第610話-1 彼女は本場を堪能する

 観戦用のベンチに座るのは彼女と伯姪。護衛役侍女役小間使い役の四人は背後で立って観戦している。設定からすればこうなる。


「お上手ですわね」

「お分かりになるのですか」

「ええ、多少存じておりますのよ」


 と令嬢風に答えるのは……伯姪。猫の三段重ねである。


「激しい競技ですね」

「はい。ですが、日頃から鍛錬していますから、なんてことはありません」


 確かに、身体強化している者に普通に対峙して、それなりに往なし躱して齟齬が無い。身体強化レベルが低いからか、あるいは、ここぞという時以外魔力を使わないのかは不明だが、突出して力技で解決しているようには見えない。


 クロスを振るい、強烈な送球がネットを揺らす。攻撃側からは歓声が上がり、点を入れられた側は腐ることなく、次の攻撃の機会へと移行する。一進一退の良い試合だ。


「毎日、こうした試合をされているのですか?」

「いえ、毎日メンバーが揃うわけではありませんし、学生の本文は勉強ですから、週にニ三度、天気の良い日に語らって試合をしています。自主的に練習している熱心な者もおりますが、早朝などに何人かずつで行うような鍛錬が多いです」


 彼女達が令嬢であると考えているからなのか、とても丁寧に説明をしてくれる。令嬢であることは間違いない。但し、王国のではあるが。


「皆さんは何があってこの街に来られたのでしょうか」

「私たちは、カンタァブルまで行く予定です」

「ええ、その途中に有名な王立学校があると伺い立ち寄りましたの」


 などと説明すると、学校自慢が始まる。やはり、父王の代に始まった学校ということもあり、また、その創設が篤志家の遺産と王家の寄付によるものであることも、学生たちの誇りとなるようで、高揚した口調で彼女たちに色々と語ってくれたのだ。


 どうやら、彼らは十三から十六歳の入学から三年ほど経っている学生のようで、ある程度学科が進まなければ『ラ・クロス』の選手になる事はできないのだという。


「皆さん優秀な方達なのですわね」

「文武両道ということでしょうか、素晴らしいですわ」


 と褒めることにする。伯姪のお嬢様言葉が違和感だらけなので、碧目金髪は笑いをこらえるのに必死で、伯姪から横目でじろりと睨まれている。


 一人が茶目栗毛を指さし伯姪に提案をする。


「護衛の彼は、なかなか優秀そうですね。どうですか、試合に出てみませんか?」

「いや、経験が無いのに無理強いするのは良くないぞ」


 どうやら、彼女達の前でいいカッコを見せたいのか、護衛役を参加させて出汁にするつもりのようだ。


「……如何しますかお嬢様」

「いいわ、出なさい。それなりに経験があるんだから」


 口調が素に戻る伯姪。そして、どこからともなく彼女が差し出すリリアル謹製『魔装のクロス』。


「え」

「嗜んでおりますのよ、わたくしの護衛も」

「彼は……」

「……シン……とお呼びください」


 久しぶりに冒険者名を名乗る茶目栗毛。因みに、ギルドの登録名もそのままなので、問題ない。


「面白くなってきたわね」

「面倒ごとにならなければ良いのだけれど」

「本場のラ・クロスを経験する良い機会ですよ!」

「なら、一緒に出ますか?」

「No!! と言えるわたし!!」


 流石に女性は全員ドレスか使用人用のワンピースなのでそれは無理だ。連合王国では、女性が男装することは王国とくらべ良く思われない。女性が男性の格好をするのを背教的であるとする『厳信徒』も多いからだ。


 救国の聖女が『魔女』として異端審問に掛けられ火刑に処せられた理由の一つに、男装して戦場に立ったという一項が存在した。そういうことだ。


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