第634話-2 彼女は彼女は二人の王弟を出迎える
不意にノックがされ、返事をすると扉が開かれ濃金癖毛の若者が入って来た。
「この部屋はリリアル副伯の待合ですが。どこかお間違えではありませんでしょうか」
灰目藍髪が問い質すように前に出る。精悍さを感じさせつつも人好きのする笑顔の持ち主は、それは失礼等と言いながら話しかけてきた。
「では、そちらの女性が」
「……失礼ですが、どなたでしょうか」
この中に黒目黒髪の女性は奥に座る彼女だけ。灰目藍髪も近いのだが、騎士然としていることから、間違えられることはない。
「これは失敬。私の名はジロラモ。今日はこちらの晩餐会にお呼ばれした者です。先にご挨拶をと思いまして」
侍従も連れずに東方公閣下が一人でお出ましとは大いに驚くが、ちょっと怪しい気がしないでもない。
「閣下、供も連れずに迂闊ではございませんか?」
「はは、ちょっとはぐれてしまったようでね。ここで暫く過ごさせてもらってもよろしいかな」
王弟ジロラモは神国国王とは親子ほども年の離れた王弟であり、彼の国の王太子より若い。王族の一人として王太子とは学友であったと記憶している。とはいえ、少し前、神国王太子は身罷られたと聞いている。
王太弟とならないのは、彼の王弟が庶子であるためである。神国国内ではマレス島の防衛に参加しようと単身神都の宮廷を飛び出し、自力で軍の集結する港まで向かったが、病に倒れ願いはかなわなかったという。
とはいえ、マレス島は聖母騎士団と差し向けられた神国軍の援軍によりサラセンから見事護られ、戦争に参加しなかったとは言うものの、王弟の行動は若者を中心に賞賛されとても人気のある青年であるという。
確かに、騎士としての風格も備わり、快活さと明晰さを感じさせる空気を纏っている。
「先ほどまで、閣下の姉上に同行していただいていたのです」
「……それは……」
「大変魅力的な女性ですね。聖エゼル海軍提督夫人となれば、当然のことなのかもしれませんが」
外ヅラの良い姉のことであるから、夫から聞いているマレス島防衛戦の話などを面白おかしく聞かせたりしたのではないかと推測される。
「実は、僕は『妖精騎士の物語』の崇拝者なのですよ」
「……はあ……」
「それで、公式の場でお会いする前に、お話をしたいと思いまして……姉君に手配していただいたのですよ」
どうやら、この部屋に紛れ込んだのは姉の策謀であるようだ。そして、『騎士物語』好きの王弟騎士殿は彼女に興味があるようである。
『やべぇの引いちまったな』
『魔剣』のボヤキに彼女も内心深く同意するのであった。
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あまり深い話をすることなく、ジロラモは去っていった。
「では、これから僕の事は『ゼロ』と呼んでください。僕は、『アリー』と呼ばせていただいても?」
「はい。それでは、ニース辺境伯令嬢の事も『メイ』とお呼びください」
「勿論です。では、アリー、メイ、後ほど」
短い時間ではあったが、がりがりと精神を削られたような気がする。確かに、単身ゴブリンの群れから村を護ったりしたことはあるが、舞台や物語でどのように描かれているかは気にしたこともなかった。さらに、続編が次々描かれているらしく、王国内の事だけでも随分と正確に描写されていた。
「巻き込まれたわね」
「巻き込んだわ。それに、神国・法国の事は私よりあなたの方が詳しいでしょう?」
伯姪に詫びつつ巻込む事については承諾してもらっておく。聖エゼル海軍とニース騎士団については伯姪に聞くのがより詳しいはずだ。
「帝国での活動は内緒のようね」
「姉さんにも釘をさしてあるから当然ね」
冒険者としてオラン公に従い遠征に従軍したなどと言うのは、神国であれば面白いはずがない。アンデッドや裏冒険者ギルドの暗殺者を討伐したことで、オラン公にとっては意味のある結果となった。あれがなければ、娘を殺されるか奪われ、遠征軍も途中で壊滅していたことであろう。
リリアルが活動していたことは薄々感づいているだろうが、公にするべきものではない。王国と神国は今のところ『御神子教徒国』として法国戦争終結後友好的な関係にあるからだ。あくまでも表面上だが。
「でも、びっくりするくらいあなたに関心があるようね」
「私にではなく、物語の妖精騎士にでしょう? 私は物語の登場人物ではないもの。騎士に憧れる少年のようで微笑ましいのでしょうけれど、大国の王弟で公爵閣下なのだもの、どうかと思うわ」
王弟として認められているものの、あくまでも婚外子・庶子であるために、王位継承権を持つことはない。故に『王弟殿下』ではなく、『東方公閣下』と呼ばれるのだ。
「歳は幾つだったかしらね」
「私たちより三歳年上のはずだわ」
「王太子殿下と……違うわね」
「ええ、驚きの白さよ」
王太子殿下は良くも悪くも『王の器』であり、騎士としてもかなりの腕前であり、魔術師としても一級品であるとされるが、個人の武威を示す事は好まない。むしろ、政治家として若くして老練さを示していることもあり、国王と王太子の二人三脚体制は王国内で好意的に見られている。
「あとは成婚だけねあの殿下も」
「ええ。王宮内でのやり取りが終われば、婚約者様も王都に来られるでしょう。一年以内くらいではないかしら」
「南都も一区切りでしょうから。その後、御成婚ね」
王太子殿下の婚約者は、レーヌ公女ルネである。レーヌは王国と帝国の狭間にある幾つかの公国の一つであり、係争地でもあった。先代レーヌ公が若くして亡くなり、幼い公太子を母である公妃殿下が摂政となり後見し、統治されていた。
公太子を王国が後見し、公女を王太子妃とすることで王国内にレーヌ公国を取り込もうというのが国王陛下の政策であった。公太子が王宮での教育を経てレーヌに戻り、入れ替わりに公女が王宮に参内することで一歩関係が進む事になる。
公妃殿下は神国王女が嫁いだ電国国王との間に生まれた王女殿下であり、、娘時代はネデル滞在時に某父王から求婚されたものの良い噂の無い男の為断り、レーヌ公家の後妻となった経緯がある。
母に似た公女殿下も知的な美女と伝わっており、成婚が待ち望まれているのが王国の現状なのである。
漸く本日の主賓である王弟殿下が到着した。そして、部屋へ伝えてきたのは
「ご無沙汰しております閣下」
「ええ。あなたも元気そうで何よりですエンリ卿」
オラン公弟であり、親善大使付侍従として同行しているエンリであった。初めて会った頃の浮ついた夢見る若者感が綺麗に消え去り、思慮深くまた、落ち着きのある騎士然とした風貌に替わっている。
「良い経験ができたようで何よりです」
「はい。兄の為にも良い関係が築けたと思っています」
オラン公は原神子派とはいえ、現実主義者。王国北部の都市にいるであろう、原神子派の商人・貴族と誼を結ぶことも意味があるのだろう。とはいえ、ネデルで起こっているような混乱を王国に持ち込むのなら、旧知の間柄とはいえ手加減するつもりはないと彼女は思うのである。
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