第642話-1 彼女は馬上槍試合の準備を進める
翌朝、王宮を早々に辞去する。女王に挨拶してから立ち去ろうと考えたのだが、「陛下は就寝中」とのことであった。話には聞いていたのだが、起きるのは毎日昼前頃であり、思考の冴える夜中に会議を進めることも良くあるのだとか。仕える側近たちは、女王に合わせるので大変だと思われる。
「夜中変なテンションになる事ってあるわよね」
「その時にはとても良い考えだと思えたのが、翌朝見ると大したことがない事もよくあります」
「でも、楽しいんですよぉ。夜中起きて話すのって」
伯姪の話に薬師娘二人が相槌をうつ。
姉はまだ戻らないであろうが、手持ちの装備で馬上槍試合の準備をすすめつつ、王弟殿下の来客や晩餐などの予定のサポートもしなければならない。王弟殿下は暫く『新王宮』で女王陛下と行動を共にするだろうが、その後、王弟を主人とする『シャルト城館』での歓待もしなければならない。
「リンデの大使がその辺り、予定は調整するのよね」
「そうね。とはいえ、人の手配などでも奥向きの事はこちらでしなければならないから、食材の手配や料理人の増員は私たちの役割りになるわ」
リンデ市内から料理人を追加で雇い入れる必要もあるだろう。サンライズ商会経由で幾つかのギルドに依頼をする必要もある。
「食材は……何とかなるわ」
「そりゃ、魔法袋があればひとっ走り産地迄買い付けに行けるから、それはそれでいいんじゃない?」
魔力量の豊富な彼女の魔法袋は、容量が拡張されているだけではなく、時間経過も緩やかになりつつある。凡そ五分の一程度の経過となるので、生モノも半月程度は問題なく保管できる。空気を抜けるようになれば、さらにその期間は伸びそうなのだが、未だ研究中だ。主に姉が。
城館に戻ると、王弟一行付きの使用人たちが若干動いているものの、それ以外はあまり変化がないようである。リンデ大使館から派遣された使用人は、それぞれの部屋を整えるために色々活動しているように見て取れる。
『主、おかしな行動をとるものは今のところおりません』
「そう、ありがとう」
『新王宮』含め、王宮には相応の魔物除け・精霊除けが施されている可能性を考え、『猫』は今回留守番としていた。商人同盟ギルドの商館と同じ程度の設備があると考えたのだが、彼女が立ち入ることのできた範囲にはそのような結界めいたものは施されておらず、少々拍子抜けであった。
『古い城館ならともかく、父王時代の構造物全体にそんなもの施せるほど魔力も予算も潤沢じゃねぇってことだろうな』
『魔剣』の見立てでは、リンデ城塞の『白骨宮』には魔力が切れた状態だが、魔物除け精霊除けの魔導具が設置されていたという。恐らくは、必要時に魔術師が魔力を充填し活用するのだろう。
リンデ城塞のさらに東側・下流には、父王が築いた離宮である『白亜宮』が存在する。ここは巨大な馬上槍試合会場、闘鶏場、トゥニスコートやボウリング場が誂えられている。父王の治世末に金貨三万枚を費やし建造された施設だが、あまり活用されていない。
しかしながら、今回の親善訪問の催しとして行われる馬上槍試合の会場はこの王宮を用いて行われるのだとか。女王陛下はほぼ足を向けたことはないのだが。これも無駄な施設であるのだろう。
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リンデ大使と女王陛下との謁見内容について簡単な報告会を行い、今後の予定について確認をしていく。
「……三日間ですか」
「はい。馬上槍試合は月曜から始めて水曜まで行います」
どうやら、馬上槍試合には定まった開催曜日が存在するもので、通常は月火曜の二日間を当てるのだそうだが、今回は参加人数も多く、また、「集団戦」を別日に行う為、三日間とされたとのこと。
「予選が月曜、本選が火曜、その上で集団戦が別途水曜日になるということでしょうか」
「その通りです。招待客である親善大使団一行の随行員の騎士は火曜日からの参加となります。シードですな」
予選より本選の方が、観戦する高位貴族や有力者も多い。女王陛下は火曜日の午後、準々決勝・準決勝・決勝のみ観戦するという。水曜日は試合自体が午後開催で、午前中は準備期間となる。
「槍試合用の軍馬の調達はどうでしょうか?」
「大使館用に確保してある馬がありますので、それを御貸出しすることになります。王弟殿下御一行は、自身の乗馬をお持ちですので、それをお使いになるかと」
時間も日程も余裕のあった王弟殿下一行は、王国から乗馬を持ち込んでいるのだという。馬格が優れている王国の馬なら、その能力だけでもいい線いけるのではないだろうか。
「一度拝見させていただきたいのですが」
「はい。では後日、こちらの馬房に送り届けることにいたします」
痩せ馬でも老いた馬でも構わないのだが、きちんと動いてくれればそれで良い。
「馬上槍試合は、閣下がエントリーされるのでしょうか?」
大使の言ももっともだ。とはいえ、魔力有の条件なら相手にならず、反対に無しというのなら全く勝ち目がない。負ければ負けたで親善副使の仕事に差し支えるかもしれない。
「試合の条件はどのようになっているのかお判りでしょうか?」
「こちらに仔細がございます」
大使は、馬上槍試合の試合細則が書かれた書面を提示する。
「写しを頂いてもよろしいでしょうか」
「はい。こちらは、閣下の為にご用意したものですので、そのままお納めください」
大使、出来る官吏である。
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