第648話-1 彼女は『返し技』を熱心に見る

「確かにその通りですね」

「……なるほど……しかし……だが……」

「むぅ、安全確実な技が有るなら、使わなきゃ損だよ!! 相手は女だとか魔力量が少ないとか一切忖度しないんだから!!」


 碧目金髪に背中を押され、いや、叩かれ灰目藍髪は納得することにした。


『猫』から伝えられた各領主が出場させる『魔騎士』の実力が、押しなべてジジマッチョ並であるという。但し、筋力に限る。


「それでは、儂が練習相手を務めることにするかの」


 目が死んでいる灰目藍髪。魔力がなければ、装備で何とかすればいいじゃないという発想で進んできたリリアル的には理不尽な壁となる。リリアルはステーキではなくソーセージなのだ。肉料理でも存在そのものが異なる。





「では、最初の返し技です」


 茶目栗毛教官が実際に技をかける。相手は伯姪。


「普通に握っていてくださいね」

「あ、当たり前じゃない」

「いや、なんかしてるんですかぁ副院長!!」


 護拳や手甲に細工をし剣を固定するのは反則!! 


 仕掛けがない事を茶目栗毛が確認、とりあえず木剣で型から入る。


「剣を持った状態でバインドします」


 バインドとは、剣同士を合わせて押し合う状態をいう。


 鍔元の部分、力で拮抗しているように見えるが魔力量の多い伯姪が押し始める。


「それで」

「左手でバインドしている部分の上を握ります」


 一瞬押し返すと、左手を離し手甲で直接刃を握る。


「それで」

「柄頭を相手の両腕の間に押し込み手前に引きます」


 右手で柄頭を伯姪の両腕の間に押し込み体を躱しながら手前へと引くと、剣はズボッと伯姪の両腕から抜き取られ地面へと落ちる。


「「「え」」」

「やられたわ」


 剣を落とせば、相手の負けが即決まる。取り落とさずとも前につんのめれば、背中を強打して倒れ込む事になる。


「こんなに上手く行くかしら」

「ええ。ただ、警戒されて対策を取られると厄介です」


 両手を使って力押しすることが前提であり、片手で握られてしまえば躱されることもありうる。


「別の方法も」


 今度は、剣の中ほどでバインドさせ、その交叉している点を手甲で握り、そのまま、相手の両腕の上から自分の右肘を入れ手前に剣を引いて取り上げる方法を示す。


 これも、スポッと剣が抜けてしまい、伯姪もちょっと唖然とする。


「警邏の時に仕えそうな技ね」

「はい。相手を生かして捕らえる術も必要ですので」


 茶目栗毛は『誰が』とあえて言わないが、当然それは『暗殺者』である。





 次に茶目栗毛がやって見せる技は、剣を用いた接近戦技である。相手は、筋肉爺隊の一人。甲冑を付けた状態で、剣を合わせる。


「剣を押し込みます」

「ほっ、どんなもんじゃ」


 刺突を剣元で防いだ相手に、茶目栗毛が素早く踏み込み左腕を相手の右脇の下からカチ上げるように腕を回しこんで、そのまま後ろへと引き倒す。ドンと、背中から地面へ倒れ、せき込む筋肉爺。老人虐待ではなく、真剣勝負!!


「これは」

「ふむ、レスリング技の応用。戦場ではままある。が、実際は使わん」


 ジジマッチョ曰く、自分も崩れれば他の敵に狙われるからであるという。


「だが決闘やら試合形式なら純粋に使える技だな」


 灰目藍髪も、腕を動かし、体の入れ方を確認している。


 試しに伯姪相手……ではなく、他の爺たちに相手をして貰い、素早く懐に入り込むタイミングを確認する。これは、バインドを崩して入ることも可能であるし、剣を合わせて、剣中を持って押し合う状態となった場合、相手の肘の後ろに剣先を回し、逆肘を喰らわせて剣を奪うといった応用も可能であった。


「この距離で戦う事って、リリアルではあまりないから勉強になるわ」

「全身甲冑を纏った戦場の距離と言ったところね。確かに、その戦場は私たちでは考えられないもの」


 魔力持ち、魔装で装備を整えた相手であれば、おそらくはこのような肉弾戦になることもあるだろう。が、リリアルなら飛び道具で相手を痛めつけるのが先になる。あるいは、避けるのも手である。


 茶目栗毛はこのバインドを相手が仕掛けてきたときに、こちらの掌で相手の肘を強く推す事で技を外せることも同時に教えている。こちらと同じ方法で仕掛けられた場合、『返し技』も覚えておかねば一方的にやられてしまうからだ。


 剣技としてはさほど難しくも珍しくもない技らしいのだが、刺突剣を用いた剣術が持て囃される時代において、泥臭い近接技はあまり身に着けている者がいない。馬上槍試合も、基本は『チルト』と呼ばれる、模擬馬上槍を使った対決が主であり、馬上剣技、徒歩甲冑剣技を学ぶ者も身につけている者も恐らく少数であると思われる。


「戦争で騎士が槍や剣で戦う時代は、歴史の中だもんね」

「ええ。大砲と銃で戦うのですもの。騎士同士の一騎打ちなんて、それこそこういった催しの中だけでしょうね」


 王国では少なくとも法国戦争の時代には、このような戦いは廃れている。二世代くらい前に戦争は大いに変わったと言えるだろう。それでも、魔力持ちの騎士は個人として強力な存在であり、戦争ではともかく、国内の治安維持や魔物討伐には有効なのだが。



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