第650話-2 彼女は予選一回戦を見学する

『チルト』と呼ばれる衝立はおよそ100mほどの長さに設置されている。高さは凡そ2mほど。馬上なら、足元を隠す程度の高さだ。


 騎士の紹介が終わり、槍をもって適当なタイミングで互いが疾走を始める。槍は木製の模擬戦用の槍ではなく、戦用の槍の穂先に保護材をかませたものだ。つまり、突くだけでなく叩き伏せることも……できなくはない。


「やぁ!!」


 掛け声をかけ、馬を疾駆させる灰目藍髪。合わせて、対戦相手も槍を構え疾走に入る。やや中央より相手寄りの位置で交叉。


GANN !!


 こちらの槍は相手の胸を突き、相手の槍は跳ね上げられる。魔力壁を斜めに展開し、交差するタイミングで槍を跳ね上げたのだろう。相手の騎士は、何が起ったのか分からず、しきりに首をかしげている。


「模擬戦用のランスだと、風を受けて跳ね上がることもあるみたいだけどね」

「あの、実戦用の槍ではそれもないでしょうね」


 細長く、金属の穂先を持つ馬上槍。風の抵抗を受けるほどではないだろう。




 二戦目、灰目藍髪の1得点。あと2得点で勝利が決まる。兜を狙った一気に二点を狙うか、あるいは槍を取り落とすか落馬すればその時点で勝負が決まる。なので、油断できるような状態ではない。


「何か考えているだろうな」

「……お爺様……」


 ジジマッチョは、相手の国境騎士に何か感じるところがあるようだ。マッチョはマッチョに通じるという事だろうか。


「それは……」

「分かっていても伝えられぬよ。始まる」


 二たび、二騎は疾駆する。


 その交叉するのは僅か数秒、狙いを定め突く……はずだった。


 彼女は、その体の動きがおかしい事に気が付き、『頭上!』と大きな声を上げた。


 国境騎士がランスを振り上げ、頭の上から灰目藍髪に叩きつけた。


GANN BAN!! DONN!!


 魔力壁の破砕される音、そして、槍の柄が灰目藍髪に叩きつけられる。


「ああぁぁ!!」


 碧目金髪の絶叫。一瞬、ガクッとなったものの、彼女の声で魔力壁の位置を頭上に修正したお陰で致命の一撃は避けられたのだが、気絶せずに持ち直すのが精一杯であった。


「これがあるから、実戦を知る者は怖いという事だ」

「実戦……」

「馬上槍を掲げて突撃するだけが戦ではないからな。馬を止め、あるいはすれ違いざまに槍で叩くのも良くあること。試合だとて反則ではない。ただ、得点を確実に得るには、突く方が容易だというだけだ」


 つまり、『突き』では何かされたかわからぬが当たらぬと判断し、一瞬の交錯の瞬間に一撃を叩きつける『博打』を選択したという事なのだろう。


「しかし、良く凌いだ」

「でも、あっちはあと一点で勝利になってしまいますお爺様」

「致命を避けただけこちらは有利。あれで倒しきれなかったなら、勝機はこちらにある。であろう?」


 同じ手が通用するかわからないが、警戒された分、次は当たりにくくなると判断するか、あるいは同じ手でもう一度一撃を与えるか。


「通用したなら、同じことを何度も繰り返すでしょう」

「そうだな。戦場では奇をてらう必要はない。勝てる方法を繰り返す方が確実だ。それに、同じことをされたならもう持たないだろう」


 ダメージが大きいのは灰目藍髪。試合中に回復ポーションを使用することはできない。


 



 三たび、疾走に入る二騎。しかし、灰目藍髪はふらついており、槍の穂先もグラグラと揺れている。


「だめぇ!!」


 親友の危機に、相棒の悲鳴ぢみた叫び声が響く。


「大丈夫」

「大丈夫だと良いわね」


 前回同様、頭上に槍を振り上げ叩きつけようとする相手の騎士。しかし、その槍は、同じように下からカチ上げた槍により受け止められ、水平に薙ぎ払うように体を旋回させた灰目藍髪により、兜の後部をしたたかに叩くことになる。


 前につんのめるように国境騎士は姿勢を倒す。


「何をやった」

「自分の槍を回転させるために、魔力壁を凍り付いた湖面のように自分の周囲に張って槍を滑らせたのでしょう」


 叩きつけられる槍の角度を計算し、魔力壁を調整して相手の後頭部に命中するように槍を操作し体を旋回させたということだ。





 その後、馬上剣の試合では相手に勝利されたものの、最終的には徒歩剣で剣を奪い取り灰目藍髪の勝利となった。


 恐らく、魔力の配分に失敗したのだろう。馬上槍での三戦、特に後半の二戦では、無理な槍捌きを自らに強いる為、魔力を予想以上に消耗したのだと考えられる。


 あるいは、その辺り考えずに全力を持って相手をしてくれたのかもしれない。


「中々の騎士であったな」

「はい、教官。騎士学校で教官に叩き伏せられた経験が役に立ちました」


 どうやら、馬上槍試合の演習において、特に重点を置いたのはジジマッチョに叩き伏せられる試練であったという。


「儂の一撃を経験しておるなら、そうそう、痛みで昏倒する事は無かろう」


 経験したことのある痛みなら耐えられる……という実に脳筋な発想で馬上槍試合の経験をさせたという臨時教官である。


 ちなみに、この体験は希望者のみであり、近衛の全員と碧目金髪は辞退したということであった。ルイダンぇと彼女は思うのである。


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