第645話-1 彼女は『ノインテーター』の話を再びする

 訓練の後は大食堂で夕食を皆でとる。量は大目に頼んだので、筋肉爺どもも満足するだろう。


「ん、エールも悪くない」

「度数高めなのが良いな。温くても……まあのめる」


 長身の土夫の如き筋肉達磨が六人並ぶのは壮観である。食事も大皿から好きに取るスタイルに変更。彼女たちが食べる分は別取りしてあるので、目の前の食事すべてが爺の取り分である。


 凄まじい勢いで料理が減り、次から次へとエールがゴブレットに注がれる。


「これ、銅製でも良い気がするな」

「緑青がでるではないか」

「確かに。海の上なら沈まない木製で十分じゃ」

「「「然り!!!」」」


 高級感より浮力が大事な海の男たち。木製一択である。




 暫くすると、姉が『新王宮』について話を聞きたがり始める。


「で、どんなところだった」

「敷地が森ひとつ囲むようにある、とても大きなものだったわ」


 掻い摘んで、彼女の見た風景と印象、女王陛下の謁見の話、宿泊に案内された部屋の様子。そして、お忍びで部屋に女王が現れた話をする。


「夜這いに来た!!」

「夜這いではないでしょう。女性なのだから。真夜中の訪問と言った感じね」


 女性の貴族が親善大使として訪問することは珍しい。まして、彼女は爵位持ちで王国の中でも副元帥を賜る「少女」なのである。


「それで?」

「今度、リンデ市内の救貧院……孤児院や施療院に当たるものを見学させて下さるようよ。陛下も同行して意見を聞きたいと」

「へぇ、妹ちゃんをデートに誘うとは、意外と手が早いね!!」


 姉に弄られるのは日常茶飯事である。とはいえ、彼女も反撃に出る。


「姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「新王宮には、女王陛下の母君の幽霊が出るという話がご存知かしら?」


 姉の顔が固まる。そう、姉は不死者は怖くないが、実体のない幽霊が嫌いでありはっきり言わないが恐らく怖いのだ。何故かは凡そ想像がつく。


「で、見たの?」

「夜遅くに回廊室を通らなければならないみたいね。なんでも、無実を訴えて

叫びながら走る女性の幽霊が出るみたい」

「っ!!! こ、怖くないよ。か、可哀そうだって思っただけ。どうせ、処刑された

王妃様のうちの誰かとか、姉王に処刑された御神子教徒の貴族とかなんでしょ!!」


 父王の時代は失脚する者は多かったが、処刑されたのは反乱を企てた者か何人かの王妃でだけであり、死人自体の数は多くはない。その後、今の女王に至るまで、反逆という名目でお互い敵対する聖職者らを捕らえ処刑していることが増えている。


 御神子教から聖王会に移行しない司教・司祭を処刑し、原神子信徒を止めない聖職者を処刑し、二つの勢力が交互に王位に就いたこと、その背後にそれぞれの勢力を支持する大国が存在したこともあり、父王時代よりより強くその傾向が発揮されている。


 今代の女王は、その状況を落ち着かせ連合王国の王権を確立させたいと中庸な政策を続けている。そうでなければ、再び大国の勢力に操られた内乱が起こらないとも限らないからだ。


 既に、神国の勢力に浸透された北王国や振国は大領主・貴族を巻込んで、武力衝突が幾度か発生している。


「国威発揚のためにも、馬上槍試合と王国・神国王弟の歓待は必須なのでしょう。互する大国であると、リンデの市民、あるいは国内の諸勢力に知らしめる必要があるのだから」


 彼女たち以上に、女王陛下は自身の足場を固めるために腐心していると彼女は感じていた。恐らく、真夜中の訪問も、サプライズを行う事で主導権を握りたいとの思惑だろう。気まぐれ女王などと揶揄されるが、それは良く知る姉の行動様式に似ている。


「姉さんと女王陛下はちょっと似ているかもしれないわね」


 彼女の言葉に姉はけげんな顔をする。


「そんなことないよ。私既婚者だし、若いし!! あと、胸も大きいし。どっちかというとー」

「姉さん、その先を言うなら怒るわよ」


 比較的小柄でスリムなのは彼女に似ている。ついでに言えば、仕事熱心すぎて婚期を逃しつつあるところ……とでも姉は言いたいのだろうが、先に黙らせておくことにする。


「いやぁ、女王陛下って多分友達いないじゃない?」

「それなら姉さんの方が近しいのではないかしら」

「いますぅー お姉ちゃん友達いっぱーいいますぅー!!」


 姉は大きな声で騒ぎ始めた。知人友人はむしろとても多いだろうが、それはあくまでも利用し利用される関係である。それが「友達」というのであれば、友達なのだろう。


「まあ良いではないか。二人とも友達が少ないのであろう?」


 ジジマッチョ、言ってはいけないことを姉妹に叩きつける。皆仲間というのは騎士団であれば成り立つが、あくまで競争相手である友人たちとはそうそう気心知れた相手と言うのにはなりにくいものだ。まして、彼女はリリアル学院が出来る前は、友人と呼べる存在は皆無であった。


 本人は「自身の能力を高めることに専心できてよかった」と言っているのだが、対人能力を高めることは出来ていなかったのは問題ではないのだろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 姉妹のどうしようもない話を終え、食後に改めてジジマッチョ軍団に、リンデで先日『ノインテータ―』と遭遇した話をする。


「それは、吸血鬼の同類か」

「首を刎ねても死なない分厄介でありますし、『魅了』に相当する能力が高く、その場にいる人間を傀儡にする事が容易にできるのです」

「なるほどな。民を盾にも剣にもできるのか」


 吸血鬼の『魅了』は、一人一人視線を合わせて魔力を持って心を掌握する必要がある分、工作活動には向いているが、集団を戦わせるには向かない。その場合、喰死鬼にして使役することになる。これは、戦力としては高性能だが、仕込に時間がかかるのが難点と言える。


「『勇者』の加護に近しく感じますな」

「正しく。後天的に魔術で似たものを再現したのやもしれません」


 戦場で『勇者』の加護の発動を見たことが有るという、ふたりの筋肉爺が答える。

不死の勇者擬き……成りたがる者がいるのはよく理解できる。


「お爺様、それが問題なのです」

「なんだ、首を刎ねて、口の中に銅貨を押し込めばよいのだろう。儂が……」

「神国の先年亡くなったとされた王太子が其の物なのです」

「「「なっ!!」」」

「まさか、神を奉じる国の王太子が……不死者になるなど、とんでもない悪評につながるな。なるほど、行方不明の後死亡とするしかないわな」


 神国が教皇庁の忠実な下僕の如き存在と公称し、教皇庁の意を汲んだと言いネデルの厳信徒らを処罰し弾圧するのにもかかわらず、王家に不死者となった者がいる等と言う事は大問題となる。神に反するものを次代の王とすることになりかねなかったわけなのだから。


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