第六幕 馬上槍試合
第650話-1 彼女は予選一回戦を見学する
『天覧馬上槍試合』の会場となるのは、リンデの東にある『白亜宮』である。
元は大司教の居住宮殿であったものを、王家が購入した。父王の時代に長らく王宮であった。リンデから川沿いに下流1㎞程離れた場所にある。父王はその治世を通して宮殿の改築を行い、トゥニス場などの球戯場、闘鶏場、馬上槍試合場などが建設された。治世末期の五年間において金貨三万枚が改築の費用として計上されている。敷地面積は旧王宮の二倍を確保している。女王陛下が王女時代長く過ごした王宮でもある。その部屋数千五百。
「ここにも大きな宮殿があるのね」
「……無駄遣いも甚だしいわ」
「無駄にならないように、馬上槍試合会場にしているんだと思いますぅ」
広大な敷地は、先日の新王宮と比べれば小さく感じるが、あれは森の中にある大宮殿であり、ここは開けた場所にあるので比較は出来ない。それでも、宮殿の敷地の外周には、宮殿を維持するための職人街が作られており、相応の固定費が発生していることが予想されるのだ。
エントリー自体は事前に済んでいるので、受付だけを行う。
「これはこれは、リリアル閣下とその騎士殿。ようこそ」
彼女達の存在は目立っている。何故なら、多くが騎士服姿の『少女』であるからだ。ある者は品定めをし、ある者は疑わしげな眼でリリアル一行を見ている。
「何か視線を感じるのだけれど」
「王国だとこんなにじろじろ不躾にみられたりしないから新鮮でしょう?」
ケラケラと笑う伯姪である。これが無名なら、絡まれもするだろうが、親善大使一行としてリンデを訪問している事は既に知られている。故に、直接絡んで来る者はいない。まして、女王陛下主催の馬上槍試合であるのだから尚更である。
一般参加枠六十四人を、四人まで絞ることになる。会場を四ケ所に分け、それぞれで勝ち抜く形となる。
「無駄に広いのも、生かされていますね」
「歩き回らずに済むのが幸いですわ」
会場が分かれているという事でホッとする碧目金髪とルミリ。完全に観客目線である。
「我々は、第四会場です」
「そう、では参りましょう」
小姓役を務めるのは茶目栗毛。馬を引き、第四会場へと移動する。
最初に馬上槍で一回戦を行い、その後、馬上剣、勝敗が付かない場合、徒歩剣の試合へと移行する。十六人で八試合が行われ、午前中はこれで終了となるだろう。午後に二回戦四試合、三回戦二試合、そして予選決勝となる。
「馬も出づっぱりで大変ね」
「重たいオッサン騎士の馬は特にね」
戦場なら、移動用の替え馬に乗り、完全装備の後、戦馬に乗り換えることになる。今回は、同じ馬が終日務めるので、大変なのである。
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「けっこう、観客がいるわね」
「今日は無料なのよ。明日以降は、陛下も参席されるので警備の関係から入場が制限されるから」
「なるほど。庶民が見に来ているわけですね」
と言う事で警備も笊。何か悪戯されないように、選手も同行のリリアル勢も注意が必要だ。特に、ルミリは攫われたりしないように常に一人にしないように心掛けねばならないだろう。
『主、御心配なく』
「心強いわ」
周囲の監視は『猫』が見てくれるようだ。
会場に集まって来る騎士達のほとんどが、いわゆる『騎士』の階層のものである。騎士は、自弁で馬と装備を整える対価として相応の領地なり給与を得ている。なので、裕福な騎士は煌びやかな装備を整えており、そうでない騎士は……必要十分な装備でしかない。つまり、地味でみすぼらしい騎士もいる。
「その鎧、良い装備ね」
「ありがとうございます」
中古とはいえ領地持ちの伯爵の子息用の鎧であるから、装飾などにも細かな仕上げがなされており、彼女の装備より余程高級感がある。彼女の鎧は……必要十分でしかない。
馬鎧は頭と前回を魔装布鎧を纏わせ、全身を馬用の装飾布で飾っている。魔力量の乏しい灰目藍髪ゆえに、不要な馬鎧は外してある。但し、手綱は魔装縄を用いたものに替えてあるのは、馬上剣試合用の対策だ。
「さて、最初は槍ね」
「身体強化と魔力壁だけだから、最初から展開しておいていいわね」
「はい」
予選第一戦。相手は、この国の騎士であるようだ。
「さて、連合王国の魔騎士の実力、見せていただきましょう」
彼女と伯姪は、灰目藍髪の騎士としての能力を信用しているし、また自信を持っている。が、相手はジジマッチョ並の巨漢であることから、赤目のルミリは心配のようで、碧目金髪の腕にしがみついている。その相手も、ルミリにしがみついているのだから、仲間を信じろと言ってやりたい。
「大丈夫かなぁ」
「だ、大丈夫ですわ……」
「大丈夫よ。午前は一試合だから、手加減無しで魔力使い放題でいくからね」
心配げな二人に、伯姪はそう告げる。午後の連戦の方が正直しんどいのだ。
出場選手の名が呼ばれる。灰目藍髪の出番である。
「相手は……
連合王国には幾つかの騎士団が存在する。その一つが、北王国との国境を守備する『国境騎士団』。騎士団とはいえ、その存在は聖征時代の修道騎士団のように、騎士とそれを支える従騎士・兵士らを含めた一万程の戦力である。
常時、稼働状態なのはその一割程度の『騎士』『従騎士』であると言われる。
「常設騎士団の騎士。中々強そうね」
「でも、何しにリンデに来たんでしょうね。現地採用じゃないんでしょうか」
北王国からの侵入・略奪に対応するための軽装騎兵。偵察・攪乱を主任務
とする機動力に優れた騎兵である反面規律意識が低く、所属氏族中心の考えであるため扱いが難しいとされる。その装備は半板金鎧、剣と短剣。チェインに丸盾を装備することもある最も古式な騎兵・騎士だ。
確かに、目の前の騎士は百年戦争時代に普及した板金鎧を胸や腕の部分は使われているが、それ以外はいわゆる鎖帷子だ。
「レトロね、装備の更新をしないのかしら」
「相手もその程度なのでしょうね」
確かに古臭い。『
『白甲冑』というのは、それ以前の黒っぽい鎧と比較したもので、金属の表面を鍍金の上に磨き、更に高級な鎧は微細な畝をいれることで強度を増しながら意匠を施す効果を加えた物が存在する。灰目藍髪のそれは、この畝の文様がほどこされた高級仕様である。
「古い鎧に見えるが、状態は良い。つまり、騎士として十分な能力がある男だ。胸鎧は最新に近い」
「なるほど」
確かに、胸鎧は綺麗な半円を描いており、銃弾を逸らす厚みをもっているように見てとれる。丸い弾丸は、堅いものに当たるとその縁に沿って逸れていくからだ。マスケット銃の普及と対策から、丸みを帯びた胸鎧がはやり始めたのはさほど古い事ではない。
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