第670話-2 彼女はノルド公と対面する

 扉には鍵が必要のようなのだが、鍵の在処を聞き出せるようにはとても思えないノルド公の状態である。達磨吸血鬼は幹部とはいえ公の側近でも従者でもない。どちらかと言えば、ノルド公を監視する役割を与えられていたのだろう。


『開けてやろうか』


『魔剣』から思わぬ申し出である。どうやるのかと言えば、鍵穴に差し込める形の装備に変化し、そのまま中で鉤の形に先端を変化させるというのである。


「便利ね」

『あんまやらねぇけどな。嫌なら扉を切裂けばいい』


 開けるだけなら切裂くのだが、どのような形で中が管理されているのかわからない。無理やり、あるいは解錠具などで開けると、中のモノが処分される魔導具にでもなっていれば厄介なことになる。


『任せろ』


 オリヴィは宥めすかしてノルド公に隠し扉を空けさせようと試みるが、膝を抱えてダンゴムシのように丸まっているので、暫くは無理だろう。


「やってみるわ」

「あなた、鍵開けも出来るの?」


 オリヴィは任せたとばかりに頷く。


「先生」

「大丈夫、合鍵があるから」

「合鍵ですか……」


『魔剣』をスティレットの形に変形させ、その切っ先を鍵穴へと差し込む。


 穴の中で『魔剣』が鍵の形に変形する間がある。やがて少し左右に廻してから一気にスティレットを廻す。


 GASHA !!


 すると、ノルド公が耳障りな声で笑い始める。


「何がおかしいの」

「ふあっふあっふあっ!! そのとひらは、むりにあけたならは、なかのものか、いんくまみれになるのたぁ!!」


 歯が砕かれたので、ふぁふふぁふ言っているのだが、やはり何か罠があったようである。


「……先生……」


 鍵開けの技術のある茶目栗毛が残念そうに声をかける。


「大丈夫よ、これは魔導具だから」


 扉を開け、中を確認する。そこには赤黒い字で書かれた契約書が

入っていた。


「なにかしらこれ」

「契約書……血盟契約ね。守らなければ、致死の呪いが掛かる契約書だと思うわ」


 どうやら、古代の魔術の一つであるという。血を使う事で、確実に呪の魔術が発動し、契約者を拘束するのだそうだ。


「王国にもあるのかしら。聞いたことが無いわ」

「そうね。まともな魔術師や魔法使いは使わない。死霊術を扱う魔術師の範疇になるからね」


『死霊術師』が扱う契約であるという。


「では、ユンゲルは死霊術師なの?」


 オリヴィは首を振る。


「吸血鬼に協力している死霊術師が帝国にいるのよ。それが協力したのだと思うわ」


 その死霊術師は、おそらく王国のあちらこちらにレイスやワイト、あるいはアンデッドの魔物をばら撒いた存在であろうと彼女は推測する。


「名前は何というのでしょうか」

「さあ、私も掴んでいないの。あなたの推測通り、ミアンに攻め寄せたアンデッドの軍団を使役したのはその死霊術師だと思うわ」


 契約書の結ばれた時期は、ミアン攻撃のしばらく後だが、既に二年ほど前の日付となっている。


「もう、この地にはいないわね」


 けれど、と断りオリヴィは続ける。


「あのね、ノルヴィクの城塞がある場所は、ロマンデ公の征服直後の時期において、王城として建築されたものなのよ」


 とオリヴィは伝える。その後、聖征の時代において王族内の内戦があり、その時期以降は狩猟宮として整備され、やがて放棄されたのだという。


「けどね、それ以前の先住民の王国時代にはね」


 オリヴィは言葉を区切りこういった。


「墓地だったの。先住民の」


 つまり、死霊術師が細工をするのであれば、十分に素材のある場所なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 隠されていたのは、叛乱に関する一連の契約書・盟約の類であり、かなりの数の貴族がそれに参加することが記されていた。


 これをもって、内々に参加者を罠に嵌めるなり、個々に処罰して勢力を削いでいくことができるだろう。女王陛下にとっては、敵が明確になったことで、今後の対策が取りやすくなる。


 目先では、ノルド公の軍が北部に行くことを阻止することができる。ノルド公の軍が北部に叛乱討伐に向かうと見せかけ反転、軌を一にして北と東からリンデに軍を差し向けることになるのだろう。


 そこに、北王国の女王の軍やネデルの神国軍が加わり、湖西地方の貴族も叛乱に加わることになる。


 結果、南に逃げるしかない女王は、そのまま海を渡り王国辺りに亡命するしかなくなる。


「王国に亡命されても困るわね」

「これで、ネデルの原神子派・厳信徒も後ろ盾も逃げる先も無くなって、殲滅されるしかないじゃない」


 オラン公も行き場を無くすだろう。それに、神国の影響力が大きく拡大する。王国の周囲の国が全て神国とその影響下にある国ばかりとなるだろう。


 穏健な御神子教徒の国である王国は、神国のような強い締め付けをする事の必要を認めない。ネデルと連合王国の原神子信徒が弾圧されることで、帝国内の原神子信徒にも影響を受け、最終的に、穏健な王国に雪崩込んで来る可能性がある。


 そうなれば、ネデルと西大山脈から王国に原理主義御神子教徒軍が攻め込んでくる可能性も高い。神国はネデルを金庫として十全に利用でき、連合王国の私掠船を自軍戦力に加えることができる。


「そうはいかないのだけれど」

「吸血鬼を利用してまで宗旨違いを攻撃するというのは、修道騎士団と本質的には何も変わらないじゃない」


 旧修道騎士団王都本部に潜んでいた吸血鬼たちも、不死者となり聖征を継続するという大義名分で自らを魔物化したのであろう。そして、異教徒の魔力持ちを狩り自らの力を高めることを是とした。


「吸血鬼を持ち込んだのは、聖征の教会の先鋭的集団だったのよ。

毒を持って毒を制するつもりだったんでしょうね」


 毒を以て毒を制するという言葉は、ミイラ取りがミイラになるという言葉に似ており、前者が後者になることが良くあるのである。

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