第637話-2 彼女はノインテーターの存在を姉に話す
『戻りました』
「お疲れ様」
『で、どうだったよ』
夜半、彼女の居室に戻って来た『猫』から、ノインテータ―王子の行き先を聞く。
『リンデの一角にある商家に入りましたが、そこから出入りする貴族風の男の後を追いました』
「別のところに行ったのね」
『はい。風体からネデル貴族ではないかと判断したのですが、行先は商人同盟ギルドのリンデ商館でした』
『やっぱりな』
「それで、その男は誰と繋がっているようだったのかしら」
『それが……』
リンデ商館は、何らかの精霊除けの結界を展開しているようで、『猫』が内部に入る事も、中の様子を探る事も出来なかったのだという。
『まじか』
「……相手も対策済みという事ね。それでノインテータ―を別の場所に保護しているということかしら」
『恐らくは。魔力持ちあるいは、魔物・精霊の類が侵入することを防ぐ何らかの仕組みがあります』
「……知っている? 心あたりでも構わないわ」
『あるっちゃある』
『魔剣』のいう心あたりとは、ドルイドの持つ魔力を有する植物を利用した結界の形成であるという。
「王国には無いわよね」
『無い。というか、御神子教の布教と共に忘れられた術だな。植物に魂が宿るなんて考えは確実に―――異端―――だからな』
「では、なぜ残っているの?」
『魔剣』は「憶測だが」と断り話をする。元々ドルイドが持っていた植物を利用する魔術を、この地を訪れた司祭・修道士たちが「賢者」の技として残すように務めたのだろうという事だ。
「つまり、賢者学院の賢者は」
『ドルイドの末裔、あるいは、ドルイドの精霊魔術を扱う魔術師・魔法使いだな』
「それが、何故、商人同盟ギルドに肩入れしているのかしら」
『敵の敵は味方ってところだろ。商人同盟ギルドとネデル・リンデの商人は敵対
関係にある』
確か、リンデのギルド商館は、商人同盟ギルドと連合王国の戦争の結果
得られた『領土』であるとされている。リンデの商人・原神子信徒と商人同盟
ギルドは敵対関係にある。
『あいつら元は駐屯騎士団と組んで、北外海沿岸の異教徒狩りで儲けた奴ら
だからな。今では宗旨替えして、大原国迄御神子教徒の王国になっちまったから、
濡れ手に粟のぼろ儲けができなくなって苦しいんだろうぜ』
「そこで、賢者と手を組んだと」
『決めつけるのは良くねぇ。冒険者のように「依頼」を受けて手を貸したってだけかもしれねぇぞ』
王国に今のところ影響のない『賢者』や『商人同盟ギルド』と関わりを持つのは彼女にとっても仕事を増やす事にしかならない。商人同盟ギルドとは遅かれ早かれ対峙する可能性が高まっているものの、『賢者学院』『賢者』とは今のところ敵対しているわけではない。
「精霊魔術……植物の精霊ね」
『リリアルにも居るじゃねぇか、クネクネしているのがよ』
アルラウネは賢者と関わりがあるのだろうか。あの、ノインテーター王子とは関わりあるのかも気になるところだ。
『ドルイドの術も全部が全部残っているわけじゃねぇだろうし、賢者っぽくねぇのも廃れてるんじゃねぇの』
「そうかもしれないわね」
ノインテーターを作って戦わせるという方法は、古帝国に対する叛乱や他のアルマン族との闘争では有効であったかもしれないが、今ではそのような怪しげな死者を操る術を「賢者」の魔術としているとも思えない。
『主、今後はどういたしますか』
『猫』は自分の役割りの指針を彼女に求める。『魔剣』のように、彼女と対話する事はあまり無い。魔術師とそうでない者の違いとでも言えば良いだろうか。
「一先ず、この城館の夜間は外周警備を。明日以降は、王弟殿下の宿舎となるので、その間特に注意してちょうだい」
『承知しました』
日中に関しては、リンデ周辺で彼女たちが欲している情報を確認することになるだろう。一先ず、長い一日はこれで終わることになる。
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「いやー 馬上槍試合かー 楽しみだねー」
「姉さん、それより問題があるのだけれど」
軽装で戦う前提のリリアルには、全身板金鎧の装備が存在しない。少なくとも、五人分、これから準備する必要がある。
これがリリアル学院であれば、老土夫に依頼することで王都の武具商人の伝手も使って相応の装備が整えられるだろうが、ここは残念ながらリンデである。
「忘れ物したから取りに帰るって言ってみればどうかな?」
姉の言い分も判らないでもない。魔導船なら恐らく往復一週間もあれば行き来できるだろう。が、一週間で、リンデの武具商人から適当に購入しても問題ないような気がする。
「商人の腕の見せどころではないかしら」
「武具商人はあんまりね。銃ならともかく、今時甲冑とか流行んないからね」
全身鎧自体が銃の普及で廃れている。胸鎧や兜以外を簡略化し、軽装で移動力を確保しつつ、重要部分だけを護るように変わりつつある。しかしながら、銃火器の普及が遅れている連合王国では、その限りではないようである。
「地方の軍隊は自腹だから、騎士の一部が持つくらいらしいよ。あと、傭兵頼み?」
「そうなのね。なら、金に困った騎士が売り出した鎧も沢山あるのではないかしら」
「そ、そうかもね。サンセットおじさんに頼んでみるよ!!」
失敗したらサンセット氏のせい、成功したら自分の手柄と言う構図が透けて見えるのだが、敢えて触れないでおこうと彼女は思う。
五人分の全身鎧をどう確保しようかと悩む彼女。兜と胸鎧、手甲と脛当は魔銀あるいは魔銀鍍金製のものが各自用意できている。
「組合せで何とかするしかないんじゃない?」
「そうね。今ある装備以外は、寄せ集めで作っても、鎧下でなんとでもなるのだから、見た目はある程度我慢するできるでしょう」
彼女と伯姪が『馬上槍試合』で装備する甲冑の手配で頭を悩ませていると、灰目藍髪が会話に加わって来た。
「よろしいでしょうか」
「ええ、何かしら」
曰く「サーコートで誤魔化せるのではないか」というのである。サーコートとは、甲冑の上に羽織る衣装の類であり、紋章を施してある場合が多い。
とはいえ、板金鎧全盛の時代においては、その金属板を誇るように見せつける事が多く、兜の意匠やランス、あるいは騎乗する馬の意匠に用いられることが少なくない。
「リリアルは白と水色ですから、時間をかけずに染め上げられると思います」
「それも姉さんに任せましょう」
彼女は、恐らくそのままサンセット氏に流れるだろうと思いながらも、それでも良いかと考えることにした。
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