第666話-2 彼女はリンデを出帆する

 人の歩く程度速さの流れ。とはいえ、河口までは50km以上ある。また、海の満ち引きで流れが遡行し、リンデ橋の橋げたにその遡行した流れが当たり、上流からの流との間で大きな渦を巻く時間帯がある。


 川沿いには水車を利用する堰が沢山設けられており、その開閉に影響を受けることもある。故に、すいすいと進む事が……できないはずなのだが、魔力でゴリ押しするのがリリアルの基本。


「……下から見上げて指をさされていますよぉ」

「……旅の恥は掻き捨てというのではないかしら」


 無理やり魔力壁を形成、その上を滑るように堰の上を越えて魔導船が進んでいく。リンデから離れた場所であるし、魔導船の方が伝令の騎馬より進みが早いはずだ。


 それと、途中で妨害する戦力が拠点に戻るのはさらに時間がかかる。一旦報告し、改めて指示を出す。吸血鬼なら全力疾走で戻れるかもしれないが、帯同した普通の傭兵はそこまで速やかに移動できない。数日は帰還までかかるはずだ。その間に、ケリを付ける。


「魔導船がネタバレしたら、対策が面倒になるわね」

「魔導戦馬車で吶喊という手もあるのだから、問題ないわ」


 魔導馬車に魔装布を内張した箱馬車を「戦馬車」という。暗殺者養成所にもちこんだそれだ。魔装馬鎧を装備させた馬で牽引させて馬車から魔装銃を乱射しながら強引に突破する選択も悪くない。


 なにより、強行突破なら参加したい人間がさらに増える。ジジマッチョとか姉とか。


「今回は、オリヴィの依頼を達成して『賢者学院』に向かう事を考えると、これが最善だと判断しただけよ」

「そうそう。いや、楽ちんだよねこれ」


 オリヴィも川を船で下ることをするが、土夫の技術で作られた魔導外輪のように自在に動く推進器がない。それに、基本単独行動のオリヴィであれば、暗視も出来るので夜中でも身体強化して移動することに何ら痛痒を感じない。


「か弱いので、道具頼りで生き延びなければならないというだけです」

「ふふふ、か弱いリリアル生を護る為でしょ? 姉妹揃って過保護よね」


 彼女は心配性であり、彼女の姉は過干渉なだけである。過保護ではない。





 日がかなり傾き、そろそろ夕方。海がちかくなったのか潮の匂いが強くなってきた。川の幅も広がり、川岸には湿地が広がってきた。


「ネデルもこんな場所があった気がするわ」

「ああ、北の方に行ったときですね。魔鰐がでたとこあたりでしょうか」


 魔鰐には苦い思い出がある。オラン公の弟の一人が戦死した。その相手は恐らくネデル総督が雇った魔物使いの使役する鰐の魔物。


「また出たりしませんよね」

「さあね。ネデル総督から雇われたのであれば、この辺りにはいないんじゃない?」

「ですよねー」


 とはいえ、水辺は竜種・亜竜種の魔物も多く、さらに言えば、川と海の合流点であれば、その両方に住む魔物や精霊がいてもおかしくない。


 ネデルとその対岸に当たるこの周辺は、共通する魔物も少なくない。


「出るとすれば、水魔馬ケルピーあたりでしょうね」

「あー なんかきいたことありますぅ」


 オリヴィの言葉に碧目金髪が胡乱げに答える。


水魔馬ケルピー』とは、水の精霊あるいは魔物であり、小さな子供を水辺から水中に誘い込んだりしてとり殺す事もある危険な魔物だ。地方によっては吸血するとも喰い殺すとも言われる。


 姿は水でできた黒・あるいは白馬のような上半身に、海豚か海獣のような尾びれがついているのだ。大きさも様々で、恐らく大きさを魔力量で変化させるのではないかと思われる。


 人に懐くことはまずない。例外はとある馬具を付けた場合のみ使役可能なのだという。


「女性を働き手として人に化けて誘いだし攫うという話もあるわね」

「人攫いですわぁ」

「何しろ碌な物ではないようね。でも、水辺にでるのであって、川の真ん中にはでないわよね」

「ええそうね」


 そんな話をしていると、大概魔物と遭遇するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 何かがおって来ると茶目栗毛が船の航跡の中に、何やら浮き沈みしながら接近してくるものがある。


「なんでしょうか」

「速度を上げて振り切るにも、相当早いわね」


 振り向きざま、みるみる追いかけてくる水面の盛り上がりを目にして、彼女はその操舵を茶目栗毛と交代する。


「あれ、もしかして」

「水魔馬がでたかもしれませんね」


 オリヴィとビルが先ほどの話に出たケルピーではないかと指摘する。が、その姿は馬のように見えない。


「ケルピーと言うのは水の精霊が魔物化したものみたいね。私たち、水の精霊との相性が……」

「ヴィは土と風、私は火の加護を持っているので、水とは相いれません」


 精霊の加護持ちの中で、加護を複数持つ者は更に加護を得ることはかなり難しい。そして、火・炎の精霊の加護と水の精霊は相容れない。まだ、水の精霊の祝福持ちであるリリアル生の方がましなのだ。


 ZABANN!!!


 航跡の中から飛び出したのは、何かの塊。絡み合った草……いや水草・藻であろうか。そこから、馬のような顔が見て取れる。


 オリヴィが早口で珍しくまくしたてる。


「さっき、言いそびれていたんだけど、ケルピーってね、水の精霊であって、物に擬態するのが得意なの」


 曰く、女性には男性、男性には女性や悍馬のように心を揺さぶるもの。そして、水に引き込むのは水草の力。


 つまり、どこかの学園の庭に植え替えられた『喋る草』に似た存在であり、より本能的に人間を取りこもうとする、ある意味寂しがり屋のやや狂気に駆られた水の精霊の慣れの果て……といったところなのだという。


「だからって……」

「追いかけて来るなら、他の船だってあるでしょう!!」


 残念ながら、精霊は若い女が好きなものが多い。この船には五人の若い女性が乗っている。


『人に化けられるようになると良いよな』


『魔剣』の関心はあくまでも人化である。



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