第659話-1 彼女は天翔ける騎士を労う

 準決勝は棄権試合もあったため一試合のみ、そして決勝もあっという間に決着がついたため、日が暮れるには余裕をもって全日程が終了した。


 帰りは、一行揃って『シャルト城館』へと帰還する。ルイダンらは一足先に戻っており、しめやかな晩餐が饗されている。王弟殿下は女王陛下と共に『新王宮』に向かったので、後日ルイダンらは再び新王宮へ向かうのだろう。今日は……帰りたくない。


 


 既に鎧を外し、身を清めた灰目藍髪と、勝手に飲み始めている筋肉爺隊が食堂に先に入っていた。本日の殊勲者は彼女らの入室を確認すると起立する。


「負けました」

「十分よ」


 やや疲労した表情を浮かべながら頭を下げた灰目藍髪に、彼女は短く労をねぎらう。筋肉爺隊の相手をして、試合以上に疲れたように見て取れたからである。


「そうそう。女王陛下にとっては、愛しのロブ様が目の前で叩きのめされて不快だったかもしれないけれど、貴女のお陰でリリアルの実力も側近共々理解できたんじゃない?」

「ですよねー」

「ですわねー。思わず見とれてしまいましたわ」


 中空で体を捻り、技を躱しながら次々に攻撃を行う灰目藍髪の姿は、天翔ける女騎士Valkyrjaのようであると口にする者もあったとか。


「天翔ける騎士とか、カッコいいじゃない」

「私などより、先生方の方が余程お似合いではありませんか」

「「あー」」


 魔導船の試運転で、海の上を翔け私掠船へと飛び乗り、あっという間に敵を制圧した姿からすれば、正にその通りである。


「あれ、結構大変なのよね。カッコいいけど」

「そこ、大事です!」

「そうそう、とっても大事だとお姉ちゃんも思います!!」

 

 呼ばれもしないのに現れるのが姉。どうやら、頭の中で『天翔ける妖精騎士の物語』のあらすじが描かれ始めたようである。


「やっぱ、決勝はあの風使いの精霊騎士との空中決戦だね!!」

「……勝手に試合を組合せないでもらいたいのだけれど」


 姉の頭の中では、魔力壁と魔力纏いで中空を飛び回る彼女に対して、風の精霊の加護を用いた精霊魔術で空中に舞い上がる精霊騎士の姿が浮かんでいるようなのだ。


「魔力壁を蹴って、或いはそれに乗って中空で留まるのは、こう、直線的な動きになるじゃない? 風の精霊だと、ふわービュッって感じで緩急のある動きになるのかな」


 ミアン防衛戦で彼女とオリヴィが共闘した吸血鬼との戦いは、そんな感じで差があったような気がする。魔力壁を用いて空中を機動する場合、敵の動きを読んで魔力壁の位置を設定する必要がある分、少々手間ではある。


 面倒がないのは、自身が精霊の力で宙を舞うように動く事である。所詮、枝から枝に飛び移るのと変わらないのが彼女の中空での動きになる。直線的に動くことを読まれれば、移動先に待ち構えておくことも可能だ。


