第637話-1 彼女はノインテーターの存在を姉に話す
「へぇー大変だったねみんな」
「ええ。姉さんはとても楽しそうで良かったわね」
「まあね。既婚者の役得って奴だよ妹ちゃん」
姉は、神国の馬車で送ってもらっており、既に到着していた。王弟殿下一行は白骨宮で宿泊するとのことであるが、神国王弟は、リンデの郊外に用意された館に戻ることになったためだとか。
「ほら、神国とリンデの貴族は仲が悪いからね」
「安全優先というわけね」
女王とその周辺は教皇庁や神国とも融和的であろうとしているのだが、ネデルの商人と強く結びつきのある貴族・商人は過激で向こう見ずな行動に移しかねない。オラン公が去り、異端審問は一段落したとはいえ、ネデルでの原神子信徒弾圧は継続中であり、何かしなければと焦っている者、功名心に駆られる者の中に、王弟暗殺を試みる者がいないとも限らない。
「それにしても、ノインテータ―ね」
「ええ。それで、神国国王の叔母は誰が存命なのかしら」
「知りたい?」
「そうね、姉さんの身の安全のためにも知っておきたいわ」
神国とニースは王国よりもずっと親しい関係にある。帝国とは袂を分かつことになったものの、内海で聖母騎士団とそのスポンサーである大国神国とは近しい関係であるからだ。
恐らく、ネデルでの活動は神国国王と関係のない勢力が関与していると考えられる。
「元王太子は、ネデルを王太子領としてもらえるって考えていたらしいよ」
「それは無理でしょう」
「ね。政治的なセンスが皆無だよね」
ネデルでの反乱の原因は、神国の新大陸開拓及び、サラセンとの軍事対決の為の資金を獲得するための増税にある。ネデルの住民からすれば、自分たちの利益と直接関係のない異民族や新大陸との係争に、何故金を払わねばならないのかという疑問に至る。
その昔、百年戦争の前に起った王国の総督に対する反乱と「コルトの戦い」は、王の歓心を得ようとネデル・ランドルの都市に塩税を課した結果であった。ネデル・ランドルの都市は、自分たちを庇護するのに最も有利な条件を出す君主を選ぶ事を続けてきた。
ランドル伯と王国、連合王国にブルグント公。ランドル伯の後嗣である女性をめとったブルグント公が『公国』を建国し独立したり、その公女を娶った帝国皇太子がネデルの領主となったりしたのは、それが自分たちにとって『お得』であった
からである。
それを忘れ、神国は自身の御神子原理主義的行動をネデルに押し付けた結果、叛乱が起こったのだと言える。神国領は聖征により異民族を追い出した歴史が色濃く残っており、その経過は血肉と化している。それをネデルの商人や貴族に求めるのは難しいと……言える人間は宮廷にいないのだろう。
その結果、『王太子』は自ら乗り込んで、強力な支配者としてネデルに君臨することで自分の力を誇示しようと考えたのだろう。
「まあ、もし王太子が総督だったら」
「オラン公もも少し善戦できたかもね」
神国の部隊は数も練度も装備も圧倒していた。そして、その指揮も。総督が多少愚かであったとしても、現場の将軍や都市の運営者が問題なければチャンスはなかっただろうことには変わりないが。隙は突けたであろうし、
北部遠征は……恐らく成功していた可能性が高い。
「それで、その伯母上は誰なのかしら」
「あ、覚えてたんだ!!」
忘れいでかぁ!!
神国国王の父親には幾人かの姉妹がいる。一人は、電国王妃となった女性。その孫は、王国王太子殿下の婚約者である公女殿下である。
一人はベーメン王妃となったものの、サラセンとの戦いでベーメン王が戦死したためネデル総督を務めた女性。
一人は、葡国王妃であったが、息子の王太子の死後、王太孫の摂政となっている。
「三人のうち、一人は既に亡くなっているんだよね。今一人は摂政として葡国から離れられないしネデルとは関係ない」
「なら、その元ベーメン王妃が怪しいのね」
「多分ね」
しかし、ベーメン王妃であった大叔母は神国国王の父である先代と同じ年に逝去している。とされている。
「確か、神国国王の庶妹がその後の総督だったはず。でも、今は神国に戻っているはずだよ。父親が神国に戻るときに同行したからね」
叔母と大叔母を間違えた可能性も無いとは限らない。が、今一つの可能性も彼女は考える。
「大叔母は生きていれば何歳くらいかしら」
「確か……六十ちょっとだと思うよ」
「死んだことにして、雲隠れしたとかかしらね」
先代国王の死去のどさくさに紛れて死んだことにして姿をくらましたか、あるいは、元々自分の支配下にある修道院なりで死んだことにして姿を隠したか。
「なんでそんなこと」
「吸血鬼だから……とかかしらね」
「ええぇぇぇ……」
姉は大げさに否定する振りをしたが、それは表向きの話。ネデル総督として文化的にも芸術的にも広く人を育てたとされる『女総督』の存在は、二十五年にもわたる長い治世であることも加わり『政治家』としても高名であった。
それは、王国との戦争に対しても巧妙に対応したことからも、ただの高貴な身分のパトロンであったわけではないことが証明されている。
「『伯爵』ならば、その辺り詳しいかもしれないけどね」
吸血鬼時代の前半生において、マインツやコロニア中心に商業貴族として活動していた『伯爵』ならば、『大叔母様』についても直接面識があるか、近しい者と知己があったかもしれない。
「もう十年以上前の話だからね。知っている人って、周りには心当たりが……」
「そうね。リジェ司教も代替わりしているでしょうから、その時代の総督と直接面識があるような方は」
「土の下だろうね」
吸血鬼の存在は分かっていたとしても、実際直接面識を持つことは難しい。さらに、身分のある人物であれば、直接顔を見る事など無いと言えるだろう。人間は老いて死ぬ。身分のある者も、入れ替わっていく。
「今はどうにもならないけれど、少なくともネデルに潜む吸血鬼の存在に見当が着いただけでも収穫じゃない」
「そうね……今は何も出来そうにないもの」
「いや……『伯爵』にはポーション届けてるんでしょ? リリアルに手紙を書いて、御遣い経由で問い合わせればいいんじゃない? 何なら、私が先に帰国して直接聞き出してもいいし」
「……帰る気あるのね」
「ありありだよ妹ちゃん。店番の爺ちゃんたちが来るまでいるだけだよ!!」
姉の目的は、彼女とリンデで会う事と、商会のリンデ支店を設立することにあった。ついでに、神国の要人と顔合わせできればと言う程度のつもり出来ているのである。長期滞在前提の王弟殿下と彼女とは少々事情が異なる。
「旦那が待っているからね!!」
「はいはい、良かったわね嫌われてなくって」
「当然でしょ、ラブラブだよ。羨ましい?」
正直言おう、大変羨ましい。と言う事を必死に隠しつつ彼女は「別にぃ」と返したのであるが、姉にはゲラゲラ笑われた。大変腹立たしいのである。
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