中心とする叛乱は、その後継続して発生したのだが、常に少数で活動し、非正規戦、非対称戦が多かった。これは、北王国の戦いにも似た傾向がある。金属鎧を好まないのも、加工技術や資源不足であることに加え、金属を「水」「土」の精霊が嫌がることもある。


 金気は禁忌なのである。





 王国や帝国、あるいは神国や法国においては、魔力に恵まれたものを貴族へと取りこみ代を重ねることで魔力量を増やしてきたという歴史がある。先住民の子孫である平民には魔力量が少ない、あるいはほぼないのは、精霊魔術に使用する魔力が元から少なく、開墾や都市生活により精霊の力を使いにくくなり、やがて少ない魔力も使わないうちに退化し失われたと考えられる。使えば増え、遣わねば力は失われる。


 先住民の数が征服者より圧倒的に少なかったロマンデ公らの軍団は、貴族である魔力持ちの数を維持する為に、貴族とそれ以外の身分制度を厳しく定めた。平民=魔力の少ない者を貴族に取り込まないようにするということである。


 また『賢者学院』を認め、精霊魔術の使い手を保護育成するともに、叛乱の温床を管理しようと考えた。


 また、対外戦争において、魔力量の少なさが戦力の決定的な差とならぬよう、北王国の弓兵戦士を参考に『長弓兵』を育成した。身体強化の魔術に頼らぬ強兵を育成する必要があったからだ。


 


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