第639話-2 彼女は謁見の準備をする
王弟殿下の車列に続き、彼女の馬車も後に続く。今回はやや大きめの馬車に
馭者が付く六人が乗れる馬車である。
「狭いんですけど」
「すみません」
「構いません。同じ騎士ですから」
彼女と伯姪の間にルミリが座り、対面には茶目栗毛と灰目藍髪、そして碧目
金髪。騎士姿の護衛が必要なので、茶目栗毛が本日は騎士姿を務める。
「馬車を降りる時は大変ね」
「五人分だもんね」
「いえ、私は不要ですわ」
小間使いと言えどもそうもいかない。鍛えているので大丈夫ですと茶目栗毛は
軽く言葉を返す。リンデを流れる『テイメン川』を遡る事数キロメートル。
恐らく、リンデの街が再開発されるのであれば、この『新王宮』との間に新市街が
築かれることになるのだろう。が、いまは林間の街道に過ぎない。
『新王宮』は元は聖母騎士団所属の荘園があったところ。それを、司教が邸宅
へと改装し自宅としていたものなのだが、父王の威を恐れ進呈したという。
とはいえ、王の宮廷には千を越える臣下がおり、元の邸宅では手狭であった。
結果、数十年をかけその建物は四倍の規模となり、宮廷を丸ごと納めること
ができることになる。
これは、王国の王宮が王の住居であり執務の場である事と同じであるが、
王国の官吏・貴族は王都内の屋敷から日々通っているにすぎない。しかし、
『新王宮』は貴族・官吏ら廷臣の住まいも兼ねているのであるから、王都のそれ
と比較することはできない。
もっとも、馬車で近隣の邸宅から通う者、必要に応じて出仕するだけであり、
リンデや自領で生活している者もいるので全員が住んでいるわけではない。
王国も先代国王の時代以前は、王都以外にも宮廷を構え、その都度、引っ越し
することになっていたという。
「見えてきました」
「ええ、ちょっと、どこなんですかぁ」
進行方向後ろ向きに座る碧目金髪には、見えにくい位置にある。確かに、
林間に館がちらほらと見えてきた。
「あれじゃないのよね」
「あれは、五十近くある別邸の一つでしょうね」
「「「五十……」」」
何しろ、父王は修道院から巻き上げた金で大金持ちであった。妻も……
正式なだけで六人、愛人は数知れず。ということで、それらを踏まえて住まわせる
城館が必要であったとか。独身女王には無駄な設備である。
「私たちは、王宮自体に宿泊でしょうけれど、招待客の中には別邸を宛がわれる
人も少なくないでしょう」
「ああ、他国の大使とか国内の高位貴族たちでしょうか」
それぞれが、自領では「王」のような存在である連合王国内の公伯は、リンデ
周辺に邸宅を持たない者もいる。そうした貴族を宿泊させるにも必要となる
だろう。晩餐に呼ばれたが、そのまま日帰りと言うわけにもいくまい。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
広い敷地には、遥か彼方に礼拝堂を備えた王宮が見えている。
「門から遠いですぅ」
「驚いたわ。元は狩猟用の離宮であったのかしらね」
彼女のリリアル学院も、王妃様の離宮以前は先代国王の趣味の狩猟用の
別邸であった。それを大いに拡大して、『新王宮』に作り替えたかのようだ。
まっすぐ伸びる来客用の馬車道。整えられた屋敷林の間を馬車は進んでいく。
国王陛下は好みではないだろうが、王太子殿下ならこんなものを作って張り合おう
と思うかもしれないと彼女は思う。国王陛下は、父親の作った戦争と城塞作りの
借金返済がトラウマになっており、「それは本当に必要か?」が口癖になっている
のだ。吝嗇ではないが、無駄使いを嫌う。故に、王宮も新たに建設することなく
必要に応じ増改築で済ませている。
本人は「王家の歴史の重さを感じる」とか、もっともらしい事を言い訳にしている
のだが。
「あ、でも、新王宮って……幽霊が沢山出るって噂です」
彼女は姉が同行を求めなかった理由を察する。いつもなら「侍女頭として同行
するのも吝かじゃないよ☆」と吝かな事を言うのであるが。
「ちなみに、どのあたりに出るのかしら」
「あー 有名なのは王太子を産んだ何番目かの王妃様が……」
王太子のご生母殿下は、産後の肥立ちが悪く出産の暫くのち亡くなっている。
宮殿の階段で見かけるという噂だ。
「夜中は階段を上り下りしないと」
「……普通に部屋から出してもらえないわ」
真面目な顔で頷く皆に、彼女は思わず訂正してしまう。
「他には?」
「あー 五番目の王妃様がギャラリーを悲鳴を上げ乍ら駆け抜ける……らしいです」
「「「……」」」
『叫び声だけなら実害ねぇな』
「安眠妨害ね」
五番目の王妃様は、公爵の孫姫で女王陛下の母とは従姉妹同士であった
という。前の王妃の侍女をしている時に見初められたらしい。そして……
王に見初められる以前に親しかった男性との関係を咎められリンデ城塞に
収監され処刑されている。
「夜に廊下を歩くのは禁止と」
「「「「禁止」」」」
「だから、勝手に出歩けるわけがないでしょう」
新王宮の幾つかの場所は『幽霊の廊下』と言われている。中には、父王の幽霊
を見た者もいるとか。散々好き勝手振舞った後、死の床ではだれにも看取られず、
狂い死にした後もしばらく放置されていた男である。
「日頃の行いって大事ね。それと、あまり見苦しい死に方はしたくないわね」
華やかな王宮を目にしながら、その内幕は決して華やかではないと知る彼女は
そんなことを思うのである。
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