第636話-1 彼女は馬車を魔装壁で囲う

 リリアルが王都周辺から王国の国境地域、やがて国外へと足を延ばすにつれ、こういったリスクはあると彼女も考えていた。少数で機動力を生かし、優位な状況からの奇襲・強襲。先に相手を発見し、一方的に攻撃し離脱する戦い方には限界がある。


 学院を離れる時間が長くなり、王都の城塞やワスティン領を預かるようになれば、今のメンバーだけでは行き詰まると考えていた。それ故に、魔装馬車や魔導船、人造岩石による城塞建設、魔装に魔力の無い三期生の受け入れも先を見据えての投資であり手立てであった。


 リンデ外周の街道沿い、馬車の周囲には襤褸をまとった男たちがおよそ百人ほどが行く手を遮るように取り囲んでいる。


「囲まれたわね」


 伯姪の言葉は車窓から見たままの様相。恐らく、リンデの貧民を雇い、その上で『下僕』としたものであろう。手には武器になりそうな棒きれや石などを握っている。


 彼女はそれを見て客室から馭者台へ指示を出す。


「迎撃後、魔力壁を展開します。二人は馭者台で魔装拳銃にて応戦」


 今回、彼女は魔装馬車ではないということを踏まえ、自身が馬車周辺に魔力壁を展開、銃手である碧目金髪とルミリを馭者台に残し、魔装銃にて迎撃・支援を行う。伯姪、茶目栗毛、灰目藍髪が迎撃に出るとした。


「相手はノインテータとその下僕たちね」


 ネデルでは何度か見かけた歪な魔力を有する不死者とその軍勢。馬車の中は驚きで沈黙が支配する。


「「……」」

「なんで、こんなところに」


 いくつか想像はつくものの、確定事項ではない。ネデルでオラン公側についた彼女に対し、裏冒険者ギルド=商人同盟ギルドは相当の戦力を破壊され、訓練施設と教官を殺され、主要な裏仕事を将来委ねる暗殺者訓練生を大量に連れ去られている。


 ネデル総督から受けたであろう依頼もことごとく失敗。結果として、彼女とリリアルに対する報復に動いたという事ではないだろうか。


 あるいは、丁度良い依頼を受けて準備した戦力を投入したか。


 厳信徒は女王とその側近の進める融和的方針に否定的だ。今回の二人の王弟訪問も快く思っていないのだろう。本人を直接攻撃するのではなく、同行する副使を狙ったのも脅しの意味があると考えられる。そんな思いを口にする。


「リンデの商館もあるし、妥当じゃない? 行ってくるわ」

「じゃ、私は馭者台に。これ持って行きますね」


 伯姪と灰目藍髪が外に出て剣を抜く。ドレスの下に着こんだ魔装ビスチェとタイトな魔装衣。ドレスの下は長靴を履いていた。


 魔装騎銃をもった碧目金髪が馭者台へ移動する。


TONTON


 三人が馬車周りから離れたことを確認する合図の音。彼女は六面に魔力壁を形成、周囲から完全に馬車を魔力の壁で護る事にする。


『土壁でも良かったんじゃねぇのか』

「目立ちたくないという事と、元に戻すのが面倒ね」


 夜更けとはいえ、リンデにほど近い街道沿い。全く人の目が無いというわけではない。


 戦場のノインテーターは目立つ先頭にいることが多かった。これは、元騎士か傭兵隊長に類する人物が変化したものであったからだろう。しかし、この場には襤褸を着た異様な雰囲気の男の列があるばかり。まさか、あの中にノインテータ―がいるとも思えない。


『あいつら皆殺しか』


『魔剣』の言う意図も彼女は理解できる。いわゆる「罪のない貧しい人々」をノインテータ―に操られているからといって一方的に殺戮するのはどうかという問題だ。


「構わないわ。ここは王国ではないし」

『だよなー』


 王都と王家と王国の為に戦うのが彼女とリリアル。そこに、リンデの貧民は含まれていない。慮外というものだ。


「先生……一つ提案がございますわ」


 馭者台からルミリが彼女に声をかけてきた。


「何かしら」

「あの……『退魔の鐘』を使ってみてはいただけませんでしょうか」


 王都を留守にする際、守りを固める意図で作成した『退魔の鐘』。彼女の魔力を込めることで、確かにノインテータ―には影響があった。そして、その支配下にある人間に対しても覚醒あるいは昏倒させる効果があるかも知れない。


『試してみろ』


『魔剣』に言われる迄もなく、彼女は魔法袋に仕舞っていた『退魔の鐘』を取り出し、魔力を込め始める。リリアルの紋章を施したその鐘は、白銀色に輝き始めた。


『馬車から出て鳴らせよ』

「……当たり前でしょう」


 一人残っていた車内から降り立つ彼女。既に、伯姪と茶目栗毛、灰目藍髪はノインテータ―の下僕と対峙している。


 KAAANN KAAAANN KAAANN KAAAANN……


 下僕たちが一瞬にして体を硬直させたのが遠目にも見てとれる。


『効果有だな』

「ええ」


 彼女は鐘を鳴らしながら魔力壁を広げていく。


「ちょっと」

「先生」


 伯姪や灰目藍髪からの問い質す様な視線を受け、彼女は答える。


「ノインテーターが派手に苦しんでいるはず。そいつだけ討伐して」

「承知しました」

「了解」


 二人は身体強化と魔力壁を用いて一気に人の壁を飛び越え、背後へと降り立つ。


「いたわ」

「これは……」


 人の壁が邪魔で何を見つけたのかを確認できない彼女は、下僕に向け楔型に新たな魔力壁を設け、ごりごりとその場から排除することにした。力技である。

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