第668話-2 彼女はノルド攻略について打合せする

 オリヴィと女王陛下の打ち合わせにおいて、ノルド公が吸血鬼傭兵団を確保している場所は二か所であると推定されていた。


 一つは領都『ノルヴィク』。ロマンデ公の征服後、この地に王城を築き王の居城とされた城塞を有している。既に百年戦争初頭にはこの地を治める貴族の領城は別に築かれており、堅牢であるが防御施設としては不十分なこの地の城塞は『監獄』として使用されるに至った。


 現在、リンデに次ぐ人口を有し、ネデルとの交易で豊となっているこの地にある城塞が、しばらく前から監獄以外に使用されているのではないかと推測される出来事が起こっているという。


「じゃあ、ノルド公はこの城塞にいるのね?」

「それは分からないわ」

「ノルド公の居城は、ノルヴィックの南50kmほどのところにある『フラム城』になります。ここも、ロマンデ公の征服期に建築された古い城塞を聖征の時代に石造に作り直したものですが、ノルド公は数代に渡り改築を施し、この国では最も豪奢な城館であると噂されるほどです」


 オリヴィの代わりにビルが詳しく説明する。この『フラム城』は東から攻め寄せる蛮族に対する防衛拠点として整備されてきたもので、その脅威が薄まった

後には、王家の狩猟宮として整備されたのだという。


 後に、ノルド伯からノルド公の館へと下賜され、今の王家の成立時を同じくして公爵の居城として改築が何度もなされているのだという。


 周囲200mほどの城壁で護られた城塞部分と、その下には家臣団や城塞の生活を支える商工業者の城下町が整備されているのだという。


「経済の中心がノルヴィク、政治・軍事の中心がフラムというわけね」

「それと、ノルヴィクの外港としてヤマスの港があります。これは、ノルヴィクの代官が納める都市で、川を通じて中流の拠点ノルヴィクと結ばれています」


 ヤマスは『大ヤマス』と称される東岸最大の港であり、海軍の軍船が停泊することもある良港である。ヤマス川の河口と海が繋がる湾に存在し、輸出港としても漁港としても反映している。


「第三の拠点と言ったところだけど、逃げ出すにはいいけれど、吸血鬼じゃねぇ」

「水の上を移動するのには専用の棺桶が必要ですから」


 待ち構えている可能性は低いだろう。





 南の『フラム城』から攻略を行う事になりそうである。


「ノルドの街に多数の吸血鬼が徘徊していれば、街の住人から情報が外にもれるでしょうから、主力は領城にいるでしょうね。基本的に、ノルド公に仕える者たちしかいないので、統制もしやすいでしょうから」


 領民を徴発し、一部吸血鬼の傭兵達に与えている可能性もあるだろう。農村毎に城で労役という名目で若い男女を連れて来る事も難しくはないだろう。三ケ月、半年戻ってこなかったとしても、それほど問題とは受け止められないと思われる。


 あまり長い間留まるのも、領内に不穏な噂が流れかねない。王国にも、城仕えを募り、何人もの少年を連れ込んだ領主が、戻らない子供たちの様子を危惧した親たちにより子供たちを虐殺していたことが暴かれる事件が百年戦争の末に起っている。


 短い期間なら、誤魔化しも効くし、なんなら傭兵団に煩い村ごと襲わせてもいいと考えるかもしれない。死人に口なしである。





 白亜島の東岸を北上し、河口から川へと入る。魔導船はフラム城に近い川を 遡行している。このタイミングなら午前中にはフラム城に接近できるだろう。河口から凡そ20㎞。途中で川は城とは別方向へと流れている。そこからは、徒歩となる。


 朝靄の漂う川を流れに逆らって進んでいく。魔導船は流れに逆らえることと、帆走ができない場合も移動力があるところがメリットである。


「もっと小さな外輪でも良さそうよね」

「川ならば、半分くらいの大きさで良さそうです」


 魔力量に不自由しないラウス主従に言われてもピンと来ないのだが、川船ならば小さくても使い道はあるだろう。


 リリアル副伯領には川も湖も存在する。王都と繋がる運河にも大きな外輪より小型の外輪を備えた船の方が使い勝手が良いかもしれない。魔力量の少なさで今まであまり役に立っていなかった魔力持ちも、川船の船頭の仕事に就くことができるかもしれない。


 魔力があれば男女関係なく、また、年老いても働けるメリットがある。魔力持ちの冒険者の引退後の仕事にも良いかもしれない。船頭兼護衛で高給が狙えるだろう。


「小型外輪はありかもしれないわ」

「まあ、言えば作るでしょうね」


 老土夫と癖毛が何とかするだろう。





 川が北西から北東へと流れを変える場所。この先は川幅も狭くなり『フラム城』とは反対の方向へ向かうので魔導船を降りる。既に船を降りる際には、一見巡礼に見える姿に変えている。設定は、カンタァブルから北部に戻るというところだ。


 護衛の剣士がビル、オリヴィと年少者が6人。一頭の駄馬に荷を載せている。


 日の昇りつつある丘の斜面の街道をゆっくりと進む。街道と言っても、細い川に沿った小道と言った態で、先ほどの大きな川へと向かう田舎道である。


「先行して、城の周辺の偵察をお願いするわ」

『承知しました、主』


『猫』を先行させ、城の内外に潜む吸血鬼を把握する。傭兵団の主力はフラム城とその周辺に滞在していると思われる。元々、軍の集結にも対応できる城塞のはずだからだ。ある程度、家臣団の屋敷や、その生活を支える商人・職人も住んでいると思われる。


 仮設の住宅か空城館にでも住まわせているだろう。ノルヴィクの街には入場させることは考え難い。いたとしても、少数の部隊だろう。


「さて、城が見える場所まで移動して、朝食にしましょう」

「そうですねヴィ」


 リリアルの襲撃は夜間が多いのだが、今回吸血鬼にとっては、日中が夜中に相当する。そう考えると、楽かもしれないと彼女は考えるのである。

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