第623話-1 彼女は二人の予選を見守る
「馬上槍試合じゃないんですけどぉ」
碧目金髪の物言いもわからないではない。予選会場は、リンデの南岸の一画にある見世物をするスペースであった。
「ここ、熊虐めの会場ではないかしら」
「正解」
予選は、一回戦が徒歩での三本勝負による勝ち抜き戦となる。
武器は剣もしくは片手斧か短剣を用いて、致命的な一撃と判定される打撃もしくは、失神、負けを認めた場合に勝敗が決定される。審判の判定には情状がからみそうであるが、失神もしくは戦意喪失まで持って行ければ判定は問題ないだろう。
円形の舞台の上に左右に別れて選手が立つ。三本勝負なのは、不利な判定一度で負けるという可能性を廃する為だろう。
「死は一度だけなんだから、三本勝負は駄目だよね」
「それでは決闘になってしまうわ。判定に遺恨を残さないためよ」
参加者は五十人ほどだろうか。無料ならこの十倍は集まったであろうが、金貨一枚をこの座興に充てられるものは多くはないといったところか。
「騎士の鎧一式で金貨二枚はするからね。そのくらい払えなければ、騎士を名乗る事すらできないんだよ」
騎士とは、騎士の身分を維持するだけの財力のある者であるとされる。装備も高価なのだが、軍馬、なかでも戦馬は特に高価だ。軍馬なら金貨一枚で二頭が買える。これは、移動用の乗馬として使用する馬だ。だが、戦場において全身鎧を装備してぶつかり合うなら体格も良く騒音や闘争に慣らされた『戦馬』でなければならない。これは金貨十枚ほどするし、良いものなら天井知らずの値段となるだろう。
「勝っちゃったらどうする?」
「……勝つでしょう。どの道、戦馬は必要でしょうから何頭か買わねばね」
「屋敷が手に入れば馬房も運動スペースも手に入るでしょう? そうなれば問題ないわ!!」
すっかり、あの廃修道院を買った気のリリアルメンバー。
「だ、大丈夫なのですわね」
「多分ね。いつものことだから、心配しないでいいと思うよ」
今日はルミリも観戦に参加している。毎日、アンヌと共に帳簿の確認を繰り返していたため疲労困憊中。気分転換になればいいのだが。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「始め!!」
刃は潰してあるものの、当たれば剣であれ斧であれ相応の打撃が入る。全身鎧の場合、金属の板の下は鎖帷子かキルティングの鎧下を着用しているので、致命傷にはなりにくい。
とはいえ、鎧の重量はニ十キロほどもあり、装備一式を考えれば三十キロほどになるだろうか。ルミリを抱えて戦うようなものである。
「いけ!!」
「ころせぇ!!」
殺すのではない。あくまで試合だ。それと、この予選も「興行」の一環であり、観客は金を払って観戦し、尚且つ、賭けもしている。
「十三番 シン……二十四倍。四十四番 マリス……五十五倍……ね」
「決勝まで残る場合かしら」
「本選出場までだね。これ、三連単だとどうなるんだろう?」
三連単とは一位から三位までの順位を含め完全に一致させる賭けとなる。今日はともかく、本選では単勝だけでなく、三連単も設定されるという。
「掛け金の半分くらい払い戻されるのかな」
「どうかしらね。大穴なら持ち出しもありそうだけれど」
姉と彼女は、二人に金貨一枚ずつ賭けている。勝ち残れば二十四枚と五十五枚となる。一人だけでも大儲けだ。
「これで、屋敷を買う資金を稼げるとか?」
「博打で家が建つとは聞いたことが無いわね」
「みんな知ってるけど、黙ってるんだよ妹ちゃん」
四度戦い勝ち残った者が三人残る形に今回はなりそうだ。
「お、出てきたよ。リリアルの黒一点!!」
今回の遠征? 旅程では唯一の男子茶目栗毛こと『シン』。相手はかなり大きな男で、頭一つ背が高い。茶目栗毛は男としては小柄で細身、体重なら倍ほども違うだろうか。
「おいおい、お子様はお呼びじゃないぞ!!」
「殺されちまえェ!!」
色黒で岩のような顔の相手に対して、茶目栗毛はシュッとした若者だ。恐らく、貴族の子弟がお忍びで参戦しているとでも思ったのだろうか、観客の罵声のトーンが一気に上がる。
『あいつ、斧とか遣えるのかよ』
「……器用なものね」
リリアルでは片手片刃曲剣を使う茶目栗毛だが、今日は片手斧を用いるらしい。相手は片手半剣ほどもあるだろう長剣だ。
はじめの掛け声と同時に、長剣が叩きつけられるように茶目栗毛に振り降ろされる。
GINN!!
斧の腹で剣を受け往なす茶目栗毛。斧は板金鎧をその上から叩きのめすことができる装備だが、いわゆる武器ではなく生活用具の一つだ。戦用にヘッドを小さく、柄を長くしているものの、剣より使い勝手が悪いのは言うまでもない。
当たりにくく、振りにくい打撃武器として設定されているのだろう。普通は、剣を選択し、互いに振り回し突きあい、やがて足をも連れさせるなり疲労困憊して敗北を認める形で決着がつくのだろう。
「どうした!! 掛かってこいぃ!!」
軽快なフットワークで剣を躱しつつ、斧を振る茶目栗毛。剣に斧をワザと当て、当然腕が痺れるような感覚が相手に入る。振るう腕も痺れ、握力も弱まる。剣の軌道を読んで斧を当てるのは生半の腕前ではないと分かる。
「そろそろ決着がつきそうね」
全身鎧を着た場合の稼働時間は普通は三十分程度。魔力による身体強化が行われているのであれば、その身体強化時間分だけ先延ばしになる。騎士の戦いであれば、一撃を狙うタイミングだけ身体強化をするなど魔力の消耗を抑える工夫をするのが一般的だ。
最初から下馬して全身鎧で歩兵陣を築くなどというのは、黒王子くらいのものだろう。普通はやらないし、それ故の勝利でもある。
魔力の身体強化も、相手が受止めてくれるからこそ成り立つ戦い方である。躱す前提の茶目栗毛には、あまり有効な攻撃ではない。
「騎士に軽快さや速さを求めることは難しいのでしょうね」
「リリアルは、騎士の戦いしないからしょうがないわよ」
騎士爵を賜ったとしても所詮は魔力持ちの冒険者の戦い方。相手の利を潰し、こちらの利を押し通すのが冒険者だ。
「おっ、決まったね!!」
足元のふらつく相手の膝に茶目栗毛が斧を叩きつける。それも、柄を通す背の部分。
嫌な音がして、膝をあらぬ方向に圧し折られた男が崩れ落ちる。
「最初から斧をメイスのように使うつもりだったのね」
『あいつ、えげつねぇな』
茶目栗毛が負けると予想していた大多数の観客は大ブーイング。そして、いい笑顔で手を振る茶目栗毛である。
「いいよ!! 性格悪くって!!」
「姉さんの好きそうな展開ね。解るわ、嬉しくないのだけれど」
おそらく、茶目栗毛の「斧遣い」は警戒されるだろう。しかしながら、この後、同じ技を二度と使う事が無いのが茶目栗毛の良いところでもある。
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