「勝手にお話を作るのは構わないのだけれど、必ず事実ではないことを舞台の前後で告知しなさい」

「わかってるってぇー。で・も 勝手に事実と物語を区別しないのは私のせいじゃないもんね」

「当然です!! リリアルとの関係は全くありません。グッズは販売しますけど」

「「「え」」」


 碧目金髪の言葉に姉以外の全員が驚く。


「えーと、リリアル謹製のアミュレットとか、低級ポーションとか傷薬を一緒に販売すると、すっごく売れるんです」

「そうそう。妹ちゃんが代官を務める盗人村とかさぁ、内職させてるんだよ。薬を缶に詰めたり、アミュレットを作らせたりとかね」

「……知らなかったわ」

「籠とかも販売していますよ。最近、自家消費分を大きく超えていますから」


 彼女が不在の間にも、祖母と姉、残っていたリリアル一期生らが唆され……考えていろいろな資金獲得手段を考えていたのである。


「柳とか新しく養殖池の周りに植えたし、それから籠作りとか、三期生の魔力無しの子とかにも手に職つけさせるのにいいと思うんだよね」


 畑仕事の無い時期に何か仕事を得ることができると、その分生活が豊かになる。先の事を考えると……


「儲かるのかしら」

「ええ、ぼちぼちね☆」


 リリアルプレミアムの分、価格上乗せでも売れるらしい。


 勝手に名前を使われるのは気にいらないのだが、領内の住民のために将来なるのであれば許容できると彼女は考えた。





 既に、『伯爵戦士』の剣は女王陛下の命じたこともあり、灰目藍髪の手元に届いていた。


「なかなかいい剣?」


 剣の作りは精緻であり、高位貴族が扱うに相応しい装飾が施されている。とはいえ、鞘の部分に多くの装飾があるのだが。


「まあまぁかの」

「まあまあなのですね」


 武具鍛冶師の筋肉爺が剣を評価する。


「馬上用だから少々長いし細い。まあ、魔銀鍍金仕上げするのであれば、少し厚めに鍍金をして、細い分魔力が乗らないところを稼いだ方が良いな」


 全魔銀製と比べ、魔銀鍍金製は鍍金部分にしか魔力が纏えない分、魔力の消費が少なくて済む代わりに、切断力が逓減する。例えば、大きなもの、堅いもの、魔力を纏ったものを切断する間に纏う魔力を全て使い切ることになりかねない。体から流し込む魔力と消費する魔力が拮抗していれば良いのだが、それを上回れば切裂くことができなくなるのだ。


 それを補うために、鍍金の厚さを増やして魔力量を確保することを提案したのである。


「剣身や柄、鍔に柄頭も悪くはない。が、戦場の剣と言うより装飾品の割合が大きいからな。護衛や式典用、あるいは、騎乗した際の護身用には良いが、これをメインにするのは心もとない」

「……なるほど」


 灰目銀髪は、両手剣を摺り上げた『両用剣』をもうすこし使いこんでみたいと考えていた。馬上の護衛であれば、剣を腰に佩くものと鞍に固定する戦闘用の剣と両方持つことができる。片手でも両手でも扱える両用剣であれば、下馬した際も相応に活用できるし、メイスも別途用意する必要が無い分、使い勝手も良い。


 馬上槍での突撃、その後馬上剣には『両用剣』を用いて戦う。下馬するなり剣を取り落とせば、最後に魔銀鍍金の剣で戦う。そんな流れだろうか。


「剣は護身用でもあるから、軽くて扱いやすい物も悪くないのよね」

「リリアルはどっちかというと剣と言うよりも山刀みたいなものだわ」


 サクスは斧や鉈のような道具と兼用の武器であり、リリアルは魔力持ちの孤児を冒険者に近い戦士として育てることを目指した学院であるから、それで良いのだ。


 枝を払い下草を刈り、あるいは狩で得た獲物を解体するのにも使う。細い木なら伐採も出来るだろう。生活道具に近い。


「どちらも、リリアルに戻ったなら鍍金仕上げをお願いしましょう」

「はい」


 半年先になるか一年先になるかはわからないのだが、連合王国から帰国した後でなければ仕上げることは出来ないのだ。


「えーと、リリアル工房に送っとこうか?」


 姉がニース商会便でリリアル学院の老土夫の工房に両手剣と女王陛下に下げ渡された『伯爵戦士』の剣を魔銀鍍金加工を依頼するために、サンライズ商会経由で送るというのである。


「いま直ぐ使わない両手剣は先に送って頂ければと思います。陛下からいただいた剣は滞在中は手元に置いておくべきかと思います」


 灰目藍髪の判断を彼女も肯定し、姉には『両用剣』を工房に送ってもらうように頼む事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る