第643話-2 彼女は彼の人の来訪を知る

 五人は装備を身に着けてみる。とりあえずサイズを合わせることが優先である。


「主役交代って感じがしますぅ」


 灰目藍髪が最も良い装備であり、誰が主人に見えるかと言えば最も良い装備を整えている者である。


「主役であることは間違いないわね」

「恐縮です」


 騎士としての名声を彼女も伯姪も求めていない。既に『竜殺し』などで十分に知られており、これ以上はむしろ余計な付けたしになる。対して、灰目藍髪は騎士としての実戦経験こそあるものの、名声はこれから。馬上槍試合に出てもっとも意味があり、また、それを望む者こそが主役を務めるべきだろう。


「やー 勘違いされないかな」

「姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「はっきり言ってちょうだい」


 姉が危惧するのは、灰目藍髪は彼女と似ている特徴を有しているということである。


「当日は、女王陛下の横に侍るはずだから、問題ないでしょう」

「予選の時は関係ないよね。勘違いされないかな?」


『妖精騎士』が王国から親善大使としてリンデに来ている事は既に知られている。また、女王陛下の主催する馬上槍試合にも配下とともに参加することも伝わっているだろう。姉の危惧は、恨みを持つ者から暗に潰されないかと言うことだ。


「商人や犯罪者に恨まれているだろうしねぇー」

「あとは海賊まがいの私掠船乗りとかでしょ」

「逆恨みも甚だしいわ。人攫いも、密輸も、私掠行為もすべて犯罪じゃない。犯罪者に気を使う騎士がどこの世界にいるというの」


 茶化す姉と伯姪に真剣に返す彼女。その気持ちは、灰目藍髪も共有している。この中で、最も騎士らしくありたいと願っているのだから。


「小細工程度、自力で回避できなければ、騎士として自立することも適いません」

「それはそうかもだけどぉ。危険だよ」

「危険のない戦など有りはしないわ。それも含めてのこの試合よ」


 真摯な灰目藍髪の横で、碧目金髪はうへぇとばかりに顔をしかめる。





 体に合わない部分は鎧の各部署を差し替えたり、修理で対応できそうであれば、どの程度修正するかを確認していく。幸い、灰目藍髪の全身鎧は問題ないのだが、彼女と碧目金髪の半鎧のサイズに問題がある。


「ぶかぶか鎧ですぅ」


 従騎士、小姓用の物を買いあさってみたものの、やはり、胴回りが大きい。肩幅や胴回りの大きさの違いはどうもならない。


「前面だけ使用して、背中は無しにするとか?」

「一騎打ち用じゃないのだから、かえって危険でしょう」


 乱戦必須の五対五の集団戦、背中からの一撃を喰らえば危険であることは間違いない。魔力量の少ない碧目金髪は特にだ。


「魔装に常に魔力を通しつつ、全身の身体強化を継続するのはちょっと難しいです」

「わかるわ。調整できるかどうか……」


 リンデの武具師・鍛冶師も既に相当の注文を馬上槍試合までに受けている事が予想される。王都であれば、王宮や騎士団、冒険者ギルドに老土夫と様々な伝手やコネを利用することもできるのだが、ここはリンデ。サンセット氏もあてにはならない。


 そこに、城館の入口の衛兵から連絡が入る。


「親戚を名乗る老人が来ている?」

「……誰かしら」

「あ、もう着いちゃったのかもね」


 姉が依頼したサンライズ商会のリンデ駐在員。聖エゼル騎士団を退役した古強者を数人紹介してもらいたいと伝えてあったはずである。しかし、ニースへ伝えたとしても到着するのは後三週間から一月かかってもおかしくないのだが。




「久しぶりだな」

「……お爺様」

「あー もしかして、騎士学校の臨時教官枠の人を連れてきたんでしょ。お爺ちゃん」

「正解じゃ」


 先代ニース辺境伯こと ジジマッチョは王都に滞在しつつ、先代夫人は社交界での情報収集と人的ネットワークの再構築を、ジジマッチョは退役した同僚の第二の人生を王都周辺で紹介しつつ、騎士学校や騎士団での指導を行っている最中であった。


