第665話-1 彼女は自由通行許可証を得る

「あー それいいなー」

「……あげないわよ姉さん」


 セシル卿の館から戻った翌日、女王陛下の名前で「自由通行許可証」が送られてきた。彼女の姉はそれを羨ましがる。なにしろ、フリーパスで国内を移動できるうえ、荷物に税を掛けることがないのだ。


「そもそも、魔法袋に入れて移動しているのだから、課税も何もないじゃない」

「あ、バレた!!」


 内緒の品は、魔法袋に入れて移動している。密輸も同然である。とはいえ、献上品に等しい物には課税されないのだから問題ない……と姉は言い張る。


「真鍮のゴブレットは課税されるでしょうに」

「大丈夫!! これは教会で使う法具だって言い張ってるからね!!」


 確かに。水を入れて彼女が魔力を込めると「聖水」になったりするので、間違いではない。たぶん。


「この国で採掘される錫も欲しいんだよ。あと、鉱山技師」

「……何故かしら」


 姉曰く、錫の鉱山が王国にあるかも知れないのだそうだ。


「土夫の鉱山師なら探せるのではないかしら」

「錫に興味ないと思うよ。レンヌかロマンデの山あたりにあるって噂なんだよ」


 成功報酬の中に、錫を安定的に「リ・アトリエ」が購入できる権利を得ることも加えるか検討しようかと彼女は思う。金銭よりもその方が正直旨味がある。


「山師の件はともかく、錫の安定購入はお願いしてみるわ」


 オリヴィに頼もうかと彼女は考えた。





オリヴィの依頼に協力し、そのままリンデを出て『賢者学院』へ向かう件を彼女はリリアル生に説明する。


「また吸血鬼ですかぁ」

「望むところです」


 対照的な薬師娘二人。赤毛のルミリはその意味が良く解っていないのは、初めての遠征参加であるからだろう。


「ラウス卿に協力するのですね」

「ええ。数が多いようなの。いくら凄腕の魔術師でも、二人だと撃ち漏らしがでるから」

「そうですね」


 リリアルも、相手が多い時は数を揃える。日頃は参加しない薬師組、あるいは魔力の無い使用人見習組も支援に駆りだすことが有る。今回の遠征は、親善副大使に同行するメンバーだけだが、二人よりはかなり多い。


 今回の依頼は、吸血鬼勢力の排除と、ノルド公が国家反逆に相当する背信行為を行っている証拠を手に入れることにある。難易度は高い。


 女王陛下に対して、その必要性はなさそうなのではあるが、王弟殿下との婚姻あるいは婚約を拒否してもらいたいと討伐報酬として願い出ようかと彼女は思っている。とはいえ、神国王弟の当て馬として呼ばれただけであるのだろう。ジロラモは一回り年下の庶子であり、また、ネデルとの間の緊張関係を緩和する目的以外、訪問を許すとも思えない。


 女王陛下は原神子信徒・聖王会を地盤とする君主であり、姉王の様に教皇庁と御神子教会にすり寄るわけにもいかない。


 王国とも神国とも表向き友好な関係を維持しつつ、国内の反女王勢力を潰していき、国内を纏めねばならない。厳信徒も御神子信徒の貴族も、対外勢力を背景に女王に対抗するつもりなのであれば、これを叩く必要がある。


 女王は金欠であり、傭兵を雇う事も難しい。自分に与する貴族も、地方の大領を持つ者たちは女王に対して距離を置いている。北王国の国境に近い貴族は戦力を持つがそれはあくまで北に対するもの。国内で内戦をするには用いることも難しい。


 リンデの商人貴族、王配狙いの独自の大領を持たない女王のシンパである貴族らでは正面きって軍事行動を起こす事も難しい。


「ノルド公が吸血鬼を呼び込んでくれたおかげで、オリヴィに依頼を出す事ができるようになったのね」

「ええ。ノルド公自体を討伐するのに冒険者は使えないのだけれど、その配下の吸血鬼討伐をオリヴィとその協力者である私たちに依頼し、叛乱の証拠を手に入れることができれば……」

