第642話-2 彼女は馬上槍試合の準備を進める

 リリアル一行で一人、エントリーする者を選ばねばならない。


「私とあなた以外でよね」

「そう考えているわ」


 正直、彼女と伯姪が出るのはあまり意味がない。恐らく、女王陛下と並んで観客席で顔見世することが仕事になるだろうからだ。勝ち負けの問題でもなく、役割りの問題でもある。


 男なら茶目栗毛、女なら灰目藍髪……のどちらかが妥当だろう。


「わたし、逃れた」

「銃騎士が本分ですもの。さすがに魔装銃で対峙するわけにいかないでしょう?」

「普通に相手死ぬわよね」


 魔鉛弾を込めた魔装槍銃で対峙すれば、普通に胸鎧を弾丸なり、魔装槍で貫くことになる。模擬騎槍でコツンするのだから、碧目金髪の出る幕はない。


「できれば私が参加したいのですが」

「護衛役に専念させていただきます」


 茶目栗毛は『竜殺し』の騎士としての名誉を賜っている半面、騎士学校を出て騎士となったばかりの灰目藍髪には実戦経験こそあれ、そのような華々しい名誉はない。


「本物の騎士と認められるためには、予選から入って本選迄実力で勝ち上がりたいのです」


 騎士となり、自分と母親を捨てた騎士の父親を見返すことが灰目藍髪の目標である。『騎士』に叙任されたものの、それは役割りでしかない。騎士としての名誉を得るには、戦争で活躍するか、あるいは馬上槍試合で大いに名を成すことが必要だろう。


「まあ、予選で負けてもシードだから」

「いえ、勿論勝ちに行きます」


 伯姪が軽く揶揄うものの、灰目藍髪は完全に真剣モードである。


「なら、貴女の装備から整えなければね」

「よろしくお願いします」


 姉が顔を出したときに、装備についての優先順位を伝えなければと彼女は考えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 午後になって姉は戻って来た。昨日今日で、リンデで買える装備は一通り購入してきたとのこと。


「へぇ、妹ちゃんはジョスト出ないんだ」

「ええ。女王陛下と並んで観戦するのも親善副使の仕事ですもの」

「ふーん、全然羨ましくないからね!!」


 参加する騎士に、自分の身に纏うものを与えるといったことも応援する貴婦人の嗜み。ケープやドレスの装飾の一部、リボンなどを与え、庇護下にあることを示すのもイベントの一部である。恐らく姉は、それをやりたいのだろう。未婚の女性が与えるのと既婚の貴婦人が与えるのでは、意味が違う。


「二人は、与えちゃだめだからね」

「当然でしょう」

「それはそうね。勘違いされちゃうと困るわ」


 未婚の女性からなら……まあそういう意味でとられかねない。


 姉は、買い入れてきた中古の騎士鎧をぞろぞろと魔法袋から出す。老土夫がいるリリアル工房ならいかようにも修正し、実用に足りるように直せるのだが、ここではそんなことは不可能である。


「元修道院だから、鍛冶の設備はあるんだけどね」

「鍛冶師がいないわ。それも、武具師のね」


 程度はそこそこだが、彼女にはかなりサイズが大きい。伯姪も従騎士のそれで鎧下や防具を調整すれば何とかといったところ。碧目金髪は胸が……。


「私はこれで何とかなりそうです」

「そうだね。一番いい鎧だよ。なんとかって伯爵家の子息が使うんで仕立てたんだけど、用が無くなったんで売りに出たんだってさ」


 連合王国の内戦期は『装甲gent騎士d'armes』の完成期であり、内戦時に命を落としたか、その前に亡くなった若い貴族の子弟用の完全板金鎧はそれなりに市場に流通しているのだという。


 成人用の大ぶりなものはともかく、少年用・若年用のそれは需要がないらしく、相応に安く売られているという。飾るなら身に付けられない大きさでも問題ないからと古物商にも流れているという。なので、サンライズ商会経由で、小さなサイズのものを相応に買いあさっているのだとか。


「武器の研究用に工房に持って行ったら喜ぶかなって思ってね」

「それはいい考えだわ。この国では未だマスケット銃は傭兵か貴族の自弁で装備するのが一般で、兵士は未だに百年戦争の頃の長柄と長弓を装備しているのが一般なのだから。装甲騎士にも相応の需要があるのでしょうね」


