第635話-2 彼女は晩餐をそれなりに楽しむ
やがて、ふたりの王弟殿下を歓迎する幾つかの催しについて話が広がる。
「近く、天覧馬上槍試合を行う事になっているのですよ」
リンデの商業ギルドの重鎮とされる強面の老人が王弟殿下に説明している。
「それは、チルトだけなのだろうか!!」
割って入るのは東方公ジロラモ閣下。チルトとは、所謂、馬上ですれ違いざま槍で突き合う競技そのものだ。
ジョストの場合、チルトの他、馬上での打撃戦、下馬しての剣での戦いの三つからなる。
「いえ、それぞれ行われる予定です」
「本格的なのだな。実に楽しみだ」
馬上槍試合は「実戦槍試合」となる。これは、競技用の武具ではなく、実際に使う騎乗槍・騎士鎧を着用した戦闘に準じた槍試合となる。
加えて、「隘路徒歩戦」と呼ばれる、剣を用いた徒歩での戦い。これは、メイスやウォーハンマーのような打撃武器を用いず剣のみ可とする試合である。
さらに、近年行われなくなっている馬上集団戦も計画している。
既に、国内に『お触れ』が出されており、有名な貴族から無名の野良騎士まで様々な人物が名乗りを上げているとか。
「当然、リリアル閣下も参加されるのですよね!!」
「はぁ?」
「僕は是非とも、その腕前を拝見したいのです。駄目でしょうか?」
駄目に決まっている。そもそも、リリアルと遭遇した敵はほぼ殲滅されている。つまり、どのように戦うかという情報はほとんど知られていないというのが実態だ。姉が適当に書いた脚本のように戦うわけではない。
「私の一存では何とも。国王陛下にお伺いを立てねばならないかと思います」
「ならば是非! 王弟殿下もお力添えください!!」
ここで話が飛び火した。やがて、ジロラモ閣下と、王弟殿下とその一行も参加するという流れになりつつある。
「それでは、興行の最後にある……集団戦ならば」
「おお!! それならば、皆さんの活躍が一堂に見て取れますね」
「「「「……」」」」
彼女は心の中で同行した皆に謝るのであった。
『まあ、実戦槍試合に出ないで済んだだけましだと思わねぇとな』
「何の慰めにもならないわよ」
『魔剣』の想像するのは、魔装馬鎧を装着し、魔装鎧(一見、軽装の鎧風)を纏った彼女が、オウルパイクで対戦相手を串刺しにする姿である。ゴブリンやオーク相手ならともかく、身分ある『騎士』を串刺しにして疾走するのは……色々良くない。
そもそも、王国ではすっかり馬上槍試合は行われなくなっており、騎士学校においても「決闘」と同様、『はぁ、今時そんなことやってる馬鹿いるんすか』という空気が流れている。接近して、銃で撃ち合う戦場において、槍や剣で模擬戦を行うという事自体が鍛錬以上のものではなくなりつつあるからだ。
見世物としても典雅ではない。
とはいえ、連合王国の娯楽に「熊虐め」が毎週日曜日に興行されているということからも、その手の血を見ることを好む文化が濃いのだろう。
因みに、虐められる熊は子供のころに捕らえられ、目を潰され、広場の一角に鎖につながれて飼われているのだという。動物愛護? 臍で茶が沸く。
「馬上の実戦ですか。楽しみです」
「あー 短めの槍ならなんとか使いこなせそうですぅ」
騎士学校でも馬上での戦いはそれなりに訓練していた薬師娘二人はさほど気にしていないようである。むしろ、半年間学んだものの欠片でも見てもらいたいという感じで、意気軒昂である。
「私も、遠征に参加していないから、馬上での集団模擬戦は気になるわね。戦場で正面突破とか……貴女も物好きよね」
ネデルでの緒戦、オラン公の遠征に帯同し、追撃を防ぐためとは言うものの、ノインテーターの部隊に遠征組で突撃したのはちょっとした黒歴史になりつつある。
「馬上集団戦ね……装備を整えないといけないわ」
「周りから怪しまれない程度にね。あまりに軽装だと、ネタバレしそうだものね」
魔装鎧の種明かしがされてしまうと、襲撃を受ける際に対策を練られてしまう可能性がある。魔力を通せば、板金鎧並みの強度を持つ布鎧なのだから、そんなものがあると知られること自体がよろしくない。
「怪我しても暫くは直さないとかかしらね」
