第640話-2 彼女は女王陛下に謁見する
やがて、王弟殿下の番となる。
「王国王弟フランツ殿下、王国副元帥リリアル副伯
珍しく本名を呼ばれ、自分でも一瞬誰だったかと思う彼女である。アリックスとは、アレクサンダー=守護者という名の短縮された女性形で、古くは王族・貴族の女性に名付けられたものであったが、正直言ってシワシワネーム扱いの今は珍しい名前である。だが、彼女は嫌いではない。
すすと前に進み、王弟殿下と並んで会釈をする。深すぎないように注意する必要がある。
「顔を見せなさい」
先ほどまでのざわめきとは少々質が違う。ジロラモの時は賛美するような、黄色い歓声であったが、今は見定めるような、品定めするような視線と声が聞こえる。
「静かになさい。ようこそこの国へ。皆を代表しお二人を歓迎します」
思っていたよりも優しげな声音。色は白く、恐らくは美女と言われる顔立ちであろうが、骨ばって男のように見えなくもない。本来は明るい金髪であったとされるが、凝った髪型を衣装に合わせてするために、しばらく前から髪は鬘にしていると聞く。髪型は……確かに独創的であり、唯一のものであろう。
重そうだなと彼女は思う。
「お目にかかれて光栄です女王陛下。王国の親善大使として、両国の親睦を深めたいと思い参上いたしました」
「まあ、国同士だけですか?」
明け透けな物言いが得意であるという女王であるから、この辺りの事は問題ない発言なのだろう。周りの廷臣たちや貴族も声を上げて笑っている。品定めは歓迎へと切り替わる。
「国同士が親密であれば、陛下と私の親密度も高まると考えております」
「それは素敵な事です。親善大使一行の歓迎の催しを考えています。旅の疲れをいやす為にも、暫く王宮に滞在してくれると嬉しい」
「御心のままに」
大きく礼をして、王弟殿下はホッとしたような空気を醸し出す。
「世に名高い妖精騎士を迎えることができて喜ばしいと思います」
「……陛下の厚情、いたみ入ります。この国に、平和が訪れますように」
「私もそう望みます」
これで、彼女の謁見は終了した。
『魔剣』は女王についての見立てを述べ始める。
『確かに、男に生まれなかったのが残念だと言われる器量だな』
「あの一瞬で何がわかるのかしら」
『ある程度は分かる。それはお前もだろう?』
父王の美徳をもっとも受け継いだのは女王陛下であると言われるのは確かだと彼女も感じた。相手に自分を認めさせつつ、上の立場であることを示す。調和の中にも序列を感じさせる。親しさの中にも規律を感じる。
「英邁な君主……なのでしょうね。残念ながら」
『王国にとっちゃ、取引できる相手くらいに思えば良い。少なくとも原神子信徒絶対殺すマンよりずっとマシだ』
異端審問を繰り返し、万余の貴族・商人を処刑・処罰した神国国王とは、政治という面で妥協することは難しい。一旦、戦端を開けば互いに妥協する点を見つけることは難しくなる。恨みつらみが積み重なるからでもあり、また、『赦す』という気持ちが宗旨の違いからお互い受け入れられないからでもある。
「どちらか滅ぶまで戦争するなんて御免だわ」
『まあな。実際、親が始めた戦争も当事者同士が死に絶えるまで中々終わらねぇ』
法国戦争が終結したのは、当事者が死んだ後である。帝国皇帝・父王・先代国王の全員が死んで数年後に和平が結ばれた。戦争というものは世代を跨ぐほど続いてしまう。何も得るところがない、あるいは、僅かな物を手に入れる為に、多くのものを捨てねばならない。金も命も名誉も時間も時には領土もである。
『ただ、君主が英邁なだけでは国は整わねぇ』
「廷臣、国内の貴族達、リンデの有力者、北王国の関係者、バランスを取るだけでもあの座を守るのは大変そうね」
誰もが自分に手にする機会があると思う故に、女王陛下は君臨できているといえるかもしれない。王の力が弱かった時代、例えば尊厳王以前の王国などはその様なものであった。あるいは、救国の聖女が現れる直前などであろうか。
「魔力はどう見たのかしら」
『まあまあだ。だが、突出してはいねぇ。恐らく、そういった教育・訓練を受けずに成人に達しているんだろうぜ』
十代前半が最も魔力を伸ばせる時期であり、その為、七歳くらいから修行に入ることが多いのが魔力を扱う職に就く定番になる。ニ三年、扱い方を学び、その上で成長期に当たる。リリアルの入学もそれが前提であるし、騎士や魔術師の見習もその時期を考えて設定している。
女王陛下は、王女時代、父王にも姉王にもかなり冷遇されていたと聞く。それでも、母方の実家が何くれとなく手を差し伸べ、教育を施してくれたとは聞いている。とはいえ、原神子信徒の家庭であるから実学中心の教育である。
法律に簿記、古代語は勿論、帝国語・王国語・法国語・神国語・ネデル語の読み書き会話も普通にできるという。教皇庁の遣いには法国語で嫌味を言ったとも聞く。
「ネデルの商人貴族に、魔術を教えるという発想はないでしょうね」
『ああ。男なら騎士・魔騎士の教育を受ける過程で、ある程度伸ばせたかもしれねぇけどな。だが、恐らく父親から継いだ魔力量の多さで、見た目も若いし、実際、疲労することも少ないだろう。ありゃ、長生きするぜ』
「なら、誼を結ぶのも悪くないわね」
長期の安定した女王になるのであれば、伝手を作る事も好ましいかもしれない。あまり王国にちょっかいを出させないようにするとか、海賊行為もほどほどにと掣肘する事も出来るだろう。
「サラセンが一段落すれば、神国は異端討伐に本腰を入れるでしょう。ネデルの原神子信徒を支援しているのがリンデの商人ということは容易に推測できるはず。その先には……」
『異端討伐の為の聖征発動か。教皇庁も、サラセン討伐後なら嫌とは言えないだろうな。元々破門されている王家であるしな』
『聖王会』を設立した連合王国に対し、教皇庁は『国王の破門』という形で対応している。異端として討伐されても文句が言えない存在なのだ。
「神国だけが騒いでも、聖征は成り立たないでしょうね」
『帝国はそれどころじゃねぇだろうし、法国もそりゃ同じだ。王国が動かなければ、神国単独じゃただの戦争にしかならんだろうな』
多くの国や君主が参加してこその『聖征』である。王国南部に広く流行した『タカリ派』に対する聖征も、単なる内戦にならなかったのはその為でもある。
「王弟殿下には、精々気を持たせてもらわなければね」
『人気はゼロの方だろうけどな。だが、廷臣どもは現実見ているし、そりゃ女王も同じだ。実利を得るのは王国、人気を得るのは神国公子ってことで良いんじゃねぇの』
ネデルの南部を王弟殿下の公爵領にすることを対価に、ネデル北部と連合王国の同君連合を認めるなどということも『宮中伯』あたりは画策しているように彼女は思うのである。
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