「かわいい孫たちに助太刀するのもやぶさかではないのでな」


 いくらなんでも早過ぎである。もしかすると、身体強化した上で王都からノンストップ

で走ったり泳いだりしたのではないかと彼女は疑いたくなる。


「魔導船の試運転に同乗したのでな。話を伝え聞いてすぐに王都を発って、鍛錬がてら休みなく走って来たという感じだ」

「……お風呂に入って下さい。まずは」

「おお、流石副伯、気が利くな。皆、風呂を頂くとしようか」

「「「「はっ!!」」」」


 初老から完全に老人の男たちがジジマッチョ含めて六名。全員がジジマッチョである。


「オールオールドって感じですね」

「ぶっ飛ばされるわよ。止めておきなさい」


 事実は人を傷つける。年寄りに年寄りと言うのはハラスメントなのである。世知辛い。


 風呂の前に、井戸端で水浴びをして汚れを流してからの入浴。そして、腹が減っているという事もあり、急いで夕食の準備へと突入する。


「まずは、ニースのワインでもどうぞ」

「おお、流石我が孫嫁。気が利くな」


 当然のごとく、お奨めゴブレットを出してワインを注ぐ。


「これが話題のー」とか「いま王都で大人気のー」等と胡乱な事を言いつつ、サンライズ商会駐在員としての教育をさり気に加えてジジマッチョ軍団に勧めていく。ワインもゴブレットも商会の主力商品となるだろう。


「やはり、ニースのワインが美味い」

「薄いのが食事に合うのだ」

「確かに」


 その昔、古帝国ではワインを水割りで飲んだとも言う。古時代のワインは品種的に甘いワインとなり、また、糖度の高い分アルコール度数も高めであったということもあるが、飲みやすいのは渋いワインより薄いさっぱり系のワインである。とはいえ、さっぱり系は日持ちしない。魔法袋や保存方法・輸送方法の工夫で大きく差が出てしまう種類のワインでもある。


「ブランデーもありますよ」

「おお、それは後での楽しみだ」


 一先ず夕食後までは顔合わせ替わりの歓談の時間となったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「鍛冶場があるのであれば、どうとでもできますぞ」


 食後に、いまリンデで抱えている問題を話すと、鍛冶マッチョがいると判明。聖騎士団は独立した戦力として活動するため、自身で武具師・鍛冶師を確保し騎士団に加えているのが普通なのだ。


 今回の六人の中に一人元武具師が加わっており、鎧の調整も出来ると聞き、彼女達は一安心する。


「それじゃ、馬上槍試合の大会が近々あるというのだな」

「団長」

「……なんだ。元団長だぞ」

「我らの力を示すべき場を得ましたな」

「む、確かに!!」


 確かにではない。


「アイネよ、その催しの受付はまだ可能なのだろうか」

「さあ? でも、お爺ちゃんなら、リンデの大使館経由でネジ込めるんじゃないかな」

「そうなると、装備か。むぅ」

「いや、我ら剣さえあれば半裸でも裸足でも戦えますぞ!!」


 そういうことではない。多分、海に落ちても大丈夫なように甲冑を付けずに闘う事に慣れているのだろうが、それは相手も同じ条件だから成り立つ話であり、半裸の爺さんが相手なら、対戦者はかなり気まずいと思う。


「女王陛下の御前で、半裸は不味いわ。全裸もよ!!」

「はは、お嬢は相変わらずですな。冗談ですよ……半分は」

「半分本気じゃない!! やめてよね、観覧席から見たくないわ!!」


 女王陛下と並んだ桟敷でジジイの裸を見るのは……かなり問題がある。


 結局、姉が適当な兜と鎖帷子を用意し、あとは聖エゼルの緑十字を描いたサーコートを上から掛けて誤魔化すという事で決着がつく。とはいえ、手甲や脛当くらいは必要なのだが。


「大丈夫だ団長夫人。素手でもなんとかなる」

「なるわけないでしょ、お爺ちゃん。さっきご飯は食べたわよ」

「「「「がはははは!!!」」」」


 姉、聖エゼル海軍提督夫人として、それなりに馴染んでいるらしい。



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