第五幕 女王陛下
第640話-1 彼女は女王陛下に謁見する
「早く座りたいわ」
「謁見の順番待ちですもの、さほど遅くはならないわ」
「だといいんですけどぉ」
「こんな時こそ身体強化でしょう」
「「それだ!!」」
彼女ら四人は四角に並んで小声で話している。周りには彼女が魔力壁を巡らせ音も漏れていないだろう。
どうやら、先に短い謁見を終わらせているようで、列はドンドンと前に進んでいく。顔合わせ、挨拶程度で済む者から片付けているという事か。
「なんでしょうあれ」
「姿絵ね」
「お見合い用よ。気に入れば本人が訪問し、女王陛下と直接お会いしてみると言う事でしょうね」
どう見ても神国国王と同世代、黒っぽい衣装を身に着けた東方の君主のようであった。しっかり隠せ!!
「求婚相手は沢山いるですね。選り取り見取り」
「そんなわけありません。そもそも、この国から離れることは出来ないのですから、婿取りとなるわけで、王弟や王の従兄弟といった方達ばかりなのですから」
後ろ盾にするには強すぎず弱すぎずを選びたいところだ。東方の君主の親族など、いざという時に金も兵も送ってこない可能性が高い。その上、血統を盾に子どもや孫に影響を与えられても困る。
「そう考えると、王弟殿下は一番なのよね」
「選ぶならね」
「まさか、選ばないんですか、贅沢ですねぇ」
結婚したい女である碧目金髪には「贅沢」と言われてしまう。結婚するだけなら容易なのだが、それによって引き起こされる余波がどうなるかという問題を考えなければだ。
「国内ではどうなんでしょうね」
「さあ。少なくとも女王陛下の王配として供に国を盛り立てようとする高位貴族の
縁者はいないのではないかしら」
女王の王配に見合う公爵の息子などで結婚に適した男はいないではないが、かなり若い。既に女王陛下と同年代の者はとっくに結婚している。三十過ぎなのだから。下手をすると孫迄いる。
東方公ジロラモと同世代の公子・公孫はいるのだが、公爵家による王位簒奪の可能性も考慮しなければならない。それは、女王陛下を支える郷紳層・リンデの商人たちも納得できまい。
「じゃ、結局結婚できないじゃないですか」
「だから十年も未婚なのよ。でも、この先見つからなければそのまま生涯独身かもしれないわね。子供が産めない年齢になれば、結婚の意味もないでしょうしね」
「「「ああぁぁ……」」」
ある意味、『連合王国』という名の修道院に身を捧げた存在になるということであろうか。
「人の事は言えないわ」
「あなたの場合、副伯領とリリアルは……結構大変ね」
「他人ごどですぅ」
「それは仕方ありません。実際他人事ですから」
酷い。結構本気で悩んでいる彼女である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
王弟殿下の前はジロラモの謁見。彼女たちは手前で待たされているが、謁見室のざわめきが伝わってくるのは良くわかる。
「盛り上がってるわね」
「イケメンですからゼロ公子」
「ゼロ公子?」
碧目金髪曰く、『ゼロとよべ』と彼女に言っていたことに加え、王子あつかいするのは問題らしいので公爵からの『公子』呼びだそうだ。
「如何にも育ちの良い王子様って感じですからね!」
「騎士としてかなりの腕前であると聞いています」
「……誰から?」
彼女の疑問に、護衛騎士同士で自分たちの仕える『公爵』『副伯』について探り合いをしたという事だ。
少々はしたないとは思うものの、彼の公爵閣下の能力を知ることは王国としても大切だろう。軍を率いるなら、公爵が率いてくる可能性が高いからだ。
「なんでも、子供のころは『楽師の孫』だと思っていたみたいなんですよ」
ジロラモは神国国王の宮廷につかえていた楽師が隠居する時に、先代神国国王の隠し子として預けられた存在であったという。
「七歳までは、その楽師の爺ちゃんの領地の村で、村の子供たちと普通に遊んで暮らしていたらしいです。なので、庶民目線での考えがわかるそうなんですよ」
あのフレンドリーさはそういうことなのかと彼女も合点する。彼女自身、王都で見習薬師として働いている最中、子爵家の庇護はあったというものの、王都の住民からかわいがってもらった記憶がある。滅多に褒められない子爵家とは異なり、ちょっとしたことで褒めてくれる王都の知り合いや大人たちが彼女はとても好きであった。
王都を大切にしたいと思う気持ちが、自然と育まれたと言えるだろう。
「その後、お城に引き取られ、見習騎士として高名な将軍の家で育てられたそうです。その人、国王陛下の元側近で、一緒に神国の宮廷を退いた人で、今は後見役を任されているそうです。ほら、あの怖い顔のおじいさんですよ」
確かに、ジロラモの背後には、ジジマッチョ世代の護衛としては随分と良い身なりの老人がいたと思い出す。国王の元側近の将軍にして後見人というのであれば納得できる。
「その将軍の夫人? が養い親みたいな立場で、七歳からは城で様々な教育を受けたみたいです。騎士になるか聖職者になるか、どちらでも選べるようにと」
王国の貴族の家系でも、三男坊以下あるいは庶子を聖職者にすることは伝統的にある。聖職者であれば子を作ることは出来ないので、後継者争いを起こすことなくスペアを確保できるからだ。また、貴族の子がその地の高位聖職者であるなら、教会を通じて領民を統治することも容易となる。
随分と話し込んでしまったが、いまだジロラモの女王陛下との謁見は終わらず、前にいる王弟殿下の挙動が明らかにおかしい。焦っているというか、比べられるのを嫌がっているというか。
『あいつ。国王や王太子と比べられるのが苦痛だからな』
それほど凡愚と言うわけではないのだが、年の離れた国王である兄、また早熟であり聡明であった王太子と比べられ、表に裏に馬鹿にされたこともあるのだろう。
「殿下に伝言を」
「……はい……」
茶目栗毛を呼び寄せ、彼女は王弟殿下への伝言を託す。
伯姪は、珍しいものを見るような眼で彼女を見る。
「なんて言ったの?」
彼女は曖昧に笑いながら答える。
「騎士として優秀なのはジロラモ閣下ですが、王配に相応しいのは殿下です……と伝えただけよ」
「確かにね」
優秀であれば人が集まり、又利用しようとする者も増える。凡愚だという評価は国王ならともかく、王配なら「扱いやすし」と思われるだろう。王配に適しているのは、凡庸であっても野心を持たない男の方なのだ。
「英雄になりたい者に、王配は向かないわ」
ジロラモが成りたいものは騎士物語の主人公であって、女王の隣に立つお飾りの王配ではないのだから当然だ。
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