第633話-2 彼女は王弟殿下を出迎える準備を行う 

 王国のリンデ大使が手配していた王弟殿下御一行用の家財が運び込まれてくる。何故か姉が仕切っている。


「このチェストはもっと窓から離さないと、痛むんじゃない?」


 言っている事は庶民である。とはいえ、この城館の主であるから屋敷との調和という事も大切なのかもしれない。王室を示す調度もすでに用意されており、また、リリアルの本館と王弟殿下一行の住まう旧修道士の居室エリアの間には行き来を制限するための仮設の扉などが設けられ、簡単に行き来ができないように改修されている。


 庭回りには外からの侵入を監視するための見張台などが建てられ、また、警備の騎士の待機小屋のようなものも用意されている。その状態は戦陣のようでもある。


「リリアルの屋敷に攻め込んで来る奴っているのかな?」

「王都やレンヌでこりていればいいのだけれど、それでも、こちらの王宮も一枚岩ではないのでしょう?」

「何かあれば外交問題どころか、即開戦になるから、お互い配慮し合おうということでしょうね」


 ノウ男爵からニース商会配下の商会がこの城館を購入したことは、女王陛下の宮廷には伝わっているだろう。大使がそれなりに動けるのも、その辺りからリンデ市幹部各位やギルドに通達が行っているのだろう。便宜を図り優先的に対応しろと。


「終わったらこの設備どうするんだろうね」

「そのまま寄贈でしょう。持って帰るわけにもいかないもの」

「ちょっと儲け!」


 いくばくかの板材や調度品など貰っても幾らもしない。王弟殿下の調度は帰国時に持ち去るだろうから、見張台くらいしか残らないだろうが。


「王弟殿下が来るのは明日かぁ」

「何かしら」

「いや、歓迎の晩餐会になにを着て行こうかなって」


 姉はすっかりお呼ばれする気でいる。


「姉さん」

「何かしら妹ちゃん」

「私は副大使であるから呼ばれるでしょうけれど、姉さんはなぜ呼ばれるのかしらね」

「ああ、神国大使も呼ばれているからね。私は、聖エゼル海軍提督の名代だよ。ほら、これが招待状」


 姉は封蝋の施された書状を見せる。どうやら、正式な招待状であり、神国大使が同行することになるようだ。


「今回は、神国国王の庶弟も来るらしいよ」

「王弟殿下かしら」

「いや、あの国はほら、いろいろ厳しいから『殿下』呼びはしないみたい。子とかそんな感じだと思う」


 先代の国王が年老いてから為した子であるらしく、年齢は彼女や王太子殿下とさほど変わらないという。親子ほども年の差のある弟君だと言える。


「私は、そのエスコート役に抜擢されたわけだよ」

「愛人と言うわけね」

「いやいや、私の愛は妹ちゃんと旦那にだけだよ。ただのお仕事」


『ダーリン』『ハニー』と呼び合う、王都の社交界でも有名なバカップルである姉とギャラン。外面完璧の姉であるから、何も心配ないのだが。


「妹ちゃんも法国語はなせるよね」

「多少ね」


 彼女より、ニース育ちの伯姪の方が上手だと思われる。先日、ニース辺境伯の養女となり、『辺境伯令嬢』となったので相手をする事も問題ないはずだ。


「まあ、メイちゃんも大事なんだけど、妹ちゃんと話したいみたい」

「……子爵の娘に何か用でもあるのかしら」

「公子様は、英雄譚が大好きらしいよ」


 姉が情報を流してできた「妖精騎士の物語」の舞台や書籍の類は、王国の外にも流れているのである。


「このお話はフィクションであり、実際の人物・団体とは関係ありませんと示しているのよね」

「……え……」


 姉は「だって本当の事じゃん」と宣うが、荒唐無稽のお話としか世間では思われていない。十三歳の女の子が一人で百を超えるゴブリンの群れに単身剣ひとつできりこむなんて馬鹿げている。事実なのだが。


 庶民が喜ぶ騎士道物語だって、もうすこしリアルだ。


「とにかく、王弟殿下の歓迎晩さん会で、今一人の王弟公子様も出席するわけだし、相手は妹ちゃんがするしかないよね」


 姉は何か楽しそうに語るのであった。





 王弟殿下と同席するのであれば、騎士に準じた礼服で良いかと思ったのであるが、神国王弟の相手をするとなれば、それなりのドレスでなければならないだろう。女王陛下の晩餐会や夜会に呼ばれる前提で、質素な襟のドレスを幾つか王都で用意させている。これは伯姪も同様。


「私も同行とはね」

「護衛役の騎士で同行なので助かりました!!」

「当り前でしょう。お二人の護衛にそれぞれ就くのですから、弁えないと」

「大丈夫! 神国の王弟公子様はお若いんですよねぇ、美形なのかなぁ」


 碧目金髪は『王子』『公子』という言葉に弱い。レンヌ公太子殿下は、見た目が赤毛熊なのでどうやらお気に召していないらしい。


「顎が」

「顎が?」


 伯姪の言葉に碧目金髪が何事かと疑問を持つ。


「先代の神国国王陛下は先々代の帝国皇帝を兼ねているのだけれど、父君も兄君も……顎に特徴のある家系なのよ」

「まあ、顎がしゃくれてるの、もう、兜や衣装にそれを織り込んでおくほどね」

「「ええぇぇ……」」


 しゃくれ顎公子……のパワーワードで碧目金髪の『公子』のイメージが吹き飛んでしまう。確か、かみ合わせが悪く、食べたものが口から出てしまうことや、涎が垂れてしまうとか……一族には悩みが尽きないらしい。


「母親似と言う可能性もあるのだから、確率は五分ね」

「……酷い言い方です」


 彼女は常に冷静である。とりあえず、相手をしなければならないという事を念頭にすると、中々面倒なことになりそうだとは思う。とはいえ、一王国の副伯であるから、王国貴族としてそれなりの敬意を払って相手をすれば問題ないだろう。


「それより、辺境伯令嬢のお相手としては如何かしら」

「そうね、悪くないわね。次の聖エゼル海軍提督とか、狙っているのかもしれないわ」


 ニース辺境伯家で管理している聖エゼル海軍だが、聖母騎士団同様、異教徒との戦いに参戦する戦力でもある。伯姪と婚姻して、ニース辺境伯との縁を繋ぎつつ、内海での影響力を高めようと考えている可能性もあるかなと、彼女は考えていた。



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