第646話-2 彼女はリリアルの騎士の戦い方を考える

決闘裁判とは、「正義は勝つ。何故なら、神は正しき者を助けるから」という前提で成り立つものだが、アルマン人の文化由来であるともされる。つまり、強いものが正義という価値観だ。


「騎士が強くあらねばならないのは、それにより正義が担保されるからです」

「そうね。力なき正義は無力とも言うわ」


 リリアル学院などと言う、孤児を集めた冒険者集団がいつの間にか、王国の中でそれなりの戦力として認められる理由は……正義として認められたからであるといえるだろう。


「けれど、ここで無理をする必要はないわ。怪我をしてもポーションで直せるでしょうけれど、命を懸けるべき場所は他にあるから」

「理解しています。しかし、お言葉を返すようで恐縮なのですが、私が騎士として名声なり名誉を得る機会としては二度とない舞台です。無理もします」


 毎日毎日、限界まで鍛錬を続ける灰目藍髪に、彼女と伯姪は自重を求めたのだが、返ってきた言葉はこの通りだ。親善大使一行とはいえ、リリアルに恨みをもつ存在が仕返しをするために何か仕掛けてくることも想定される。とはいえ……


「元々恨みつらみがある奴らもいるでしょうから、今さらここで一つ二つ増えても、変わらないわよ。思い切りやってやりなさい」

「……だそうよ。副院長から許可が出たわ」

「無言は肯定とみなされるのだから、院長の許可も出たのよ」


 力を示す事も必要。灰目藍髪は、リリアルの騎士として相応の力をリンデの住民やこの地の貴族・騎士に示す必要もある。


「ならば、切り札は多い方が良いわよね」

「ここからは、リリアルの戦い方を詰めるわよ」

「……宜しく……お願いします」

「ひぃぃ」

「私もお手伝いしますよ」


 自分の事ではないにもかかわらず悲鳴を上げる相棒と、練習相手になるであろう茶目栗毛。体格に恵まれない騎士の戦い方を知るのは、恐らくは今回唯一の男性メンバーであろう。




 茶目栗毛曰く、今回の試合に参加する騎士達の多くは、実戦経験がなく基本的に剣術を「教養」として学んでいるはずだと想定している。その教義・教官は恐らくは帝国の剣術を学んだ騎士達であろうと考える。


「剣術には幾つかの型があります。その上で、返し方も決まっているのです」

「けど、馬上槍は関係ないわよね」

「ありませんが、思考はそのパターンを踏襲すると思います。ある程度、応用が効きますので」


 魔力を有する貴族・騎士であれば、定型のパターンをある程度学べば、あとは力の差で勝てるだろうから、さほど深く学んではいないことが想定される。


「憶測ですが、貴族の思考は帝国もこの国も変わりません。自分が十分だと思えば、さほど深くは学びません。他に楽しむべき事が沢山ありますから」


 教養として十分身に着けたなら、教官役の帝国騎士・指南役もお役御免となる。一年か二年滞在し、稽古をつけてまとまった給金を得て帝国に戻るなり、別の士官先を探すのだろう。あるいは、傭兵になるか。


 今回の徒歩での戦いは「上半身」に攻撃が限定され、倒れたら負けなので、その型もある程度絞ることができる。


「相手が両手剣なら、対応は楽です」


 両手剣は長いので、剣の扱いが片手剣とはかなり異なる。旋回させて、の連続斬撃か、長さを生かした遠間からの刺突。回転切りなどの大技があるものの、そうそう決まるものでもない。


「懐に飛び込んで、顎の下を護拳でカチ上げたり、胸に頭をぶつけたまま本来は足を払って倒すのですが」

「剣技ではありませんね」

「倒せばこちらの勝利ですし、細則に護拳で攻撃してはいけないという要件はありません。面貌を挙げて顔面を潰すのが一番なのですが」

「今回は、カチ上げるだけでお願いね」


 殺し合いではない。それは恐らく反則負けになるだろう。




 片手半剣、所謂騎士の剣だが、これは、片手突きに注意が必要だという。


「両手持ちと片手持ちでは間合いが変わります。半身で体を突き出す分、間合いが伸びます」


 彼女は疑問に思う。


「今回の細則だとどうなっているのかしら。剣が当たっても勝利にはならないのでしょう?」

「対戦時間に制限があります。十五分間で、どちらがより多く剣を当てたかで判定になった場合、勝敗が付く形になります」


 剣を落とすか膝を突く、あるいは試合台から落ちれば時間内でも即終了。それで決着がつかない場合、剣をより多く当てた方の勝利となるということだ。


「チョコっと当てるには、片手突きって有効かもね」

「秘策に対策有りとか言いません?」

「練習あるのみね」

「……よろしくお願いします」


 片手刺突には、魔力壁で対応することにする。当たっている態であれば、実際命中していなくても得点になりかねないので、剣先を逸らすように斜めに魔力壁を展開することになる。


 魔力量の少ない灰目藍髪からすれば、多重展開は難しい。


「十五分なら、身体強化なしでもなんとかならない?」

「……」


 鍔迫り合いや体同士がぶつかる場合、身体強化無しでは押し負けてしまう。

剣も受け流せないだろう。


 魔力が少ないということで、身体能力で何とかしてきた伯姪からすれば当然の要求なのだが、相手が魔騎士相手でなおかつ体格差が有るなら難しいと思われる。基本は奇襲や相手の裏を取る戦いを得意とするリリアルからすると、騎士らしい戦いには本当に向いていない。


 転ばしたり、膝を砕いたりするもの反則なので、なおさらである。


「自力で躱すか、魔力壁で剣先を受け流すか。その上で、刺突の場合、前のめりになるので、腕を引いてもらえれば前に倒れます」

「「「え」」」

「剣戟を行いつつ、反撃され留まれないのでいったん後退して距離を置く。それを刺突のチャンスと思って飛び込んで来る相手の剣先を躱し、そのまま伸ばした腕を引きつつ躱します」


 神国で伝統の闘牛。馬上と徒歩の両方があるというが、さしずめこれは牛の突進を躱しつつ攻撃するようなものだと彼女は思うのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る