第671話-1 彼女はフラム城を後にする

 ノルド公の扱い、そして、ノルヴィクに巣食う傭兵隊長と残りの吸血鬼の数。そして、死霊術師が仕掛けたであろう、アンデッドの戦力にどう対応するかを検討する必要がある。


 そして、ノルド公が逃げ出せないように収監し、吸血鬼から情報を引き出す必要がある。


「さてと、ノルド公は水だけで何日生きられると思う?」

「十日位は大丈夫ですよヴィ」

「そうね。少し収監生活に慣れておいた方が良いでしょうから、人はパンと水のみに生きるにあらず、水のみで生きよう体験ね」

「ひぃぃぃ……」


 ノルド公はメンタルが弱いのか、がくりと気絶する。こんな程度では、王配や国王など夢のまた夢であったろう。


 手足を失った幹部吸血鬼は、オリヴィとビルの尋問に何ら良い返事をしていない。


「どうしようかしら」

「首を刎ねて終わらせますか」


 情報を採ることを少々あきらめ気味のようである。そこで彼女が提案をする。


「これを使ってみようかと」

「ああ、それね」

「それですね。効果が期待できそうです」


 彼女が取り出したのは魔装拳銃。そして、その銃口に込めるのは魔水晶を砕いたものを加えた魔鉛の弾丸である。握り込み、彼女は魔力を弾丸に込め終えている。


「それは、ちょっと特殊な弾丸なのね」

「ええ。魔力を込めることで、私の魔力を纏った聖性を帯びた弾丸になります」

「さすが王国の聖女様ですね」


 ビルはいたって真面目な声で「聖女様」と彼女をたたえた。その言葉に、転がっている吸血鬼の顔色が変わる。青白い顔が既に土気色なのだが、さらにどす黒くなったと言えば良いだろうか。


『もしかしてお前、聖女アリーか』

「リリアル副伯なのだけれど、王国ではそう呼ぶ方達もいるわね」


 吸血鬼が渋面を作る。


 彼女は魔装銃を構え、床に横たわる吸血鬼の腹に一発の弾丸を撃ち込む。


POW!!


GYAAAAAA!!!!


 室内に絶叫が響き渡る。傷口からはシュウシュウと音をたてながら煙が出ている。火薬を用いた銃であれば、火薬の燃焼で加熱された弾丸で火傷をする事もあるが、魔装銃はそこまでではない。


「うわぁ、聖女の魔力は万能です」

「……万能ではないわよ。不浄な者に対して効果があるというだけ」


 魔力量ではおそらく彼女をも上回るオリヴィにおいても、『聖性』を帯びることは異なる話だ。王国を護る為に、魔物と戦いまた孤児を始めとする弱き者を救う姿勢に「聖女」の姿を感じた王国の民の思いが、彼女に『聖性』を与えている。


 教会の認定する、神の奇蹟をもたらした者を示す聖人・聖女という存在ではなく、彼女の行動が「聖女」として貴ばれているということなのだ。


 その姿勢を行いをあやまてば、民の思いは一瞬で消えてしまう。そして、民は気まぐれであるし、時に図々しい存在である。


『ぎぃぃぃ……』

「男の子は泣き言言わないの」


 二発目の弾丸を込め、再び発射する。


POW!!


GYAAAAAAAAAAA!!!!


 先ほどより絶叫は長く大きく、二つ目の穴から、同じように煙が出ている。


「何発耐えられると思う?」

「何発でも耐えるのが騎士というものですよヴィ」


 騎士崩れの傭兵から吸血鬼となったのであろうから、騎士ではないので耐えられそうもないと彼女は思う。


「さて、話したいことが有るなら三発目は止めておこうと思うのだけれど」

「……話したくないみたいよ」


 勝手に伯姪が代弁する。痛みで声も出ないのか、あるいは聞こえていないのか、吸血鬼はゴロゴロと首の力を使って転がっている。器用だ。


POW!!


GYAAAAAAAAAAA…………


  絶叫の後の沈黙。恐らくは痛みが強すぎて、意識が飛びそうなのであろう。不死者でも意識が飛ぶのか疑問ではあるが。


『ぐぅぅ……』


 目から血の涙を流しながら、体を左右に揺すり痛みに耐えている吸血鬼。


「さて、お話する気になったのかしら」

「無口な性格なのかもしれませんね」


 痛みは継続し、傷はさらに深くなる。弾丸の内包する彼女の魔力が全て失われるまでには、相当の時間がかかるだろう。故に、その間、痛みが増し続けると思って良い。弾丸を取り出す事も、吸血鬼自身には不可能。

何しろ、腕も足もない。


「泣いても始まらないわよ」

『……』


 吸血鬼は痛覚が鈍化しているのか、痛みに強い。リリアルでも、魔装銃の『的』として散々に活用したが、弾丸そのものでは簡単に死ぬことはない。継続してダメージを与えたこと、身体の修復に魔力を使い続けた結果の魔力枯渇による衰弱死。与えられた動物の血液では、回復が十分でなかったこと。


 なにより、心が折れるまで酷使したことで精神的な死が回復能力を喪失させた結果、死に至るということが確認された。


 この従属種……いや隷属種の上位であれば、多少は使い手があるかもしれない。


「オリヴィ、お留守番には何も教えていなかったようね。ここで無駄な尋問に時間を使うのは止めましょう」

「そうね。では、殺してしまいましょうか」

「いいえ。折角吸血鬼を捕獲したのですもの、地下牢にでも塗りこめてしまいましょう。王国に帰還する時の土産にでもしようかと思うのだけれど」


 リリアル勢は「えー」といった顔をするも、射撃訓練場の的を三期生の為に増やす事は決まっていたので、ちょうど良いと納得……する。


「ノルド公もご招待してはどうかな」

「それはいい考えですね」


 気絶しているノルド公も、叛乱を計画したものとして女王陛下に引き渡す必要がある。とはいえ、連れて回るのは面倒であるし、この場に置いていき、逃亡されても面倒だ。


「では、地下室で水だけ与えて逃げ出せないように牢を塞いでおきましょう」

「空気穴はあけておかないとね」

「勿論よ」


 昆虫採集ではない。



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