第647話-2 彼女は『ノルド公』について考える

「肉を喰え」

「……はい、教官……」


 げっそりした近衛騎士達の横で、肉をエールで流し込む筋肉爺隊。


「良く喰えるな」

「慣れました。あなたも慣れなさい」


 騎士学校同期同士の会話。近衛騎士達の目が一層死んでいく。


「集団戦にでるだけなんだから、問題ないわよね?」

「ダンボア卿はシードでジョスト本選から参加と聞いています」

「その通りです閣下」

「私は予選から参加しますが」


 接待ではないと言いたい灰目藍髪。


「マジか」

「ええ大マジです」

「慣れておかないと、本選で恥かくじゃない? ルイダンは本選一回戦で敗退かもね」

「女王陛下が臨席されるのは準々決勝からですから。それまで残れるとよろしいですね」

「……」


 彼女と伯姪は、ルイダンと薬師娘の会話を聞きつつ、騎士学校での在りし日の姿を想像すると面白いと感じる。


 準決勝くらいまで残れば灰目藍髪的には名誉であると考える。まさか、優勝とはいかないだろうし、そこまで自分を過信していない。何でもありならともかく、とても難しいだろう。


 馬上槍、馬上剣、徒歩剣の三本勝負で先に二勝した方が勝利となる。回を重ねれば相応に消耗する。試合間隔の短い二日目は、多分最後まで魔力が持たないだろうと考えているのだ。




 リンデの街に出る事もなく、馬上槍試合の練習三昧。というわけもなく、無駄に籠っている分、『猫』にリンデの街の情報収集を依頼している。彼女が魔力走査を行っていることで、警戒に貼り付く必要がないからでもある。


 伯姪と茶目栗毛も交互に夜の見張を行っており、警戒は野営のように行っている。


『主、ご報告を』

「よろしくね」


『天覧馬上試合』への参加者は既にかなりの人数がリンデ周辺に滞在中となっている。『北部諸侯』と呼ばれるリンデの宮廷と距離を置く、国境防衛に注力している御神子教徒の貴族はほぼ参加しないことが決定しているが、それ以外の有力諸侯は、自らの力を誇示すると同時に女王への表向きの忠誠を示す為に、有力な臣下あるいは常雇い・子飼いの傭兵を参加させることにしている。


『猫』はその参加者の周辺で情報収集し、どのような騎士が出場するのか彼女に報告しているのである。


『シドベル伯が本日、到着しています』


 シドベル伯フランキスカ・タルバード。北部の諸侯を抑える役割を果たす、父王時代からの腹心の家系。現在は北部議会議長として北部貴族の取り纏め役を務める。


 百年戦争の戦功により男爵が陞爵され叙せられたことに始まり、軍の指揮官、軍政家として有能な家系として知られる。聖蒼帯騎士。父親は財務省会計官を終身務める。


聖蒼帯騎士団せいそうたい』またはブルーリボンと呼ばれる連合王国における国王の側近集団を意味する騎士団。

 百年戦争期に創設され、『悪意を抱く者に災いを』をモットーとする。


所属人員は国王と王太子+定数24人、国王により任命される。第一位は王太子が務めることになる。これは、百年戦争期の『暗黒王太子』が創設時の構成員であった事に起因する。また、王族男子、宰相もこれに加わる。


 父王時代、女性には女王以外騎士団に所属させないと条文化された。


 聖蒼帯騎士に叙任された場合、それ以前において無位無官のものでも騎士爵ではなく男爵位相当と見做される。


「騎士はどの程度かしら」

『騎士としては上の下でしょうか。但し、実戦経験豊富な為か、魔力の継続使用について見るべきものがあります』


 魔騎士としてはリリアルの上位互換といったところだろうか。魔装の使用が認められていない分、リリアル勢には不利となるのが『試合』の細則だ。直接魔力を用いた打撃が不可である点も不利となる。


「見世物だからしかたないのでしょうね」


 古帝国時代には「剣闘士」という見世物があった。戦争捕虜の処刑を見世物にしたようなもので、捕虜同士を戦わせたり、あるいは魔物や野獣と戦わせることもあったという。やがて、職業として『剣闘士』なる自由民も現れ、有名な騎士のような有名人・英雄とたたえられたともいう。


