第648話-2 彼女は『返し技』を熱心に見る

 彼女達が馬上槍試合の練習をしていると、王弟殿下の随行員も参加する予定のメンバーが中庭に現れた。


「ちょっと、馬上剣の相手をしてくれ」

「……いいですよ、ダンボア卿」


 個人戦には『シード』としてルイダンが出場する。因みに、予選から参加する六十四人が四人までに絞られ、二日目の準々決勝から参加するシード選手四人と対決する。ルイダンはそのシードの一人ということである。


 左手で手綱を握り、右手で剣を握る。


 ルイダンは貴族の子弟であり、また将来は騎士として自立する前提で剣技と馬術を磨いてきた。とはいえ、近衛は平服での剣術である刺突剣がメインであり、馬術はあくまでも馬車に同行し護衛するためのもの。戦場で甲冑を付け、疾駆するものではない。馬格も戦馬と、騎乗して移動するための乗馬用軍馬では気質も大きさも異なる。


 故に、対戦する二人の差は、魔力量と性差以外ほぼないと言って良い。既に、茶目栗毛から馬上剣の『返し技』も幾つか学んでいる灰目藍髪はちょうど良い練習台程度に考えている。


「では、はじめっ!!」


 ジジマッチョが二人の教え子の審判として、模擬戦開始の声を上げる。


 20m程離れて対峙していた二人は、剣を掲げて詰め寄っていく。正面からぶつかるというよりは、馬首を巡らせ、相手の死角へあるいは背後へと回ろうと蛇行している。


 グルグルと回り合いながら、左手で手綱を操りつつ、剣の間合いを慎重にとっていく。


「魔力纏いも、魔装銃もないと結構間延びするわね」


『飛燕』迄使いこなす伯姪からすれば、距離が遠かろうが近かろうが、大して問題ではない。むしろ、集団で押し寄せられる方がやりにくいかもしれない。


 カツカツと脚を踏み鳴らしながら、二騎が切り結べる距離まで近づく。右側に回り込み、ルイダンが先制の一撃を振り下ろす。


GINN!!


 灰目藍髪が下から斬り上げた剣で、ルイダンの剣が跳ね上がる。


「「「おおぉぉ!!」」」


 打ち上げられた剣をそのままに、馬を寄せた灰目藍髪が、ルイダンの首元を甲冑の肘で締め上げたまま、馬を疾走させる。


「がああぁぁ!!!」


 馬は交叉する方向に向いていたため、ルイダンは鞍の上から仰向けになり、落とされまいとバランスを取る。結果、剣は地面に落ちてしまい試合終了……


「残念だったわね」

「ええ。本選であったら、いい物笑いの種になるわ」

「ぷー くすくす……わ、笑ってないですよダンボア卿。ぷー」


 同期の一人である碧目金髪も煽っている。周りには、ルイダンの同行者たちが集まってきており、身動き取れない姿勢になっていた憐れな甲冑騎士を数人がかりで鞍から降ろしている。


「容赦ありませんね」

「それがリリアルですもの、エンリ卿。あなたは出場されないのですか?」


 エンリが彼女と伯姪に話しかけてきた。


「それは、あなたこそです」

「私はこれでも親善副使ですので、観客席で女王陛下のお相手を務めるつもりです」

「私はその付き添い役。でも、集団戦には出るわ」

「それは、私もです。楽しみになってきました」


 集団戦は、四隊が参加する形式であるようで、その中で一隊だけが勝ち残るルールであるという。つまり、一隊ずつ事前に手を組んで潰していくことも可能な形式であり、親善組は俄然不利ではないかと思われる。


