第667話-1 彼女は少女に魔装勒を渡す
まず、オリヴィは魔装馬車を船上に出すように彼女に頼んだ。訳を知りたいと思ったが、緊急事態にその問いは意味がないと思い、黙ってそれを魔法袋から取り出し甲板へと設置する。
「魔装の馬具もあるのよね」
「ええ。魔力を伝えられなければ、魔装馬鎧も機能しませんから」
「魔銀のハミはあるかしら」
ハミとは、馬の轡のことである。それがあれば、馬の姿に擬態したケルピーを従えることができるのだという。あくまでもオリヴィの師匠であるエルフの書物にあった知識である。
「実践したことがないので、あくまでも試み」
「けれど、やってみないと仕方がありませんね」
この中で、水の精霊の加護を持つルミリが最も適性が高いのだが、それでは金蛙が良い顔をしない。
『だって、会話が通じないのだものぉ。意味無いわよぉ』
『いや、お前、自分の加護持ちとられるかもしれないからだろ』
『フローチェ』の言い訳を『魔剣』が全否定する。
「あの魔物を従えるなんて、私には無理ですわぁ」
『そうよぉ!! 無理よぉ!!』
二足立ちの蛙が横でじたばたとアピールしている。尚且つ金色である。蛙の次は水草の塊……嫌すぎる。アクアリウムか。
相手の望む物に姿を変える。つまり、その願いをケルピーに伝えなければならない。水の精霊の祝福・加護持ちが、馬車の前で口々に願いをする。
「馬が必要だわ。素晴らしい馬が」
「そう、馬よ! 白馬か漆黒の立派な馬が必要ね」
「馬が要ります」
「馬、かっこいい!! 馬上槍試合に出られるような馬だよぉ!!」
「馬が必要なのですわぁ」
「伴に戦える戦馬、漆黒の戦馬が必要です」
それぞれの願いを、ケルピーが忖度しているのか、徐々に馬の形に水草供の塊が変化していく。魔導船を取り囲むように、のしかかるように絡みついていた塊が、姿を変えていく。
「漆黒になってきたわ」
「これは……」
魔力壁を解除し、その甲板、馬車の前に、どさりと漆黒の戦馬が立ち上がる。
「これを」
「……わ、私でよろしいのでしょうか」
「あなたにこそ必要でしょう」
灰目藍髪に魔銀轡を彼女は渡す。二度三度と背を撫で、その姿は水も滴る良い馬体である。
BURURUNN!!
鼻息も荒く、「どうだ」と言わんばかりにケルピーが姿を変えた漆黒の戦馬がいななく。灰目藍髪は、騎士学校で習った手慣れた手つきで轡をかませている間に、彼女は魔装馬車を魔法袋へと仕舞う。
轡をかまされたケルピー馬は、やがて何ら馬と変わらぬ姿となる。
「水を飛ばしてしまいましょう――― 『
オリヴィが風の魔術で、水気を吹き飛ばす。
「なかなか立派な戦馬となりましたね」
ビルが近づこうとすると、馬は「こっち来るな!」とばかりに興奮する。水の精霊と炎の精霊は相性が良くない所ではないからである。
「精霊を使役するには、名付が必要ね」
そう言われれば、泉の女神様も金蛙も名を付けた。そして祝福と加護を得たのである。
「どうしますか?」
「カッコいい名前にしなさいよ」
「……無茶言う人が居ますぅ」
「でも、可愛い名前がよろしいですわぁ」
祝福持ち、加護持ちが言いたいことを言い、諮詢しつつ灰目藍髪は名前を決める。
「では、マリーヌといたします」
それぞれが口々に賛意を示す。
「いい名前だわ」
「そうね」
「かっこかわいいですぅ」
「マリちゃんね」
マリーヌとは『
名づけと共に、様子が落ち着く。そして、その姿を小さくするように灰目藍髪が口にすると、ルミリが乗れるような大きさのポニーのサイズに変化する。
「これなら、馬車でなく兎馬車も牽けそうね」
「目立たずに済むわ」
体躯に優れた戦馬は、それだけに高価なものとなる。並の駄馬が小金貨一枚であるのに対し、戦馬は小金貨換算で80から100枚、金貨8から10枚もする。これは、旗騎士の年俸に匹敵する。並の騎士なら二人分である。彼女らが連れて歩けば目立つであろうし、奪おうとする者も生まれる。
「馬が手に入ったのは幸いね。精霊だから、病気も怪我も餌も心配せずに済むわ」