 時代が変わっても、安全な所から他人が戦う姿を見たいという心理は変わらないのだろう。騎士の名誉など、犬にでも食わせればいいのにと彼女は思う。


『しかし、あくまで騎士の戦い。やりようはあるだろ?』


『魔剣』が割って入って来る。恐らく、騎士は魔術師のような魔力の使い方はしないであろうし、魔力あるいは魔術を用いた直接攻撃も違反行為となる。


「魔力や魔術を使った攻撃、魔力を生かせる装具も使用不可。正直言って、身体強化に特化した魔騎士相手に勝利するのは困難でしょう」

『魔力の塊を空中に置くのは反則じゃねぇ。そこに偶然、相手の剣が当たり止まるのも反則じゃねぇ。それを前提に返し技を仕掛けるのも反則じゃねぇ』


 茶目栗毛は剣の扱い、特に返し技についてそれなりの経験も知識もある。彼女も一手か二手は護身の延長で教わったことが有る。


『剣を落とせばそこで試合終了です』

「ええ、剣を奪う技がいくつかあるわ」

『それだ。剣を奪う技を覚える騎士は余程の剣術好きだ。実戦経験豊富な騎士はそんな小手先の技を覚えるわけがない』


 脳まで筋肉であれば、魔力と筋力を鍛えることを選ぶ。筋肉爺隊を見れば良くわかる。


「相手の好むところを避け、相手の好まざるところを攻めるということね」

『魔力壁なんて、普通は使わねぇ。だから、対応策も難しい。あると思えば、仕掛けるのも躊躇する。いつでもどこでも随時展開できるなら、後出しでも先手がとれる』


 剣の奥義の一つ「後の先」。相手の動くを読み、その動きを生かして勝機を得る。身体強化特化の脳筋騎士であれば、気配飛ばしも有効となるだろう。戦場で必殺の気配を気付くのは生につながる。魔力でそれを意図的に作れるのだとするならば、これも通用するだろう。

 

 返し技同様、身についた習慣はそうそう変えることができない。


「魔力壁と気配飛ばしを生かした返し技ね」


 彼女は明日から練習に参加しようと考えるのである。




 既にリンデに到着している有力諸侯は把握している限り次の通りである。女王と宮廷の側近の他、彼女の母国に悪さをする存在がいるのではないかと探りを入れているのだ。


 最も怪しいと考えているのは、『ノルド公トマス・ハウル』。女王の母方の従弟であり、東部の大領主でもある。


 羊毛の輸出を通じてネデルと神国と深く結びついている御神子教徒の公爵でもある。血縁と経済力・軍事力から宮廷に参画しているものの、その実、北王国・神国と手を結び、北王国女王との婚姻を背景に連合王国の王配となろうとしているのではと囁かれている。


 つまり、王宮・リンデの厳信徒・原神子信徒と敵対する御神子教徒の旗頭であると考えられる。


「確か、何年か前に北部遠征の司令官を務めたのよね」


 連合王国元帥にして女王陛下の軍司令官に任ぜられた。全権大使を兼ねた軍の指揮官を務めたという事になる。その結果、北王国の原神子派貴族支持を得て当時駐留していた王国遠征軍の退去に成功。


 恐らく、これからは自分が後ろ盾になるからと言う事で、王国の支援を受けていた御神子派北王国貴族も含め懐柔したのであろう。はっきりいえば、女王より金も力もある。そして、御神子教徒の公爵なのだ。


「これみよがしに選りすぐりの騎士を参加させそうね」

『はい。既に、帝国から「傭兵」として何人か呼び寄せたようです。集団戦ではその者たちが何かしら仕掛けてくると思われます』


 ジョストに参加するのはノルド公の最も頼る筆頭騎士であり、国内でも有名な強者であるという。優勝候補でもあるとか。


『それと、気になることが』

「……何かしら」


 未亡人あるいは女相続人との婚姻により、新たなる権利や財産を得てきたノルド公は、どうやら彼女の事も結婚相手として考えているという。


「はぁ。ワスティンの森なんて相続しても、何も得られないでしょうに」

『いや、連合王国の王配であり王国の伯爵位を持つというのなら、神国を牽制する材料になる』


 それはつまり、結婚後速やかに殺されるという事だろうか。


「夢も希望もない求婚者ね」

『政略ってそういうもんだろ?』

『お察しいたします主』


 結婚に夢を見るつもりは今さらないのであるが、相続財産狙いの婚姻はやめてもらいたい。結婚契約に、『リリアル副伯あるいは伯爵位は相続することはできない』と定めておけば問題ないだろうが、そもそも、他国の貴族と婚姻できるとも思えない。


『まあほら、婚約者も求婚も無しってのは、年頃の貴族の娘として……なぁ』


『魔剣』の言う通りなのであるが、現実ほど傷つける物はないのだと彼女はいいたいのである。


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