第668話-1 彼女はノルド攻略について打合せする

 海を進む二つの航跡。一つは『魔導船』いまひとつは……


「ケルピーはや!!」

「すごい波しぶきを上げているのですわぁ」

『わ、私だって、やればできるのよぉ』


 蛙が海で泳げるわけがない。波に揺られていったり来たりするだけであろう。人の早駆け程度の速度。だが風向きも風の有無も関係ない魔導船は、波の影響を受けるものの、確実に早く進んでいる。それに並走するケルピーはかなりのものだと思うのだが、あの背に乗れば確実にずぶ濡れである。


「魔力壁を常時展開すれば濡れずに済むわよ」

「……それだけ魔力が有るなら、魔力壁を足場に中空を駆ける方が、面倒もないと思います」


 そんなことを考えるのも出来るのも、この中では彼女位である。オリヴィなら風の魔術で進む。


「けど、水陸を関係なしで進めるのはいいんじゃない?」


 斥候には向かないだろうが、長距離の単騎移動などは馬よりも疲れない分、また橋や船を用いずに対岸に渡れることも、濡れることを厭わなければ可能となるので有利かもしれない。


「夢が広がるわね」


 自分の精霊ではないが、考えるのは自由だ。別の似た精霊と仲良くなって、載せてもらえるかもしれない。ガルギエム……それはない。思えば、最近は随分と精霊が周囲に増えたものだと彼女は考える。


 とはいえ、ガルギエムも泉の女神であるブレリアも、アルラウネのライアも場所に居つく存在である。大精霊たちと比べれば一段も二段も格落ちの、狂乱から回復したばかりの精霊であるケルピーは未だ加護を与えるほどの力を有していないものの、移動は自在であり、人の良き協力者となるかもしれない。


 幸い、リリアルには「養殖池」もあるので、親水環境には困らない。また、王都のリリアル城塞にも濠があるので、防衛戦力としては最適である。


「火消もできそうですぅ」

「消火活動に向いてそうですわぁ」


 火災の際に、火元迄水を運ぶのは難しい。水の精霊の加護持ちが大規模な水の魔術を行使すれば速やかな鎮火も可能かもしれないが、火災現場にそんな大魔術師が現れるわけがない。


 馬に変化するケルピーとその使役主であれば、速やかに現着し消火活動も容易であろう。忙しいことこの上ない。


 それを考えると、あまり喜べない自分がいることを灰目藍髪は意味もなく反省したりする。自分にできることをすれば十分である。


 海岸線を左に見て、ある程度距離をとり北上していく。あまり近づくと暗礁の存在に気が付けずに難破はしないであろうが、船体に傷がつく。リリアルに戻れば、老土夫に文句を言われる。資材は大切に扱わねばならない。


 とはいえ、夜中も進み続ける魔導船は、方向さえ誤らなければ馬車より快適に移動することができる。


 波に揺られるのも悪くない。魔装馬車(荷馬車・ハンモック仕様)をだし、折り重なるように眠るのだが、船体が揺れるほどハンモックは揺れないのでそれなりに心地よく眠れる。


 操舵は、彼女と伯姪、茶目栗毛で四時間交代で握ることにしている。


 彼女の担当時間、オリヴィを始め彼女以外は就寝中。しかしながら、この船には『猫』がおり、またビルもいる。話し相手に困る事はない。


「お付き合いしていただいてありがとうございます」

「いいえ。オリヴィとあなたには、こちらこそ世話になっていますから。偶にはお返ししたかったのです」


 オリヴィが特定の『仲間』と行動するのは久しぶりなのだという。駈出し冒険者の頃は、幾人か行動を共にする仲間がいた。けれど、相応の年齢になり、跡を継いだり故郷に戻ったりで最後に残ったのはビルだけとなった。


 それから、随分と長い間二人で行動していたのだという。


「帝国に知り合いは多いですが、あくまで依頼主と依頼を受けた冒険者の延長の付き合いですから。王国に足を運ぶのは何度か目ですが、こうして行動を長く共にするのは本当に久しぶりなのです」