「あとは、叛乱討伐の名目で兵も集められるし、ノルド公の利権も女王陛下のものになるというわけですね」


 没収したノルド公領を王領にして代官を置くのか、あるいは褒賞として誰かに与えるのか、それはわからないが金欠女王からすればとてもありがたい話である。数万の軍を集めるのにくらべれば、オリヴィに依頼する金額は僅かに過ぎない。領地や爵位だって不要であり、金で済む問題だ。その金の原資は討伐相手にある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今回のノルド公領への移動は、リンデから魔導船で川を下り、そのまま河口から北に向かいノルド領の港ないし川を遡ることになると彼女は伝える。


「えー 何でですかぁ」


 船酔いする碧目金髪は露骨に、赤毛のルミリはへにょりとした表情で不賛意を示す。


「ノルド公は国内有数の権力者。それに、北王国の女王と婚姻し、王配として連合王国を治めるつもりがあるというわ。協力者が各地にいて、移動を陸路にするならば、相応に対処されるのよ」

「ようは、行く先々でノルド公の雇った兵士や配下の吸血鬼部隊と何度も何日も戦い続けなきゃいけなくなるのよね」

「それはそれで嫌ですね」


 川や海を用いた移動には二つの利点がある。流れる水の上を移動することができないという吸血鬼の弱点を突いて安全に移動できると言うこと。また、魔導船の速度を隠す必要なく、夜間も比較的安全に速やかに移動することができるということである。


 中州も暗礁も力技で走破する所存。


「陸路の半分ないし三分の一の日程で、相手から攻撃されずに移動できるとおもうの」

「それは大変素晴らしいですぅ!!」

「ですわぁ!!」


 吸血鬼相手に近接戦闘を行えない二人の女子が大いに賛同する。それと、

もう一つメリットがある。


「今回は、魔導船を囮に使う事になるでしょう」

「「え」」


 魔導船で安全安心と考えていた二人が驚く。


「まあ、近くに寄れば、襲い掛かって来るわよね」

「でも、水の上は……」

「船なら移動できるのよ。水上を移動するなら、空を飛ぶか水面に足を付けないような方法を選ぶのよね」


 とはいえ、魔導船並みに大きく機動力のある川船などまずありえない。また、海の上にまで吸血鬼が出張ることはまずない。オリヴィ曰く、海上を移動するのであれば、専用の棺で休眠状態でなければ相当のダメージを受け続けることになるのだという。


 そう考えると、私掠船で海賊が暴れられるのは、吸血鬼が海上にはいないからだと思われる。


「川を遡上し、接近すれば岸からあるいは小舟で寄って来る吸血鬼やその配下の部隊も現れるでしょう」

「なら、魔導船で有効に反撃ができるとお考えなのですね」


 魔導船なら、船体は魔力網を張り込んであるので耐久性も高く、自在に水上を移動できる。加えて、魔装箱馬車を船上に置く事で、防御拠点としても使用できる。近づく吸血鬼を魔装銃(弾丸は彼女の魔力を込めた『聖魔鉛弾』)を放つことで、遠距離から戦力を削げる。船に取り付かれたなら、魔銀の剣で応戦することになる。


「多段階的に攻撃できるのがメリットね」

「一気に取り囲まれることもないし、数の優位が活かしにくいのは良いわね」

「なるほどですぅ」

「納得ですわぁ」


 リリアルのこれまでの戦闘は、奇襲と強襲の組合せ。相手の不意を突き一気に討伐することが基本だ。数体の上位個体と百を超える吸血鬼。その吸血鬼が指揮する千を越える傭兵隊。加えて、ノルド公の騎士団も存在する。


 傭兵の大半と騎士の一部はさほど熱心に参加しないだろう。傭兵隊は、上位者が「吸血鬼」であり、それが討伐されれば四分五裂となるだろう。ノルド公も、外患誘致・内乱罪・国家反逆罪に問われるとわかれば、個人的な側近らならともかく公爵領所属の騎士達もそこまで熱心に戦うとも思えない。


 ノルド公は個人的な忠節を誓われるとも思えない。公の祖父や父親は父王時代あるいは、その後継である弟王時代に反逆罪で収監・処刑され、姉王時代に名誉回復された家系なのだ。いままた、分不相応な野望を持ち、今回はネデルから吸血鬼の傭兵まで呼び寄せている。確実にOUTである。


「で、どのように討伐するのですか?」

「……未定よ。オリヴィとの打ち合わせ次第ね」

「「「……」」」


 彼女はそろそろ、リンデで『リリアル副伯』という肩書に縛られて仕事をするのに疲れていたのである。


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