第664話-2 彼女は灰色乙女と共に女王陛下の依頼を聞く

 契約書の内容を修正する間に、時間も時間と言うことで夕食となる。明日は、屋敷を案内すると言うことで今晩はゆっくり泊ってもらいたいというのである。


 何でもミントソースの夕食を頂き、彼女達はワインを片手にゆっくりとした時間を過ごす事になる。ミントソースも食材に合わせた味があり、全て同じ味に思えるということはなかった。


 先代国王の時代から、王国は法国から料理人を招くようになり、調味料も調理方法も格段に進んだ。戦争道楽、普請道楽で散財の激しかった先代国王だが、食道楽だけは大いに喜ばれた。勿論、戦争で潤った貴族商人や普請道楽で腕を磨いた職人からの評判は悪くない。法国の建築家を招き、彼の国で流行りの城館を王国の古い城館を改装させ、美麗な館に変えたのだから、それも悪い事ばかりではない。


 リリアルの本館も、そうした先代国王の狩猟宮から王妃殿下の離宮に転用され、これを譲られたものなので恩恵を受けてもいる。


 それに対して、このセシル邸もかなりの普請道楽であると思われる館なのだ。まだまだ手が入ると言うことであるが、どうやら女王陛下が好みの館をセシル卿が建設するということであるらしい。


「この館の庭は、王国のフォンブローの宮殿を参考にさせていただいている」


『フォンブロー』とは、王国の先代国王が建てた宮殿で、元は数多くの狩猟地に便の良い王都郊外のその地に整備された離宮である。その為に、リリアルで賜った狩猟宮は不要となったのだ。


 植栽は植物学者に監修させるなど、とても手の込んだ庭となる。幾何学的なレイアウトと適切な植栽とで、人工的な庭となる事だろう。


「内装も素晴らしいですね」

「当然だな」


 自分の館でないのにもかかわらず、レディはとても得意げである。


 玄関ホールはとても高く広く、二層となり内側にバルコニーが渡され、楽師たちが演奏するスペースとなり、あるいは、演者が話をする場としても有効に利用される目的で築かれた。


 窓は紋章を象ったガラスが嵌められ、樫材の彫刻が施された階段もとても豪奢である。彼女の中では「無駄に贅沢」としか思えないのだが、貴族の価値観としては褒めねばならない場所であろう。


 先代国王時代、法国の美しい邸宅を見て感動した国王・貴族は、こぞって法国の建築家を招聘し城館を改装させ、或いは新築させたのだが、恐らく、その後、連合王国も王国の建築を見知った者たちにより、そうした建物が求められるようになり、この館にも反映されているのだろう。


 ネデルも本来はそうしたことが有っておかしくないのだが、内戦真っただ中ということもあり、そうした人材がこの国に逃れていることも影響しているかもしれない。それに加え、修道院を破壊する原神子信徒の活動からすれば、そうした場所に関わる建築関係者・職人は城館の建築に移らざるを得ない。修道院から貴族の城館に人が流れているのだろう。


「どうだ」

「そうですね、大変すばらしいと思いますレディ」

「そうだろう!!」

「けど、王国のリリアルも先代国王の狩猟宮を下賜された孤児院みたいなものだから、特に驚かないわよね」

「そうね。まあ、下賜されたのだから大事に使っているし、幼い子は別の宿舎暮らしだから、今はそうでもないわよ」

「「孤児院……」」


 ほら、でもまあ、レディも孤児みたいなもんだから、気にしない気にしない!!





 完成するのに何年もかかる城館を思うと、気の長いはなしだと彼女は思う。


「ねぇ、劣等種についてどう思う?」

「……『劣後種』ではないかしら」

 正直、今回のメンバーでは難易度が高いと彼女は考えている。喰死鬼は

半ば動く死体であり、思考能力が低く動きも鈍い。一般的な兵士であれば苦戦するだろうが、騎士、あるいは一体をコンビネーションで討伐する冒険者にとっては不意を突かれなければ難しくないと考えている。


 しかしながら、騎士の記憶と能力を有する食人鬼並みの力を有する不死者と言うのは、それよりも格段に難易度が高い。


「魔力で身体強化をした騎士ということでしょう」

「それも、魔力切れは心配しなくて良さそうなのが困りものよね」

「その通りね」


 恐らく、魔力量の少ない騎士と言うのは、身体強化で戦える時間が十五分程度であったのだろう。それが、吸血鬼化することで、半永久とまではいかないが、かなりの長い間その力を振るえることになる。


 ただ単に少しの魔力を持ち、身体強化が少々仕える程度の騎士であれば、それだけで何段階も強力な体を手に入れることができたことになる。


 小さくない劣等感をその魔力と身分に感じていたのであれば、それだけで生身の体を手放す理由となったのだろう。憐れではあるが、全く同意できないと彼女は考えた。

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