第635話-1 彼女は晩餐をそれなりに楽しむ
父王の時代、晩餐会において、食事は未だ手掴みであったという。そう、煌びやかな金糸銀糸を施された絹のドレスを着て、高価な毛皮を身に纏ってなお、『手掴み』で食事をしていたのである。何かおかしい。
「素晴らしい食器ですわね」
「はい。料理も映えるというものですな」
あはは、おほほと会話をするのは姉。そう、ニース商会会頭夫人であり、サンライズ商会会頭である姉である。
百年戦争とその後の内戦期において、散々武具職人が育ったのだが、平和になった結果、その職人は武器作りの技術をカトラリー作りに転用し、今では、武具の都がカトラリーの都になっているという。
ナイフのフォーク、スプーンといった物は、王国や法国の銘品とも変わらない作りであったが……少々武骨な感じなのは御愛嬌である。
「しかし、この、錫製のゴブレットは良い出来ですな。是非、わが家でも一式揃えたい」
「お目が高い。こちらの品は……」
王弟殿下を歓迎する晩餐会が、いつのまにやら商談会場になりつつあるのはこの場に参加している者たちが、王宮の有力者であり、リンデの都市貴族や商人出身の郷紳層であるからと言える。
王国を支える王宮の官吏が、王国内の直轄領の下級貴族の子弟出身で、王都大学などで知見を磨き、やがて国王の官吏・代官として統治を担うという仕組みとやや趣を異にする関係がここにはある。
王国とは反対に、連合王国は内戦を行った結果、中央貴族が激減し、北王国との国境地帯や旧湖西王国に当たる伯爵領が独自の力を有し、王家はリンデの有力者の支持を得なければ力を振るえないようになっていた。
例えば、女王陛下の母君の実家は、数代前は農民からリンデ市長に成り上がった家系であり、伯爵・公爵家から妻をもらい郷紳層として力を蓄えた家柄であったりする。
「久しぶりだなリリアル副伯。宿の手配は万全だとリンデの大使から聞いている。
ご苦労だったな」
「……姉のお陰です。王弟殿下」
主賓続きで接待慣れして来ているのか、王都であった時よりも随分と落ち着いた雰囲気を纏ったいる王弟殿下。王都総監時代のあの挙動不審さでは、流石にお試し王配でもダメ出しされただろうが、今の状態ならしばらく滞在するくらいの目は有りそうである。
『けど、どう考えてもゼロの方が有望だろ』
神国王弟、東方公ジロラモは、王国の王太子殿下と並べても遜色のない男だと言える。そして、騎士として有望という点も、ファザコン女王と揶揄されるこの国の女王陛下にピッタリの逸材だ。
濃金の髪やスッキリとした面立ちは、父王の若き日の姿に似ていると思われる。
とはいえ、年齢的には一回り上であり、尚且つ庶子。愛人に望むには身分が高すぎまた、軍才もあると噂される王弟であるからには、そうそう簡単に神国が手放すとも思えない。
女王陛下が神国国王と婚姻し姉王時代と同じ体制になるために、神国は女王の宗旨替えを必須としていた。姉王時代の反動で現女王の周りに集まった側近たちが是とさせるわけがない。
同様の理由で、ジロラモが王配となる可能性がかなり低いだろう。ジロラモも外遊程度のつもりでリンデを訪問しているはずであり、その視線の先には内海の東方に向けられている。
サラセンはマレス島攻略失敗後、さらに強硬な姿勢に固まりつつあり、新皇帝の元、体制を整え征西を企図していると噂される。大量の艦船が建造中であり、海都国の保有する内海沿いの港湾都市が次々と奪われているとも。
「騎士に憧れる王弟が、ここで燻るとも思えないわ」
『そりゃそうか』
どうやら、ジロラモは商人上りの貴族ばかりであると早々に気が付き、先ほどから彼女と伯姪に仕切りに視線を送ってきている。お茶目さんである。
『ネデルでの話、絶対するんじゃねぇぞ』
「……私より、あっちが心配よ」
視線の先には、近衛騎士であり今回は王弟殿下の随行員の一人であるルイダンの姿が。
「先生、私たちできっちり締めときますんで」
「勿論です。閂固めで封じておきます」
「……お願いね……」
彼女の心配げな視線を感じた薬師娘二人がルイダンにくぎを刺す役を担うと耳元でささやく。何しろ、騎士学校ではエンリとルイダンは同期。特に、ルイダンはリリアル仕込みの身体強化(ECO MODE)で数々の模擬戦で叩きのめしたという。最後まで逃げなかったことだけは褒めてやるとのこと。
「確かに、ただ見ていた男には……負けたくないわよね」
「マジでムカつきますあの髭野郎」
碧目金髪は主は銃手であるが、槍銃の扱いから長柄に開眼して、今では槍銃技の教官として、日夜、薬師組女子を扱いている。三期生がポテンシャルの高い子が多いので、先輩として負けていられないと薬師組も鍛錬に励んでいるのだとか。
「大体、股間を狙えば一発です」
それは……戦場で反則や禁じ手はないとだけ言っておこう。
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