第645話-2 彼女は『ノインテーター』の話を再びする
「逃がしたか」
「卑怯者でしたので。逃げられました」
「ああ、確か、頭でっかちで思い込みの激しい王太子であったらしいな。剣も頭脳も駄目で、女にだけは目がなかったとか」
「英雄願望があるにしては、好色であることだけは条件に合いそうですね」
彼女はそう思いながら、あのノインテーターの背後に存在する集団を想像する。
「裏冒険者ギルドに商人同盟ギルド……あいつら何年かすればリンデから追い出されるみたいだよ」
姉は武具を集めながらそういった話を集めてきたようだ。父王時代から徐々に冒険商人ギルド抜きで貿易を拡大させており、私掠船免状もそうした独自の艦船を増やして商人同盟ギルドやネデルの商人抜きに貿易を増やす為の
一つの方策なのだという。
確かに、私掠船をするために船を建造した後、増えれば普通に貿易船として活用することもできる。神国本土と新大陸の間で私掠行動を行うのであれば、それなりの大きさの武装商船でなければならない。長期に航海し、捕獲した金品を移送する必要があるからだ。
「それで焦って揉め事を起こさせようとしているとか?」
「かもね。妹ちゃんたちはネデルでそれなりに活動して恨みも買っているし、王国と連合王国でまた戦争にでもなれば、自分たちが儲けられるとか思っているんじゃないかな」
連合王国は多くの食料・特に小麦と船を作る木材を輸入している。古くは、駐屯騎士団と組んだ商人同盟ギルドから東外海沿岸の穀倉地帯や北部の森林から伐採した木材を購入していた。故に、その寡占状態から来る商売を是正しようとし戦争を起こし、敗れてリンデ商館の地を含め特権的な地位を与えて和を結んだ。
しかしながら、駐屯騎士団の勢力が失われ、東方の未開の地から得られる利益も無くなった。帝国内でも商人同盟ギルドから離脱する都市も年々増え、大規模な都市以外はその枠外へと移行している。諸侯・皇帝の有する軍事力に都市は抵抗できなくなっていた。
それは、連合王国との関係も同じことのようだ。まして、自前の商船があり、ネデルとの関係があれば商人同盟ギルドは不要である。
「商人同盟ギルドと、ノインテーターとその飼主は共生関係にある……とか?」
「共生って……」
伯姪の言葉に姉も「そうかもね」とばかりに考えを変える。つまり、互いに利用し合う関係であり、目的は同じ連合王国と王国の不和。
「ネデル総督府と商人同盟ギルドが手を結んでいるとか?」
「何かあったらギルドのせいってことで、総督府が支援しているのならありえるわね」
「だが、王太子のノインテーターは誰がどうやって作り、管理しているのだろうな」
ネデル総督府の上層部に吸血鬼也ノインテーターを作り出す者がいる。アルラウネを使嗾し、そうしていたのが今回の黒幕なのだろうか。
「今の総督ではないのかしらね」
「確か、その将軍が派遣されるに際して、王太子殿下は出奔したのではなかったか」
オラン公のネデル遠征の前年、あるいはそのさらに前年に新総督は就任していることになる。ならば、アルラウネによりノインテーターとなった可能性は十分にあり得る。
「もしかして」
「……何かしら」
騎士被れであった「王太子」は、今回も馬上槍試合の開催を知り、参加したいと飼主に申し出たのではないかと言うのである。
「ライバル潰しじゃな」
「それは……」
「お前たちが参加すると踏んで、事前に有力な優勝候補を痛めつけておこうという良くある算段だな」
大規模な馬上槍試合の大会では盤外戦もよくあることであるという。優勝候補と目された騎士が直前で不自然な怪我をする、工作されて不参加となるといったことは良くある事らしい。
「とても『らしい』王太子殿下であるのね」
「顔も心も歪んでいるんじゃない?」
確かに。心はともかく、顔は歪んでいる。特に顎が。
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『猫』の警戒により、ノインテーターの接近は全く起こっていない。警戒したからではなく、別の方法に考えを改めたのだろう。
「あいつ、参加するつもりかしらね」
「全身鎧を着用するなら、日中でも問題なく活動できるのは有利と考えるかも知れないわね」
彼女と伯姪が考えるのは、馬上槍試合に参加する集団戦の中にノインテータ―王太子とそれに使役された参加者たちが紛れ込むという事である。
集団戦に参加した中で、高位貴族あるいはその子弟、商人同盟ギルドにとって都合の悪い派閥に所属する騎士・貴族、あるいは、ネデルの原神子信徒に支援を強く求めている厳信徒の騎士貴族をどさくさに紛れて大怪我させることができれば、随分とことが有利に働くだろう。
女王主催の馬上槍試合の大会に参加するのは、女王に好意的な勢力に所属する者たちであり、神国や商人同盟ギルドからすれば明白な『敵』である。痛めつけ、あわよくば殺す機会があれば利用したくなるだろう。
「推測に過ぎないけど、あり得るよね」
「良くない予測ほど、的中するものだ」
「迷惑千万ね」
参加するリリアル生たちは当然の沈黙。
「ジョストでは何事も起こらないわよ。警戒させる必要もないし、女王陛下が臨席される時間も二日目だけでしょう?」
「乱戦になる三日目の方が効果的かもね」
「今回の集団戦は、特にそうだな。五対五ではなく、三つ巴ないし四つ巴の戦いじゃろ?」
五対五ではなく、五対五対五対五あるいは、十五対五の戦いだ。
「三倍までは問題ないわよね私たち」
「いつからですかぁ!!」
「最初からでしょう? 馬上では気配隠蔽が使えませんから、気配飛ばしで釣りだす感じで考えた方が良さそうです」
伯姪の言葉に、控えていた薬師娘がそれぞれ突っ込む。
「金槌と金床でいきましょう」
「あー 先生が金床ですよね」
魔力壁で押さえつけて叩きのめされる十五人の敵対する騎士が目に浮かぶ。
「さて、何が起こるか想像できたらその準備をすればいいわね」
「まあほら、暫くは館で大人しく準備しておいた方が良いよね。参加する騎士やその従者がリンデに集まって来るから。市街には足を運ばない方が良いよってサンセットおじさんが言ってた」
武装した騎士とその従者が増える分、治安も悪化するのだろう。
「売られた喧嘩だからって、買っちゃだめだからね妹ちゃん」
「……そんなことをするわけないでしょう」
「どうだろうね。理不尽なことしている奴がいても、ここは王都じゃないんだから首ツッコんじゃだめだからね!!」
王国であれば、騎士団とは強いつながりもあり、副元帥の地位も利用できる。ここは他国であり、そこにはそこの流儀がある。理不尽さも同様であると言えるだろう。
姉は理性的であろうとしても、根っこの部分はそうではない妹に対してあえて釘を刺したのである。
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