第658話-2 彼女は勝利を見届ける

 魔力自体が残っていたとしても、心身の集中・バランスが崩れればそれは発揮することができなくなる。今まで経験したことのない一方的な攻撃を受けたのだろうか、『伯爵戦士』は泥まみれになりながら地面へと臥せり、立ち上がれなくなったようだ。


 灰目藍髪は剣で地面に倒れた相手を軽く叩き、剣を取り上げる。


 そして、両手に剣を掲げ、自らが勝者であるとアピールした。彼女は小さく口にする。


「……審判……」

 

『し、審判!! 宣言せよ!!』


 彼女の呟きを拾った女王陛下が、恐らくは『風』の魔術であろうか、自らの声を大きく拡大し、審判に勝利の宣言を命ずる。


『しょ、勝者、リリアルの騎士!!』


 最初は戸惑ったざわめきであったが、やがで、段々に大きな歓声へと変化する。如何にもな『伯爵戦士』を、若い女騎士が倒したのである。


「あの剣と鎧ってもらえるのよね」

「……それは決闘であるとか戦場での話でしょう。馬上槍試合ではないわ」


 確か、戦場で捕虜になった騎士は、自らの身代金を支払うと同時に、馬や身に付けていた武具は捕らえた者の財産になったというが、馬上槍試合ではそうではない。もらえません!!


「あの者に、伯爵の剣を与えよ」

「……畏まりました」


 不格好な剣は、勝者に相応しくないとばかりに、伯爵の剣を取り上げ灰目藍髪に与えることを女王は宣言する。


『ありゃ、試合用の工夫の剣だからな』

「もらえるものは貰っておきましょう。それが、名誉を示す事になるのでしょうから」


 灰目藍髪を女王陛下が認めた証。すなわち、公に灰目藍髪を否定することは女王陛下を否定することになる……としたいのだと彼女は理解した。とはいえ、ちらりと見た女王陛下の顔は明らかに焦りを見せていたのである。




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 二人の従者に両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられるように会場を後にする『伯爵戦士』。担架で運ばなかったのは、明らかに伸されたと知らしめないようにする配慮か。女に叩きのめされた上で、担架で運ばれたとなれば……かなりの名誉失墜となるからだろう。まあ、本名を伏せてはいるが、見る人からすればわかってしまう。宮廷ではそれだけで十分名誉を失う。





 とはいえ、これ以上勝ち上がる必要はないとばかりに、灰目藍髪は準決勝進出を辞退した。故に、準決勝の相手は不戦勝となる。


 これは、試合間隔と魔力量を考え勝っても負けても準決勝敗退とする事前の打ち合わせ通りであった。余計な前座試合のお陰で、その目論見通りにせざるを得ないという事も確かである。


 今頃、茶目栗毛と筋肉爺隊に囲まれていることだろう。


「準決勝に出られないとは残念だな」

「はい。ですが、これ以上は魔力も力量も不足していますので、仕方ありません」


 意趣返しをされる可能性もある。そして、一度見せたからには対策をされてしまう。灰目藍髪と彼女らが考えた策はこれ以上ないので勝ち逃げさせてもらう。


「残念であるな」

「然様ですな」

「「「ははは」」」


 女王とその側近が声を合わせる。そして……


「素晴らしい騎士を遇されていますねリリアル副伯!!」


 目を輝かせて素直に灰目藍髪の戦いを賞賛するジロラモ。あの空中殺法の秘密を知りたいと熱心に話しかけるものの、彼女は「女性の秘密を知りたがるものではありませんわ」と適当にかわす。


 その答えにしょぼんとするジロラモ。彼女と伯姪は魔装扇越しに会話をする。


「ちょっと罪悪感を感じるわね」

「おなじキラキライケメンでも王太子殿下なら何とも思わないのだけれど」


 胡散臭い笑顔だと認識している王太子に対して、二人は辛らつである。そして、叔父である王弟殿下も無言でうなずく。やはり胡散臭いと思っているのだと納得。


『魔力壁』自体は、さほど難しくないはずであるが、魔力を煉瓦のように固めるという発想があまり広まっていないのだろう。それも、一瞬だけ出すというリリアルの魔力節約用法も魔力量自慢の高位貴族には受け入れがたいであろうし、身体強化や魔力纏いを行うのが魔力持ちの騎士、魔力で火や水を飛ばし風を操るのが魔術師といった固定観念があるのだろう。