「けれど、水の乏しい場所では恐らく力を発揮できません。王国周辺では神国の一部くらいでしょうか」
神国の中央部は乾燥した場所が少なくない。わざわざケルピーを連れて行く必要もないのだが。
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小さくなった『マリーヌ』に良いものがあると、オリヴィは馬の背に敷く織物をくれる。それには、敷布に簡素な鐙が付いた物であった。
「鞍を付けるなら、馬体の変化でサイズを調整する必要があるでしょう? これなら、多少調整が楽だと思うわ」
轡はあまりサイズの変化の影響を受けないが、鞍はかなり異なる。とはいえ、前輪・後輪と呼ばれる体の前後を固定する部位がないので突然の加減速に踏ん張りで対応する必要がある。ランスチャージなど、もっての他である。
鐙を吊り下げる革帯の長さを調節すれば、小柄なルミリもそれなりに乗ることができそうである。徒歩で長く歩かせることに躊躇していた彼女達にとってはとても良い「輓馬」となってくれるだろう。餌もいらないし。
「今はまだ難しいかもしれないけれど、あなた達が信頼関係を結べれば、加護を得られるかもしれないから、頑張ってね」
「……はい」
灰目藍髪の『魔力量が少ない』という問題点も、水の精霊の加護を得ることができれば、水の魔術に関しては改善される。『水球』『水煙』といった殺傷性が低く、接近戦でも使い勝手の良い魔術を容易に使用できるようになるだろう。
水系の魔術の行使により、水の精霊『マリーヌ』との親和性も深まる。元々、他の水精霊の『祝福』を受けているので、何もない者より格段に加護を得やすいだろうとオリヴィはいう。
「ケルピー馬のいいところはね、扱いやすいと言うことだけじゃなく、水上を移動するのに使えるってこともあるわね」
「「「え」」」
「元々が水の精霊ですし、馬は泳げますからね。この船位の速度ですいすい水上を進めますよ」
「「「え!!」」」
ケルピー馬は『水陸両用』戦馬として使用できるのだそうだ。精霊遣いと、大精霊が言うのだから、間違いないのだろう。
「二人乗りもできるといいですよぉ」
ネデル遠征で採用した二人の利用の鞍を使う事ができるのなら、魔装銃での襲撃も楽になる。水上を移動し、敵船に騎乗で上陸し、魔装槍銃で攻撃するというのは、悪くないだろう。
加えて、馬を傷つけて騎士を落として攻撃するという手段が通用しない。並の装備では、水の精霊変化を傷つけることができないからだ。魔術か魔力を纏える装備でなければ、大したダメージを与えることはできない。
「もしかすると、水草で引きずり込むあるいは拘束するって技も有効に使役できるんじゃない?」
「「「それはある!!」」」
騎士の仕事で、相手を生け捕りにするというのは討伐以上に難易度が高い。それに、ケルピーが協力してくれるなら楽できそうである。
「土牢ならぬ、水牢という魔術もあるはずだから。加護を得る前提で学ぶのも有りだと思うわ。師匠の書庫から、使えそうな魔法書を探してみるわね。私は、使えないけれど」
「ちょうどいい報酬になるかもね」
「そうしてもらえると助かるわ」
依頼を受けたのはオリヴィであるから、女王陛下からの報酬はオリヴィが受け取ることになる。故に、オリヴィは何らかの形でリリアルに報酬を支払うのが適当なのだ。
「あ、でも、錫の定額購入は捻じ込んだから。それは、大丈夫よ」
王国では錫が今のところ獲れないので、ニース商会で取り扱うゴブレットの素材の確保に難儀していた。退魔の効果をもたらす物なので、リリアルとしても協力したいのである。なので、オリヴィのこの言葉は大変ありがたい。
「接収した資材の中に錫の鉱石なり延棒があればこちらが受け取ることにしてあるので、遠慮なく持って行ってね」
ということだ。宝探しもありである。
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