第636話-2 彼女は馬車を魔装壁で囲う
『なんだありゃ』
そこには、奇妙な姿かたちの男がいた。いや、男のノインテーターであろうか。王族のように派手な衣装を身に着けた場違いな存在で、なにやらぎゃあぎゃあと伯姪たちに喚き散らしている。
『俺は!!……だぞぉ!! 頭が高いいぃぃぃ!!!』
『……何だありゃ』
「さあ。前世は道化師か何かかしらね」
鐘を鳴らす間隔を少し開けながら、下僕たちが硬直していることを確認する。中には、その場で倒れ込む者もおり、恐らく、操られていた精神が飽和したのだろうと彼女は考える。
鐘をカンカン鳴らしながら歩いてくるシュールな姿を我ながら自覚し、恥ずかしく思うのだが、背に腹は代えられない。
「『鐘』が効いてよかったわ」
「はい」
剣を構え、何か喚き散らしているノインテータ―に向け警戒する二人。
『俺は!! 王太子だ!!』
「……随分と変わり果ててしまったわね」
「多分……よその国の王太子だと思うわよ」
左右の足の長さが異なる為体が傾いでおり、また、頭部が異様に大きい。そして、特徴的な顔立ち。目鼻立ちは整っており、どこかで見た印象を受けるものの、体同様顔も歪んでいる。
「何ものかしら。この国に王太子は今いないわよね」
女王陛下の兄弟姉妹は既に死去しており、再従妹がいたと彼女は記憶する。恐らくは成人して数年ほどであろう、若い男性王族はいない。
「あんた誰」
『俺は……聞いて驚け!! アストラ公カルロ王太子であるぞぉぉぉ!!』
「「「誰?」」」
「……先生、アストラ公は神国王太子の事です」
彼女ははたと思い出す。アストラ公国は神国がサラセンに国土を支配された時代、最後の抵抗を試みた聖征の地。幾度かの決戦に勝利し、やがて聖騎士団やサラセン支配下の貴族・騎士の力を借り、国土を回復し聖征を完成させたその記念の公国である。故に、神国王太子は『アストラ公』を名乗る。
『そいつは確か』
「ええ、先日、ネデル遠征の際に聞いたわ。出奔し後行方不明。後日死亡とされたはずよ」
この話には先ほどの東方公ゼロの英雄譚が裏に存在する。王太子は元々、人の話を聞かず、また、見目悪く、意地悪く、知恵も足らぬ者とみられ神国国王の悩みのタネであった。その上、庶民の娘に懸想し城を抜け出そうとして大怪我したりなど、トンデモ人間であった。
東方公が一躍、宮廷の英雄とみなされ(本人はマレスに行くこともなく恥死ぬ想いだったようだが)、文武両道の美男子と名高い王弟と比較された王太子は、『約束の地』であるネデルへ向かおうと考えていたという。
ネデル総督に自分がなると思っていたにもかかわらず、国王は老練な将軍を任に付けた。それが、王太子の心を痛く傷つけ、密かにネデルに向かったのだが、途中で行方不明となり……死んだものとされた。
「なんでそんな大物が……ノインテーターにされてるのよ!!」
伯姪の叫びも分からないではない。が、死んでもらった方が都合が良いと考える宮廷の官僚也将軍がいたという事だろう。少なくとも、東方公ジロラモと比べられる存在とはとても思えない。
「どうしますか先生」
「ノインテーターなら、打首にして飾りにするものでしょう」
『そんな決まりはねぇぞ』
ジロー・サブロウはリリアルでお仕事をしているものの、殆どは首を斬り落とされ、口の中に銅貨を突っ込まれて最後を迎えさせている。
「さて、では王太子殿下、何をご所望でしょうか?」
『はは、知れたこと。貴様らの首を並べれば、俺は王太子として認められる。いや、ゼロより上の存在となるのだ!!!』
どうやら、ノインテーターとなりジロラモよりも自分が『上』であると証明したいということのようだ。が、王太子は既に死んだことになっているし、事実、ノインテーターは死者の分類だ。
「殿下は既に死んだものとされておりますが」
『それは、問題ないと大叔母上が仰ったのだ』
「「「大叔母上……」」」
神国国王の叔母となれば、先代……帝国皇帝の姉妹となる。
『厄介事に巻き込まれるのは毎度のことか』
「……ええ。神国でも何やら問題が発生しているようね」
神国の王族、帝国皇帝の親族にノインテータ―をすすめる存在がいる。それだけでも一気に気が重くなるのである。
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「先生、ご判断を」
茶目栗毛が合流。既に、すべてのノインテーターの下僕は昏倒しており、目の前の豪華な衣装を身に着けた道化の如きノインテータ―だけが堅牢な状態である。
「首を刎ねますか」
「銅貨は用意してあります」
茶目栗毛、灰目藍髪が前に出る。
『ちょ、ちょっと待て。きょ、今日は、この辺にしておいてやる』
「……それで済まされると思っているのなら、お目出度い王子様ね」
『おめでた王子ぃ言うなあぁぁぁ!!!!!』
リンデの街壁に響き渡る大怒声。木立に留まる鳥たちが、何事かと飛び立つほどである。
「黙りなさい。銅貨喰らわせるわよ」
『……す、すまん。いや、お前たちの言い方が悪い』
「ならば、銅貨を召しませ王太子殿下」
『……そうではない。俺は銅貨は喰わん。銀貨なら別だが』
「魔銀の弾丸喰らいますか殿下」
神国は銀を大量に新大陸から持ち込もうとしている。それ故、銀貨を好むと言いたいのだろうが、喰らわせるなら魔銀の弾丸である。
『そ、それでは、良い夜を!!!』
全力疾走で体を左右に傾がせながら走り去るノインテーター王子。
「追いますか」
「大丈夫よ。お願いね」
『承知しました主』
『猫』が黒い疾風となってあっという間にノインテーターの背後へと辿り着く。あとは、後日の報告を受けるだけである。
「この人達どうしますか?」
「そのままでいいわよね」
「王都ではないのだから、リンデの市民に任せましょう」
ノインテーターの下僕となった者たちを路外へと移動させ、馬車は再び走り始める。ノインテータ―と言えば帝国・ネデルで遭遇した『裏冒険者ギルド』との関わりのあるだろう、商人同盟ギルドが頭に浮かぶ。
リンデにも大きな商館があり、吸血鬼あるいはノインテータ―を匿うには十分な規模の建物が有る。さらに、専用の船着き場を持つものであり、密かに暗殺者や不死者をリンデに招き入れる事もそう難しくはない。
「やはり、商人同盟ギルドとその背後にいる存在と対決することになりそうね」
『その前に、大叔母様を特定しねぇとな』
神国国王の叔母。存命なのは、そしてネデルと関わりがあるのは誰なのか、彼女は姉に調べさせようと思うのであった。
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