第646話-1 彼女はリリアルの騎士の戦い方を考える
「ここもお願いします」
「……承知しました」
彼女は今、武具師の筋肉爺の助手として、工房で鎧の修理の助手をしている。魔銀のスティレットあるいはサクスを用いて、金属を切ったり曲げたりまた穴を開けたりしているのである。
「副伯は真に器用で羨ましいですな」
などと、年寄りに褒められると昔を思い出して嬉しくなる。彼女に優しいのは王都のご老人たちだけであったからだ。孫のようにかわいがってくれていた人たちを思い出し、暖かな気持ちになる。そうした感情が、彼女の在り方を作り出していると言えるだろうか。
ジジマッチョたちは、神国のネデル軽装騎士風の装いで統一。一瞬、角付兜にチェインに丸盾といった蛮族風の装いも出たが……間違いなく出場拒否となるだろうと言われ撤回した。
「まあ、胸鎧と脛当、手甲兜以外はメイルで済ませます」
「なるほど」
船上の騎士は全身鎧など身に着けることはないらしい。神国海軍の軍船に乗る兵士も、革と布、一部金属で補強した鎧と兜、使いやすい片手曲剣に短槍辺りを装備して移乗戦闘するらしい。それに準じて軽装にしているのだとか。
「神国の騎士は帝国や王国の騎士より実戦主義ですからな。騎士の数も多いし、地域差も大きい」
サラセンと古くから戦い続けてきた北辺あるいは東部の地域では騎士の数が多く、被支配地域で新たに解放されたところは当然少ないのだという。新たな修道会の主導者となった人たちも北辺出身の貴族の子弟が多いのだとか。
聖征未だ終わらずという気風が、強く残っている。
「王宮がある中部の諸都市はそこまでではありませんし、南部は法国に近い空気です。王国も王都周辺と南部ではかなり気風が異なりますが、神国は国の成り立ちが新しい。その分、纏める為には強い姿勢で共通の敵、異教徒や異端と内外で対決する姿勢を示す必要があるのですよ」
などと、聖母騎士団や神国の騎士との交流も多いニースの騎士達は彼女に説明してくれている。とはいえ、その事情は理解できるが王国やリリアルを巻込むのなら話は別だ。敵対するなら容赦はしない。
実際、神国の異端審問官やらのアンデッドが王国内で確認できたのであるし、ネデルから吸血鬼やその配下の喰死鬼が聖都周辺で王国の民を害したことも忘れてはいない。神国領ネデルかあるいは帝国に敵がいるのか。それとも両方に関わる存在なのかは特定できないのだが。
「ノインテーターは見てわかるものですか?」
「いかにも死体と言った風貌です。吸血鬼のように生前の美貌なり若さを保ってはおりません。能力は高いですが、好んでなるような存在だとは思えないのですが」
彼女の感想に、筋肉爺武具師は答える。
「やむにやまれぬ事情という物があります。他に、どうもならなかったのやもしれません」
力不足、生まれつきの不具、周囲の期待にこたえられないふがいなさ、失笑、考えられることがないわけではない。とはいえ、父である神国国王の下で、王太子としての役割を果たせば問題なかったのではないかと思わないでもない。
自分こそがネデルの王となると勝手に決めつけ、老将軍が総督と任ぜられたのに腹を立て出奔するなど、幼児の如き反応だ。確か、その人柄が「幼い」と評されていたのだが、最後の最後まで変わらなかったようだ。それでも王太子。
「首を刎ねても死にはしませんから、首を刎ねて首だけ回収するのも手です」
「はぁ」
彼女の言の意味が分からなかったのか、老武具師は生返事で答える。ノインテータ―の首だけを回収する、あるいは、首とそれ以外を別々に保管するというのは、既にリリアルにとっては馴れっこの事案である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「ここに造れば良いのですね」
「ああ。高さは1m程で頼む」
ジョストの三種目のうち、徒歩での戦い。これは、『隘路の戦い』とも称される。例えば城壁の上、あるいは、城塞の通路。一人の騎士が立ちはだかった結果、一歩も前に進めないという戦例は幾つも存在する。それを再現するものだ。
ジジマッチョに頼まれ、彼女は土魔術を用いてその為の競技施設を作り出す。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁を築け……『
『
幅は2m、左右の長さは20mほど。ここで、一対一の剣での戦いを行う。
腰より下への剣戟は不可。どちらかが剣を落とすか、あるいは、膝から下を地面に付けた場合は敗北。また、試合開始前の確認で、剣を籠手と固定していたことがわかればその時点で反則負けとする。手を地面に着くのは問題ない。
「さて、始めるとしよう」
「お願いします」
木剣を携えた灰目藍髪と、ジジマッチョ団の一人が試合台の上に上がり向き合う。板金鎧が普及する前は「騎士盾」と呼ばれる五角形の盾を持っていたものだというが、今は持つ者はいない。その代わり、両手で握り込む打撃を応酬することも少なくない。
「兜の上からでも滅多打ちすると、気絶するのよね」
「蛮族か」
「それに近いですわ」
審判はジジマッチョが引き受ける。「始め」の掛け声とともに、二人はスルスルと中央で向き合う。剣は一般的な長さだが、両手持ち可能な柄を有している。盾を持たなくなり、片手で戦いつつ、下馬戦闘では必要に応じて両手による痛撃が与えられるように剣の形は変わっている。
「本選では、片手半剣を用いた方が良いわよね」
「それは姉さんが手配済みよ。この国ではまだ数がでるようだから」
マスケットよりも槍が主力の軍隊において、リリアルが装備する片刃曲剣のような短い歩兵用の剣よりも、いかにもな騎士の剣が主流であり、数が多いのだ。港町の武器屋では騎士相手の装具の品ぞろえではなかったので、気が付くことはなかったのだが。
振り下ろす剣に被せるように一瞬ズラして灰目藍髪が切っ先を斬り上げる。想定していたのか、軽く見切られ後方へと躱される。追撃するタイミングでいつの間にか持ち替えられた剣が突き出され、踏み込む事ができない。
「良い剣筋だ」
「ありがとうございます。ですが……」
身体強化と魔力飛ばしの併用、剣の代わりに飛ばすは、殺気と魔力。同時に複数の敵と相対している錯覚にとらわれ、一瞬、対応が混乱したすきに、剣を絡めて首筋へと突きつける。
「まいった」
剣を捨て、負けを認める筋肉爺。
「降参、台の上から落とされた場合も敗北ね」
「叩き落されてもなら、それを狙う人もいるでしょうね。ジリジリ後退しても落とされてしまうのだから、それはそれで力押しを狙う者もいると」
実際、狭い通路や胸壁上であれば、勢いだけで突破されることもあるのだろう。それを含めた『徒歩』での戦いとなる。
「意外と間抜け」
「そうかもしれませんわ」
騎士が二人で細長い土台の上で相対し押し合いへし合いするのは少々滑稽に見える。
「これ、女王陛下も見るのよね」
「天覧試合ですもの。最後の何戦かだから、それなりの騎士が残っているでしょう。
見ものだわ」
相手を直接攻撃する魔術は不可だが、『魔騎士』においては先ほどの気配飛ばしや身体強化、使う者が他にいるかどうか不明だが魔力壁も問題なく使用できる。
『魔力頼みで勝てるような試合じゃねぇだろうけど、引き出しが多い方が有利だ』
『魔剣』は幾度となく様々な時代のこの手の試合なり決闘なりを見てきている。どうやら、この細則は決闘裁判にも準ずるものであるという。それならば、王弟殿下はルイダンを試合に出すのだろうと彼女は考えた。
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