第659話-2 彼女は天翔ける騎士を労う
馬上槍試合の話でひとしきり盛り上がった姉と筋肉爺隊が部屋へと引き上げると、食堂は落ち着いた雰囲気となった。馬上槍試合は模擬戦闘とはいえ魔術による直接攻撃が認められない競技に過ぎない。
身体強化と魔術による支援戦闘の技術を持っているかどうかで勝負が決まる。試合を何戦も戦える魔力量と体力、騎士としての技術と装備、そして、騎士としての名声を得たいかどうか。
「所詮見世物だもんね」
「ええ。それでも、力量の一端でも示せれば、ただ警邏するよりも住民は安心感と騎士への信頼を持てると思うわ」
「ですけど、槍でドンはいらない気がしますね」
「今時、あんなことは戦争で行いませんから」
伯姪が馬上槍試合の在り方をくさせば、彼女は一定の意味を見出していると意見する。反面、碧目金髪の「槍ドンはない」発言もその通りであるし、実際の戦場で騎士が槍で向かい合って戦うという事もないだろう。今は、騎兵銃でドン、からの剣による斬り合いではないだろうか。
「連合王国では、まだ主流の戦い方なのではないでしょうか」
「北王国との国境紛争では、相変わらずの軽装騎兵が馬上槍を主装備に戦っているのだから、その通りかもしれないのね」
茶目栗毛は、王国帝国と連合王国では戦争の環境が違う故に、馬上槍試合の意味があると指摘する。
「平民を威嚇する上でも意味がありますわ」
赤目のルミリの目線は、王都の平民目線。確かに、あのような武威を見せられれば、魔力を持たず武装していない平民が反抗しようという意欲も持てないだろう。反抗し、武装蜂起するとなれば相当追い詰められているからになるだろうか。
それぞれの部屋に引き上げたのち、彼女は『猫』からの報告を受けている。何故なら、今日の馬上槍試合で優勝したノルド公トマス・ハウルの配下である『リッツ・ゼルトナー』の存在に、異質なものを感じていたため調査をさせたのである。
『ありゃ、やっぱ吸血鬼だよな』
『魔剣』の評価に彼女も同意する。吸血鬼の場合、日光が弱点であるとされるが、全く抵抗できないわけではない。全身鎧を装備し、また城塞などの内部で日のあたらない場所で活動する分にはほぼ問題はない。
また、魔力持ちの魂を数多く獲得した結果成る上位種になればなるほど、日光に対する一定の抵抗力も高まる。吸血鬼の場合、魔術として魔力を体外に放出することが基本的にできない分、身体強化や魔力纏いによる肉弾戦に強みを持つようになる。
但し、吸血鬼になる以前に精霊の『加護』を有していた場合においては、精霊の『祝福』程度まで効果を低減させ発動できるとオリヴィから教わっている。ゼルトナーは身体強化に加え武器を『風』の精霊魔術で加速させているように見受けられた。
『主、ゼルトナー卿はノルド公の居館へと引き上げましたが、結界が展開されており内部を確認することができておりません』
半精霊である『猫』は精霊に対する結界に対して抵抗できない。ドルイドやその系譜に連なる賢者学院の魔術師らは精霊魔術を用いるので、それに対抗するための精霊除け結界を施してある居館なのであろう。
『精霊は不浄を嫌う。アンデッドからすれば、自己主張するだけで精霊が寄ってこなくなるんだから簡単な事だろうぜ』
「ノルド公は普通の人間なのかしらね」
『今のところ……は人間のようです』
ノルド公を唆して吸血鬼が拠点として利用しようとしているのではないかと彼女は考えている。とはいえ、吸血鬼と神国のネデル総督府が結んでいるとも思えない。ならば……誰が吸血鬼たちを使嗾しているのだろうか。
御神子教徒からすれば、吸血鬼と手を組むという事が果たして許容されるのかという問題もある。王国は穏健派の御神子教徒であり、必要であるならサラセンの皇帝とも取引をする。対して、神国に関してはそれはない。厳格な異教徒・異端排斥の意思を明確にしているからだ。まして、御神子の教えに真っ向から対立する不死者を利用するのはどうなのだろうかと思うのである。
「御神子教徒の守護者を謳いつつ、悪魔崇拝者と見做された聖騎士団があったわね」
『あれ、本体は解散したけどよ、あっちこっちの他の聖騎士団に残党が潜り込んでいるだろ。神国の聖騎士団は王家を奉じているが、そこにも入り込んでいるだろうし、北王国に逃げ込んだ奴らもいれば、帝国東方の殖民活動を行っていた駐屯騎士団にも紛れ込んでいるはずだぜ』
修道騎士団に潜り込んでいた吸血鬼たちは、修道騎士団が異端として解散させられ、総長らが処刑された後、聖母騎士団を除く神国・帝国・北王国に存在する他の聖騎士団へ逃げ込んだと推測される。
異教徒と闘うという大義名分を得られ、大手を振って魔力持ちの魂を収奪できる聖騎士に成りすますのは、最も吸血鬼の位階を上げるのに都合の良い環境を得られるからだ。
彼女がそうした結論に達したところで、不意の来客の知らせを受ける。
「院長先生、お客様ですわ」
目をしばたかせながら赤目のルミリが来客を告げにやって来る。
「こんな時間に、誰かしら」
夜中と言うにはまだ早いが、先触れもなく訪れる時間にしてはいささか遅すぎる。これが王都からの急使であれば対応も考えるが、ルミリの反応からしてそうではなさそうだ。
そこに、伯姪が顔を出す。
「オリヴィ=ラウスが来たのよ」
「……え……」
帝国の魔術師であり、王都では王太子宮の大塔で吸血鬼討伐に助力してもらったオリヴィがリンデに現れたという事は、間違いなく吸血鬼絡みで有ろうと彼女は考える。
『タイミング良いな』
「厄介事に巻き込まれるの間違えでしょう」
リンデに現れた恐らくは高位の吸血鬼。そして、ノルド公と言う女王とその側近に対抗できる有力者がその背後にいる。協力するのは、ネデルの原神子信徒と対立する勢力。
そう考えれば、帝国の吸血鬼が協力するかもしれないと彼女は思い至るのである。
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