リリアルモード・式戦法リリアレーゼ』とでも言えば良いのだろうか、気配隠蔽・魔力纏い・魔力走査と魔力壁の組合せによる冒険者的運用はかなり一般的ではない。


 それに、魔銀・魔装の装備が前提であるのも同様だ。魔力纏いも、魔銀あるいは魔鉛製の武器を用いなければあまり意味がない。そして、それらの武器を加工することは土夫の専門であり、武具鍛冶師というだけでは扱えないのだ。


 老土夫と癖毛の存在が、ある意味リリアルの戦いを支えていると言えば良いだろうか。長生きしてほしいものである。




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 愛しのロブが叩きのめさされた為か、女王陛下の目に映る御前試合の内容はどうでもよいように彼女には見てとれた。


 決勝に残ったのは、共に大貴族のお抱え騎士。そして、

ノルド公トマス・ハウルの配下である『リッツ・ゼルトナー』が力の差を見せ勝利した。


「リッ君やるわね」


 伯姪が適当な名前でリッツを呼ぶ。恐らくは『風』の精霊の加護もしくは祝福を持つのだろう。身体強化に加え、自分には追い風、相手には向かい風になるように体に旋風を纏わせることが得意であるようだ。


 自分の剣は加速し、相手の剣は減速する。大風を背にし、あるいは風に向い対峙したことをイメージすればいい。魔力を纏うあるいは、身体強化に注力した『魔騎士』にとっては、精霊魔術を駆使する『精霊騎士』と対峙する機会はほとんどなく、また、相手が『魔騎士』として同等の力を持っているのであれば、圧倒的に不利であることは理解できたであろう。


 馬上槍の試合であれば、追い風・向かい風の中で対峙したのだ。槍を向かい風の中安定させるだけでも相当の力を消耗してしまう。剣の試合であれば、視界を広くとる為に面貌が解放されている分、風による眼潰しも有効となる。


 リリアル生のように魔力走査を行う前提で、闇夜や目を閉じた状態でも魔力を纏う者の位置がわかるほどの鍛錬を行う者はそう多くはない。暗殺者や狩人であればともかく、騎士は夜に戦場へ立つことはない。

 

『水煙』で視界を遮ることが有効であったのと同様、強風を顔に叩きつけ視界を遮る事もまた有効であったという事だ。


 何もなければ互角、しかし、精霊魔法を使い変則的な支援を受けたゼルトナー卿が圧倒したのは当然だと言えるだろう。


「馬上槍試合であれば、勝って当然の力の差だったのでしょうね」

「……それほどか。いやしかし……」


 彼女の独り言にも似た発言を王弟殿下が拾い、何か考えているようだ。


「あの騎士はこの大会での優勝の対価に、正式にノルド公の親衛騎士になるそうですな」


 背後の女王の側近の誰かが自分の知っている情報を口にする。なるほど、元は傭兵だが本来は貴族の子弟なのだろう。まして、戦場でも名の知られる凄腕の『精霊騎士』。


 彼女の知る中で『風』の精霊の加護持ちは、オリヴィ=ラウスがいる。確か、風の精霊の力で中空を移動する事も出来た。それに、魔力走査以外の方法で索敵もできるであろうし、音を拾い上げ情報収集をすることもできるだろう。


 なにも、風を叩きつけるだけが精霊魔術ではない。護衛としてであれば、矢の雨を防ぐ『風盾』なども有効であろうし、遠隔地に指示を飛ばすような魔術も広範な戦場での指揮に有効な魔術となる。何かを企むには、傍に置いておかしくはない逸材であると言えるだろう。


 暗殺・情報収集・戦場での指揮、個人の武威だけではなく、様々な用途で活用できる。取り立てる為の箔付としては、この馬上槍試合は望む場であったと言えるだろうか。


「何を考えているのかしらね」

「さあ。何を考えていたとしても、海峡を渡らなければどうでもいいことですもの」


 王国に侵攻するというのであればともかく、ノルド公は連合王国の女王を上回るほどの経済力と軍事力を有し、尚且つネデルの原神子信徒たちとも強いつながりを持つ。公の力の源泉はネデルとの経済的つながりにあると言えるだろう。


 リンデに匹敵する経済基盤を持ち、尚且つ、人口規模・工業・農業において独立した経済圏を有しているとも言えるノルド公領。森林資源や鉱物資源も恵まれ、また港街も有する。独自の軍を持っているとは

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