第643話-1 彼女は彼の人の来訪を知る
騎士が戦争の主役であった時代、馬上槍試合は模擬戦闘・訓練の場であると同時に、仕官先を求める騎士と、優れた能力を持つ騎士を求める領主・貴族の見本市的な場であった。
国王主催の大規模な催しから、小は地方の小領主の行うお祭り的なもの迄聖征から百年戦争の時代においては、騎士が名を上げまた良き君主と出会う場として広く行われていたものだと伝わっている。
とは言え、騎士は今の時代も存在するが、戦場での決定的な勝利は騎士により決まるものではなくなりつつある。槍兵と銃兵の組合せによる歩兵の陣が主流となり、また、攻城戦も火砲の発達から積極的に行われるようになった。
故に、城塞に火砲を寄せ付けない為に、騎兵と歩兵を用いて攻城戦部隊を阻止する防御側と、その防御側を攻撃する部隊との間で戦いが行われることになってきている。法国戦争はまさにそのような戦いであった。
それを考えると、都市を攻める火砲をもたなかったオラン公の遠征軍は、本当の意味で戦争を仕掛けたという事ではなかったのだろう。あくまで示威行為の範疇であったと考えられる。
「王国ではすっかり廃れたのにね」
「まあ、田舎の方では盛り上がるのよ。火薬もそれほど流行ってないしね」
火薬の調合・管理は専門の技術者が握っているものであり、火薬の原材料さえあれば誰でも使えるという物でもない。広範に使用していれば、職人も育つし価格もこなれて来る。しかし、少数の使用に過ぎなければ、それも難しいというものだ。
連合王国全体では、銃は普及しているとは言い難く、未だに長柄の「ビル」を装備した歩兵が主流であったりする。これでは、ネデルに援軍を出すのも難しいであろうし、あの大量のマスケットや軽量砲を装備したネデルの神国軍相手に勝利することは難しいだろう。
未だに、長柄の歩兵と長弓兵が主戦力であり、火砲は嗜好品のようなものでしかない。精強を謳われる国境騎兵軍も、その主戦力は槍騎兵。相手の北王国も同じようなものなので問題にならないのだが。
法国で長く戦った王国と神国・帝国、その後も戦い続けているネデルの神国軍精兵は、恐らく王国の近衛連隊に匹敵する練度であり、その戦力は十倍にもなるだろう。攻勢であれば、今の王国も勝利は難しい。
国境地帯に配置された『魔導騎士』と近衛連隊の機動戦力があるからこそ、神国軍も容易に侵攻する気にならないというだけなのだ。
結果、ネデルは神国の一大金庫であり、自分たちを締め付ける軍隊を養う為に税金を払い続けているという悲劇であり喜劇が繰り広げられているというわけだ。
全身鎧と言っても、ある程度動けるように関節部分が可動式あるいは鎖帷子で形成されていたりする。わきの下や肘、膝などは、前面は板金を重ねた形状であるが、後ろは鎖帷子であったりする。それを護る為に、追加の小楯が脇や肘の部分に加えられている。魔装なら不要なのだが。
『動きにくいですね』
面貌を下ろしたまま、灰目藍髪が話すと籠った音がする。耳も良く聞こえないのがこの手の兜の大きな弱点でもある。耳の部分に工夫のある物もあるが、頭巾状の布兜を内側に被るので、大して変わらない。
「集団戦用はこんな感じだね」
「半鎧かぁ」
「十分よ。どのみち斬られる気はないのだから」
魔装の鎧下があれば、あまり関係ないのである。長靴と脛当てはいつもの
装備で良しとしよう。
「半鎧で問題ないのかしらね」
「多分ね。今、徒歩用の試合鎧って、スカート状にしている下半身鎧が帝国の基本だし、こっちはそこまでじゃないだろうけど、半鎧駄目ってことはないよ。試合規則にも特に指定ないし」
灰目藍髪は、剣を持って軽く振り回してみているが、視界はかなり制限されること、体の動かせる部分も限られているので、馬上槍試合はともかく、その後の馬上での剣での戦い、徒歩での剣での戦いには兜や鎧を見直したいと感じていた。
姉は、鍔広帽子型の鉄枠入り兜がいいのではと提案する。
「これとかだね」
姉が出した帽子は、一見普通の帽子であるが、庇の部分に縦に鉄の棒が顔の正面を護るように刺さっている。
「これは……少々省略すぎではないかしら」
「半鎧だと、バランス的に微妙じゃない?」
一見平服であれば問題なさそうな装備だが、半鎧なら、面貌無しの兜で首の後ろを護るような仕上げのものが良いだろう。
「この『海老の尻尾』兜かな。これ、面貌の代わりに庇とフェイスガード風の格子が付いているんだよね」
姉が出した兜は、キャップ型の兜に海老の尾と呼ばれる首の後ろを護るシコロを付け、耳の左右にカバー状の板がつき、兜の前面には可動式の庇に格子状のフェイスガードが装着されている。
「これなら、魔装が使えない冒険者の子たちにも向いていそうね」
三期生の半数は魔力の無い子たちであり、防具は今までのものを見直す必要がある。防御力を高めつつ重さを減らすには、こうした装備の更新も必要となるだろう。
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