「こっちの貴族達が手を組んで潰しに来るかしらね」

「おそらくは。ですので、そこそこ活躍して見せれば良いかと思います」


 十六組四試合での予選、その勝ち残った四隊での決勝となるのだという。思っていたよりも乱戦であり、力より事前の駆け引きが重要であるようだ。


「とはいえ、予選の組み合わせは当日抽選で振り分けられるので、かなり事前の根回しができないと、出たとこ勝負になるのでしょうけれどね」


 この国の高位貴族なら、事前に打ち合わせして「うちを勝たせろ」と取引する事も十分可能かもしれない。親善組の王国・神国の隊は不利だろうか。


「も、もう一勝負ダァ!!」


 どうやら、息を吹き返したのか、背後ではルイダンが大声を上げていた。多分、煽られ続けていたのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ルイダンとの模擬戦もほどほどに、馬上槍・馬上剣・徒歩剣での模擬戦を筋肉爺隊と散々に繰り返した灰目藍髪は、終日の疲れも重なりかなり疲労困憊といったところであった。


 一日に四戦を行う予選、決勝は短い午後の時間に三戦を行う。魔力量的に準決勝まで残れれば十分だという目標を設定する。女王陛下の前で、リリアルの平騎士があまりに目立つのもよろしくないだろうということもある。


「楽しそうだわ」

「リリアルでも将来的には行えば良いじゃない」

「えー 魔力壁登りとか、魔力飛ばし競技とかになりそう?」


『気配隠蔽』鬼ごっこで育ったリリアル生であるから、その辺りの競技が妥当かもしれない。剣で殴り合うというのは、あまり彼女の好みではないのだ。


「出れば勝てるでしょう」

「さあ、どうかしら。それほど騎士としての在り方にこだわりがないものが出場するのは、躊躇われるのよね」


 彼女も伯姪も『出ろ』と言われれば出ないわけではない。が、自ら進んで出場するつもりは全くない。


「紋章騎士に叙任される前なら出場していたかしら」

「そうかもしれないけど、昔ほど騎士に憧れは無いわ。自分自身に何ができるか、みんなのために何ができるかの方が大切じゃない?」


 彼女とであった頃、伯姪はジジマッチョにあこがれ、従兄であるニース騎士団長に憧れて騎士を目指していた。それは、何もまだ成し遂げていないからこそ思える白昼夢のようなものであったのだろう。


「そんなことより、ノインテータ―とか賢者学院とか、あとは……」

「連合王国の中で、王国と敵対する勢力の存在の確認」

「そう、それ。そっちの方が何倍も大切だし、仕掛けてくるかもしれないから。

それが心配よ」


 馬上槍試合の場で、武装した人間が顔を兜で隠してうろつくわけであるから、相応に警戒は必要であろう。彼女たちを襲う態で、女王諸共暗殺する存在がいないとも限らない。


 厳信徒とその勢力を支援するネデル、あるいは、北王国の女王を正統な女王として担ぎ出そうとする神国。彼女達と女王を一緒に始末できれば、王国にも連合王国にも大いなる混乱と打撃を与えることができる。


「その為に呼ばれた可能性もあるのよね」

「観客席にドレスで現れれば、そりゃ、殺せると思うわよ」


 リリアルは装備に拘って来たという面もあり、冒険者あるいは騎士としての活動する姿でなければ、十分対応できると暗殺者側は考えているかもしれない。


「姉さんが余計なことをした気もするのだけれど」

「魔装扇も、魔装のビスチェも役に立つわよ」


 魔銀の装備は、剣や鎧だけではない。例えば、髪を束ねる布のようなものでも、あるいは、レース・リボンにおいても魔装布・魔装糸は使用されている。一見、ドレスのように見えても、その実、板金鎧も真っ青の防御力を有しているとも言えるのだ。


「こちらの手の内をどの程度把握しているか。どのタイミングで仕掛けてくるか。楽しみね」

「……楽しみではないでしょう。何事も無ければそれに越したことはないわ」


 リンデでその実態を知るにつれ、女王陛下はあちらこちらに気を持たせ続けなければ立場が危ういのだという事を実感する彼女である。これでは、結婚などできるわけがないのが実情なのである。




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