 あまり寝る必要のないオリヴィと全く寝る必要のないビル。二人であれば、大抵のことは何とか出来た。けれどである。


「今回の吸血鬼の群れは予想外です」


 本来、吸血鬼と言うのは個人主義な存在である。むやみに仲間を増やす事はないし、「親」と「子」の上下の関係は強く太いが、横のつながりは希薄であるし、そもそも「魔力持ちの魂」を奪い合う潜在的には敵同士なので表向きはともかく、基本的には足の引っ張り合いなのだという。


 故に、数も増えにくいし各個撃破することができてきたのだという。


「喰死鬼を幾ら増やしても、傀儡でしかありません。手間はかかりますが、吸血鬼さえ討伐してしまえば後始末はそれほど難しくありません。けれど、今回の『劣後種』の使役は、オリヴィも予想外なのです」


 そもそも、魔力持ちの魂を多く確保する為に、一体一つとはいえ自身の『分霊』を使い捨ての吸血鬼に与えるというのは、吸血鬼の価値基準からすると相当に異端なのだという。


「駐屯騎士団が、世俗化したのが相当に堪えたのでしょうね」


 活動領域が狭まり、容易に魔力持ちの魂を手に入れる機会が訪れなくなってきたこと。そして、マスケット銃の普及により、魔力持ちでなくても数を揃えれば相応に戦力となる銃兵隊が組織され始めたこと。銃が威力を発揮するようになれば、数の少ない魔力持ちを多数の銃で攻撃し仕留める時代がやってくる。


 そうなる前に、未開拓の「白亜島」に進出し、いち早く魔力持ちの魂を確保しようと賭けに出たとオリヴィは判断しているのだという。


「王国の護りは固いですから」

「教会の聖騎士も戦力として拡充していますから。そうそう、容易に王国において吸血鬼が活動する場はありません」


 なにより、リリアルが駆け付ける。


「それと、お気付きかもしれませんが、近年、王都周辺に魔物が襲来しなくなった要因は、王国南部の魔物討伐が王太子殿下の騎士団再編でおざなりでなくなったことにあるのです」


 吸血鬼の話から王国の魔物討伐の話に話題が変わる。オリヴィとビルが王国南部の吸血鬼を捜索する間に分析した結論の話だという。


「王太子殿下は南都に入られる前まで、王国南部の各領地では、魔物は討伐することなく、とある地域へと追い払うようにしていたのです」


 箒でごみを掃くように、各領地は魔物を討伐せずに北へと追いやったのだという。その場所は……


「「ヌーベ公爵領」」


 漏斗で水を集めるように、ヌーベへと魔物を掃き出し、そこから王国北部・王都周辺へと魔物が送り出されていたようであるという。残念ながらオリヴィもヌーベには入ることができず、その周辺の調査から導き出した推論に過ぎないのであるが。


「官吏や兵士も恐らくは魅了による使役下にあると思われます」

「吸血鬼化は……」

「表に出る人間はいませんが、恐らく、それなりの数が公爵領を支配下に治める程度に配置されていると思います」


 いつか、潜入しなければとずっと考えてきた「ヌーベ」だが、少数では難しいのかもしれない。リリアル副伯領の南側はワスティンの森を挟んでヌーベ公爵領と接する。領地を護る為にも、遠からぬ未来において、彼女はヌーベ公と直接対峙することになるのだろう。


「試金石になるのかしらね」

「どうでしょう。ですが、参考に出来る面もあると思います」


 吸血鬼が厄介であるのは、一般の人々の間に入り込み、操作し使役するところにある。魅了・喰死鬼化で戦力を即整えることができる。厄介な相手だが、土の精霊の影響下なのか、『巣』を作り守ろうとするので、積極的に支配地域を拡大することはまれである。


 その稀な例が、今回のノルド公の傭兵団となるのだろう。


 今回の経験が、対ヌーベに生かせるであろうかと彼女は考えていた。


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