第623話-2 彼女は二人の予選を見守る
「マリスちゃん!! 頑張れェー」
「「頑張れェー!!」」
ただ一人の女性参加者マリスこと灰目藍髪。その見た目の美人さん度から、場内で知らないおっちゃんたち(酔っ払い)から迷惑な声援が降り注いでいる。
「短剣遣いなんだ」
「……初めて見るわね」
「同じく」
「うそでしょ?……五十五枚がぁぁ!!」
姉、金貨五十五枚既にとった気である。
「あれ、どういう作戦かしらね」
「先ほどの斧遣いからヒントを得た……というところかしらね」
得物はやや長めのバゼラードのような短剣と……スティレットである。相手は恐らく厚い剣身のレイピア風片手半剣。刺突メインだが、斬る事も前提としているように見える。
「間合いで不利ね」
「けど、それは前提で何か考えているのでしょうね」
「なになに、お姉ちゃんにも教えて!!」
姉うざい。金貨がかかっているのでさらにうざい。
これが、バゼラードでなければ分かるのだが。例えば、ブロードソードなら、刺突を護拳で絡めとって、左手のスティレットで鎧の隙間、脇の下などを突いてダメージを与える。肩を動かす為に、完全に板金で覆えない場所もあるからだ。
「肘の部分に突き刺して、腕を動かなくさせるとかもあり得るわね」
「膝でも問題ないと思うわ」
関節の継ぎ目の部分をこじ開けるようにでも刺突するのだろう。魔力を纏わせればその下の骨まで断ち切れるのだが。
「魔力纏いは禁止なんだよね」
「刃引きなのだから当然でしょう?」
姉、決闘とこの試合は違うのだと理解できていない模様。
「始め!!」
相手の男は長身の灰目藍髪より頭半分ほど背が高い。細身でかつ、しなやかな動きをする。まるで……
「船乗り……海賊かも」
「なるほど」
半身で刺突による牽制を繰り返す男は、馬上の戦い徒歩と戦いの両方の動きではない。狭い船上の空間、通路や渡した板の上で戦うに適した動きに見える。
「動きも早い」
「身体強化……しているわね」
踏みしめる床の石材が軋むほどの踏み込み。速度を上げていく刺突に、灰目蒼髪が防戦一方に見て取れる。上半身を左右に振り、躱せぬ切っ先はバゼラードで弾き、スティレットで往なす。
前後に激しく動きながら、上半身と下半身に上手にちらしつつ、相手の反撃を抑え込むほどの激しい攻撃だ。
『手が出せねぇか』
「出す必要が無いわ」
『魔剣』のボヤキを彼女が訂正する。
「私たちは何時間も魔力を扱う訓練を毎日しているのよ。あんな雑な身体強化、時間制限があるとはいえ、最後まで持つわけないわ」
元々魔力の少ない薬師娘たちは、効率の良い魔力の扱いに長けているし、受けにまわって相手の攻撃をかわしながら魔力を消耗させる戦術は、騎士学校でも徹底して行った持久作戦だ。
この作戦のポイントは、相手が「もう少しで押し切れる」と思える程度に苦戦して見せるところにある。
「死んだふりも楽じゃないんですよぉ!」
「なら、ホントに死ぬしかないじゃない?」
死んだふり仲間の碧目金髪は、そこまで粘らず適当に負けていたようだが、騎士であり、剣の腕を磨きたい灰目藍髪は真剣に粘って勝利を目指していた。つまり、こんなものは日常なのだ。
「慣れてきたわね」
相手の突きの出足に合わせて、カウンターの刺突を放つ。剣を掠めさせ、戻る勢いをゆがめさせる。体幹が揺らぎ、魔力が無駄に削られる。戻っても、即座に次の攻撃には移れなくなる。
「あれ、イラつくみたいです。大概、この後相手が負けます」
「我慢強さはぴか一ね」
「カッコ悪いけど、カッコいいよね。リリアルっぽいよ!!」
リリアルは名声や賞賛された内容に比べ、実際の行いは至極地味だ。移動は兎馬車、冒険者まがいの格好でウロウロしている。大して良いものを食べているわけでも身に着けているわけでもない。
だが、そんなことはどうでもいい。負けられない戦いに常に勝つためには、必要のないことは削ぎ落しておくにかぎる。
相手を舐めて、自分のやりたいことだけをして勝とうとするのは驕り以外の何物でもない。相手にやりたいことをやらせたうえで、その先を潰すのがリリアルの勝ち方でもある。あるいは、何もさせないかのどちらかだ。
「くっ、いい加減にしろ!!」
雑な刺突、体幹がブレる。そして、戻る足さばきに合わせた一瞬の加速。
「人は、下がるより前に出る方が早いってご存知かしら?」
踏み込んだ膝裏の隙間からスティレットを深々と突き刺すまでがワンセット。
「どうしますか?」
右手のバゼラードを兜の庇の中に差し入れ、いつでも目を突き刺せる体勢で灰目藍髪は相手の降伏を進めた。
「……負けを認める……」
再びの大ブーイングと、ごく一部から「マリスちゃん!フー!!」とコールが鳴り響くのであった。
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