第649話-2 彼女は『濃縮ポーション』を作成する
『騎士の魔力量が微妙な理由っつーのは何なんだろうな』
『魔剣』が何やら言い始める。どうやら、連合王国における騎士達の持つ魔力量の微妙さに思うところがあるようだ。
「何が言いたいのかしら」
『あー いつぞや、ゴブリンに喰い殺された斥候の魔力持ちの騎士がいたよな』
リリアル学院が成立した初期のころ、魔猪狩りのついでに見つけたゴブリンの『村塞』を偵察に行った四人の魔騎士が反撃を受け全滅した話を彼女は思い出す。
「それで」
『魔力を用いた身体強化を継続できる時間が十五分くらいって話だ。お前なら、どのくらいできるんだ』
「さあ、一々考えたことはないのだけれど、三つ同時に一日中といったところかしら」
魔力量を増やすには、常時魔力を使用しているのが最も効率が良い。魔力を枯渇させるまで使い込む。回復する際に、魔力量が底上げする。あるいは、魔力を消費する量を減らすために、使い方を精緻にする。魔術の使用も、展開時間を必要最低限にしたり、発動速度を改善する為に、魔力の放出の仕方を工夫するなど、出来ることはいくつかある。
彼女の場合、それをこの十年ほど、継続して行ってきた結果が十を超える多重発動に耐えられる魔力量の確保に至ったということになる。一つの魔術の発動に対し消費される魔力量は一にすぎないが、複数同時展開は、魔力量の乗数倍の消耗につながる。二つなら二倍だが、三つなら四倍、四つなら八倍となる。同時に十も展開するならば、魔力消費は五百倍を超える。
とは言え、常時十ではなく、瞬間的最低限の発動もあるので、継続して展開出来る時間はおそらく十分程度であろう。
『この国の奴らって、魔力量が多い奴がいねぇ。元からなのか、そうなっちまったかは分からねぇが。恐らく、自身の魔力より精霊魔術を基本にしていたからじゃねぇかと俺は思う』
精霊魔術は、精霊に接触する際の魔力さえあれば、あとは精霊自身の魔力任せとなる。『加護』や『祝福』が得られているのであれば、ほんの少しの魔力で大魔術師並の力を得ることができる。
とはいえ、多くの精霊は『土』か『水』であり、少数『風』が存在するが『火』の精霊はほとんどいない。なので、出来ることが偏る傾向にある。
「賢者あるいはドルイドの魔術というのは、私たちの魔術とは別系統であると言いたいのね」
『多分、精霊との干渉で生まれる術がほとんどなんだろうな。森に生きるって言う意味は、精霊の無いところじゃドルイドとして成立しねぇんだろうな』
森の賢者等と呼ばれる事もあるが、その活動場所を精霊の満ちている森に据えているのは、自らの力を十全に生かす為であろうか。ならば、リンデにはおそらくいない。
「もしかして、王宮に多数の屋敷森が存在するのは」
『ドルイドの力を生かす為だろうな。元から住んでいた先住民も魔力量が少なく、渡って来たロマンデの奴らもさほど多くはなかったんだろうぜ。王国の魔術のルーツは古の帝国だからな。帝国の軍団兵が精強だった理由は、魔力操作を長い時間鍛錬した結果だと言われる』
当初市民が自弁で武装した軍団であった古帝国だが、領土が拡大するにつれ軍団兵は職業軍人となった。その年数は二十五年。魔力を纏い、軍団の中核を担うには、魔力の鍛錬を行い十年程度の経験が必要とされた。
退役後も、魔力持ちは予備戦力として辺境防衛の為の屯田兵として活用されたともいう。『白亜島』に存在した古帝国軍団は、帝国の衰退期に退去しており、また、森において有利な精霊魔術を使用するアルマン人ら当時の蛮族に抗えなくなったためであるとされる。
帝国末においては、魔力操作に熟達した兵士を育成する意欲も能力も失われ、精霊魔術を多用する蛮族に対抗できなくなったのだと推測される。
「森を開拓し、都市を建設し農地を広げた結果、精霊魔術頼りの戦力が衰微したということかしら」
『王国はそうだろうな。自ら作り出す魔力とその魔力を操る術を磨いた者を『魔術師』としたからな。精霊頼りは『魔法』であって、聖征の時期なんかは使えないってんで見切りを付けられたんだ』
聖王国のある地は砂漠であり、土や水の精霊の薄い場所でもある。精霊魔術は生かす事ができず、身体強化を自らの魔力で行う『魔騎士』が大いに活躍することになった。
「でも、百年戦争では苦戦したのでしょう。何故かしら」
『騎士として優秀だったのが少ないから、下馬戦闘に長弓での野戦築城による防御戦術に振ったんだろうな。王国の騎士は魔力でゴリ押しして勝つつもりが、足場の悪い『森』と『川』のある場所に誘導されて、精霊魔術も活用しつつ魔力切れになったところを狙われて殺されたってところだろうな』
王国が百年戦争で幾度か大敗を喫した場所において、確かに地形として森を有効に利用されたことが幾度かある。旧都の防衛戦は長きにわたったが、開けた土地で周囲を砦で囲んだまま見合うことになったのも、森が近くになかったからなのかもしれない。川は流れていたのだが。
「なら、馬上槍試合に参加する騎士達も魔力が少ないということになるわね」
『多分な。『英雄王』はラ・マンあたりで育った男で、大島に渡った期間は極短かったしな。あの男も、リンデ育ちならもっと弱かったろうな』
聖征の時代における最強の『魔騎士』である、蛮王国の『英雄王』は、王国の『尊厳王』を幾度となく破り、また、サラセンの大将軍にも野戦で幾度か勝利している。最後は、王国の城攻めの最中落命するのだが。
リンデで育った弟の『失楽王』は、魔力も弱く軍の指揮官としても見る物がなく、『英雄王』の死後、王国内のロマンデ公として確保していた領地のほとんどを失う事になるほど戦に弱かったとされる。これも、精霊魔術頼りであったことの裏返しかもしれない。
『精霊もよぉ、加護くれた奴の側なら力をより発揮するんだと思うぞ。だから、ドルイド率いる蛮族は、防衛戦に強かった半面、反攻作戦は殆どうまくいってねぇ。攻め込まれたなら迎え撃つって感じだな』
「そうなのね。確かに、この島に残る偉大な女王の伝説などでは、そんな話が多いわね」
古帝国の軍団を相手にし、海からやってくる蛮族を迎え撃つ話など、時代を変え、登場人物を変え似た英雄譚の類があるものの、森に引き込んで戦うというものがほとんどである。近くは聖征の時代に、『失楽王』の代官と闘う義賊の話も存在するが、その賊が活躍する舞台も『森』である。
「魔力量が少ないなら、勝ち目はありそうね」
『まあな。だが、勝ち上がってくる奴らは相応だろうぜ。英雄王の強さの意味を理解しているなら、魔力操作を磨くだろうしな。それに、帝国傭兵なら王国と変わらねぇだろうから、そいつらはこの島の騎士より確実に強い』
魔力を使った身体強化に関しては、彼女も相応に鍛錬している。リリアル生の冒険者組もそれは同様。灰目藍髪は、魔力量こそ少ないものの、操作の精密さと騎士としての技量は見るべきものが多い。
『負けてもどうなるわけでもねぇんだから、腕試しと思って楽しめばいいんじゃねぇの知らんけど』
『魔術師』である『魔剣』にとって、馬上槍試合という物はその程度の存在なのである。
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