「ポーションもバンバン使うのはまずいでしょうね」
「痛いのは正直嫌ですぅ」
「包帯巻いて傷を隠したら飲めば問題ありません。戦場だと思えば、即処置が出来ないのも当然ですから」
ストイックさが歴然の碧目金髪と灰目藍髪。
「あの、濃金王子……お爺様と同じ匂いがするわ」
「同感ね」
若かりし頃のジジマッチョもそんな感じのイケメンであったとも聞く。ソースは彼女の祖母。でなければ、王都の双華と呼ばれる美人姉妹をニースに連れ去れるわけが無い。辺境伯=元公国公太子であるから身分もあるのだろう。いや、ジロラモとは身分的にも近いかもしれない。
「調べなければね」
「そうね、やるからには勝利しなければね」
「できるだけ楽に」
「相手の度肝を抜く勝利ですね」
そんなことは望んでいない。そもそも、女騎士四人が主戦力と言うだけで度肝を抜くことになる。とはいえ、女性に対して寛容なのは原神子信徒の良いところである。御神子教は女性に対して厳しい面がる。魔女狩りとか……女性の聖職者が修道女以外存在しないとかである。
聖王会教会は、女性の大司教や牧師を認めているので、その辺りかなり違う。男装して騎士として振舞うというのは、神国なら忌避される。とはいえ、東方公閣下は気にしていないようなので、そこはどうなっているのか気になるところだが。
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「……騎乗集団戦……ですか」
「ええ。ちょっと大変なことになりそうなので、準備を進めなければならなくなったの。勿論、ルミリは見学なので安心してちょうだい」
「……感謝の極みですわ」
馬車にのり、馭者台の二人と今日の出来事を情報共有する。
集団戦の人数は最低単位が五対五であるという。十人、十二人、十六人、三十人と増えることになる。
「勝敗は馬から落ちたらかしらね」
「……徒歩や馬上での一対一であれば、胴に一定の回数、例えば十回先に打ち付けたら勝利とかになります。ですが、集団戦の場合、審判も難しいので、最後に立ち上がっている人数が多い方が勝利となるルールが多いです」
茶目栗毛、相変わらずの博識さである。あの組織においては、馬上槍試合の最中に事故に見せかけ暗殺する方法もあったとかで、この手の競技についてはそれなりに知識があるという事のようだ。
「嫌な予感しかしないわね」
『同感だな』
『それとなく、参加者の天幕で情報を集めます主』
『猫』が戻って来てくれたので、現場での情報収集はかなり楽になる。内密な話など、集めるのには重要な存在だ。
「あー 死なない程度に頑張ろー」
「魔装があるのだから、それだけで有利でしょう。そもそも、騎士学校で学んだ同期より優れた騎士が多いとも思えませんよ」
「確かに」
リリアル生の魔術の基本は『生き残りの術』である。気配を薄くし見つけられにくくし、身体強化で不利な状況から離脱する。あるいは、魔力壁を使って一瞬でも一撃をとどめることで、相手の隙を突く。あるいは、想像を超えた機動で相手の不意を打つ。
正々堂々と剣や槍を振り回して勝負するなどと、最初から考えなければ何とでもなるのである。
そんなことを考えていると、馬車が急に停止する。
「先生……街道上を人の壁が塞いでいます」
馭者台の茶目栗毛が伝えて来る。窓の隙間、馭者台の前方を除くと、数十人の人影が街道を塞ぎ、半包囲するように馬車を囲んでいる。しかし、武装した兵士などではなく、襤褸を身に纏った路上生活者と言った風体である。
「集団乞食行為!!」
「なにそれ、リンデで流行ってるとか?」
「そんな話、聞いたことが有りません」
そんな話をしながらも、伯姪はドレスを脱がさせている。彼女も手伝わせ、下に着込んだ魔装のビスチェ以下、軽装に着替える。
「あなたは馭者台へ。魔装銃でルミリと迎撃を」
「承知しました!!」
声を掛けたあと、伯姪と灰目藍髪は馬車を降り囲む者たちと対峙するために剣を抜くのであった。
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