 マスケットの銃弾を防ぐほどの厚さを持つ板金鎧を装備すると、身動きが取れない重量になりかねない。王国でも胸当と兜以外は軽量化するか省略し、銃弾の一撃で致命傷にならなければ良しとする装備に替わりつつある。リリアルではそれ以外の部分を魔装布鎧で防御しているので、下手な板金鎧以上に強固な防御なのだが。


「ちょーっとメンテナンスしてからじゃないと、身に付けるのはお勧めできないから、手伝ってもらってもいいかな?」

「では、騎士の三人は、姉さんの依頼でメンテナンスしてちょうだい」


 三人は三者三様に返事をする。


「喜んで」

「うえぇー 騎士学校でさんざんやったんだけどー」

「承知しました」


 碧目金髪は、騎士の鎧の整備は好きではないようであった。騎士ならば仕方ないので諦めてもらいたい。





 伯爵子息用の鎧は、さほどいたんでもおらず、恐らく未使用未着用であったのだろうと推測される。鎧を仕上げるのは年単位で時間がかかる為、作成の間に戦争が終わったか、その対象が必要としなくなったかのどちらかだろう。


「美々しいわね。羨ましいわ」

「替わりませんよ副院長」

「それはわかっているけど……でも良いわね」


 父王時代に流行し、いまでも主流の全身鎧は『ハルダ式』と呼ばれるもので、リンデにほど近いクリッチの王立武具工廠で製造された全身鎧がそれだ。


 全身鎧には女伯・女公爵が遠目にもわかるように女性らしい特徴をデザインに加えた甲冑も存在するが、ある意味式典用のものであり防具としての意味はない。そもそも、胴衣を着用しているのだから、胸の形を特徴的にする意味もない。


 なので、少年用の甲冑でサイズ的には問題がない。


 王立武具工廠の甲冑職人は、本場帝国のコロニアから採用された者たちであり、当時の皇帝に因んだ『マクシム式』と呼ばれた全身鎧の系譜を汲むデザインである。ハルダは武具職人の親方の名前である。


「これは少し古いデザインでさ。今は、宮廷服風のデザインの甲冑が流行っているんだってさ」


 姉は小耳にはさんだ情報を付け加える。父王時代の末には、純粋な戦闘用の甲冑よりも馬上槍試合での使用を目的とする者が多く、目を引くために如何にも王宮に出仕していることがわかる貴族風の意匠を模した甲冑を作成させたのだという。帝国傭兵の奇抜な衣装の影響を受けているのかもしれない。


 甲冑に様々な色で着色し、模様のように見える板金の組合せで防御力より見栄えを重視しているのだとも聞く。


「見栄鎧って感じだね」

「あー……接待試合なんでしょうかね」

「王や公爵子息に勝つわけにいかないんじゃない? そもそも、この国馬上槍試合で活躍しても仕官なんてできないだろうしね」


 騎士は郷紳層の上位階層であり、準貴族。どちらかと言えば、庶民院などで郷紳層の代表を務める位置づけだろう。私兵として採用される可能性もあるが、傭兵として雇われる方が分かりやすい。


「百年戦争の時代までだよね。今は貴族の社交の場だよ。八百長上等なんじゃないかな」


 王国では先代国王の時代は国王や王族主催の馬上槍試合が戦争の合間に催されていたようだが、当代の国王の治世においては行われていない。貴族の見世物としての意味が既に失われつつあるのだろう。王とその代官である者たちが貴族の主流であり、騎士は近衛以外はほぼ平民が構成している。馬上槍試合の参加者自体がいないということだ。


 善愚王の時代に大敗し、大いに騎士・貴族が捕虜となった歴史的大敗以降、騎士物語に出てくるような騎士を喜んで演じる実際の騎士はいないと言って良い。その辺り、王国と連合王国では騎士の役割りが異なると言えるだろうか。


「さてさて、こんなのでどうかな?」


 リリアルの簡易な胸鎧中心の鎧と異なり、いかにも馬上槍試合に参加する騎士の鎧を身に着けた灰目藍髪がそこに立っていた。



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