第610話-2 彼女は本場を堪能する

 茶目栗毛こと『シン』は、胸当や剣帯などの装備を外し、身軽になる。


「……着やせするんだな君は」

「そうですか?」


 女性ばかりのリリアルではあまり比較にならないのだが、帝国遠征の期間くらから、細身であった茶目栗毛も筋肉が付き、骨格も逞しくなりつつあった。身体能力の向上は、腕力だけでなく魔力の強化にもつながる。器用さだけでなく、力強さも兼ね備えつつあるのだ。


 因みに青目藍髪は「目指せジジマッチョ」路線に進みつつある。前衛なのでソレは妥当なのだが、相方からすると「ズルい」ということにようだ。男女の体格差は如何ともしがたい。


 茶目栗毛の年齢は十五歳、学生たちの中でも年長者と同じくらいであり、中に入れば少々華奢かなと言う程度であるのだが。


「ルールの確認だ」


 リリアルでウォレス卿から指導されたルールとほぼ同一。ローカルルールも多少あるが、プレイする上では考慮する必要はなさそうである。


「ポジションはどこか希望はあるか」

「ディフェンスでお願いします」

「了解だ。おい!! 集合!!」


 どうやら、見学していたのは補欠だからではなく、今日は補欠をメインに試合経験を積ませることを目的として正選手が何人か抜けていたのだ。つまり、彼らが参加すると、試合のレベルは先ほどよりもかなり上がると考えてよいだろう。


「あいつら、全員対戦チームに行きましたよ!」

「露骨ね。お二人に余程いいところを見せたいのでしょう」

「男性と言うのはそういうものなのですわね」


 側仕組がそんなことを口にする。それより、彼女と伯姪にとっては、本場のラ・クロスにリリアル生がどの程度通用するのか見てみたいという気持ちが強く、さほど気にしていないように見て取れる。


「防御手の位置に入るみたいね」

「それはそうでしょうね。あっちは全員攻撃手に入ったわ。露骨ね、隠す気もないんだから」


 つまり、だべっていた者たちが全員茶目栗毛の対戦相手の攻撃手に入ったという事だ。


「大丈夫でしょうか」


 ルミリが心配そうに思いを口にする。


「そうね、相手にけがをさせることはないでしょうね」

「まあ、本気で身体強化すれば、どうとでもなるものあの程度の相手なら」


 冒険者としてリリアルの騎士として魔物や犯罪者を相手に討伐を重ね訓練を繰り返してきた茶目栗毛からすれば、試合の一時間ほどなら、身体強化をかけっぱなしにしておいても問題なく対応できる程度の能力はある。


 あとは、魔装のクロスをいかにうまく使うかということになるだろう。クウォータースタッフや長柄の扱いもかなり上手なので、その辺りも期待できる。


「はじめ!!」


 いつのまにやら試合が開始される。試合は十五分の前後半で行われるハーフサイズのようだ。


 交代して試合に参加しない学生たちが、彼女達の所にやってくる。


「彼は、ラ・クロスをどの程度嗜んでいるのでしょう」

「ほどほどですわ。それより、剣や槍などの方が上手かと思いますの」

「へぇ、護衛の任務を引き受けてから長いんですか?」

「そうですね、三年ほどになるでしょうか」

「「「ほぉ……」」」


 自分たちと同世代の少年が、貴族の令嬢の護衛を三年も前から任されていると聞き、中々に腕が立つのだろうと茶目栗毛の評価を上方修正したようだ。


 茶目栗毛のチームは、正選手で攻撃手を固めた相手チームに翻弄されているようで、茶目栗毛を躱すようにパスが回り、一点、また一点と点を取られていく。


「まあ、一人だけ入ってもねぇ」

「でも、なかなかいい動きをしていると思うわ」


 相手の攻撃手が囲まれれば、そこから出る有力選手のコースを塞ぐように立ち回り、容易に送球ができないように動いているのが見て取れる。味方の人間関係や能力を分析しつつ、不足する点を上手くカバーして相手の攻撃を防ぎ、自軍の攻撃の起点を作ろうとうまく動いている。


「初めてのチームに上手く……馴染んでいる」

「あ、ああそうだな。頭のいい選手だ」


 評価の通り、フォローやバックアップを常に要求される立ち位置の茶目栗毛なので、ラ・クロスのチームにもその辺り良く馴染むようだ。因みに、歩人はその辺りの配慮が全く足らない。種族の違いだけではない、ダメ男である。


「おっ!!」

「うまい」


 攻撃手がクロスを引きながら体を盾に突進する進路をふさぐように移動した茶目栗毛は、抜かれざまに自分のクロスを絡めて籠のを揺さぶり球を弾き出した。そのまま自分で保持することなく、味方のフリーの選手に送球し、敵のいない場所に向け走り込んでいく。


 球を受けた選手を素早く敵の防護手が囲もうとするが、次々に送球が回りフリーの茶目栗毛へと送られる。


 素早くターンを繰り返し、まとわりつく防護手を躱す。


「すごい動きですわ」

「ふふ、そうでしょ!」

「流石ですね」


 そして、角度が狭いながらも門衛と門の隙間を狙い、投石機から砲弾がはっしゃされるような勢いで球が発射される。


GOOOHYUUU!!


 異様な風切音が鳴り響き、門衛の足元……ではなく足に叩きつけるような弾道を描いて弾が繰り出された。慌てて足を引き、自分の身を護る門衛。


DANN!!

 

 地面に叩きつけられ、異様に低い弾道で球は門の中へと吸い込まれていった。


「良いシュートだったわ!」

「あのくらいの威力なら、問題なさそうね」

「「「……問題……ない……」」」


 学生たちは茶目栗毛のシュートの威力におののいていたが、彼女や伯姪のシュートはそんなものではない。まして、防護手には球を奪う時以外は何もしていないのだから、むしろかなり手加減をしていると言えるだろう。


「馬上槍試合の中にある、攻城戦ならもっと派手な立ち回りになるのでしょうね」

「ああ、そうか。そうよね」


 馬上槍試合、ジョストと呼ばれる騎槍での対戦だけでなく、下馬しての戦闘迄含めた三度の対戦の勝敗で決するのが本来のありかただ。ラ・クロスの場合、クロスで相手の体を直接攻撃するのは反則なので、クロス同士を絡める戦い方となるので安全ではあるが、迫力は今一だ。球技と武術の試合では違って当然だとは思う。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その後、茶目栗毛を警戒した敵味方双方から距離を取られ、ポツンとする嵌めになった茶目栗毛。そして、相手チームが主力攻撃手を揃えたという事で当然の勝利となって終わった。


 最初は遠巻きにされていた茶目栗毛だが、何人かが肩を叩き、握手をし挨拶を交わす中で徐々に人の輪ができていった。


「彼が学生じゃないのが残念だ」

「魔力の扱いも上手だし、何より、試合中ずっと魔力を纏い続けていたからな」

「一年、いや半年も一緒にプレイすれば、すごい選手になるだろうに」


 魔力量の少ない茶目栗毛は、継戦能力を高めるため身体強化や気配隠蔽と言った基本的な技術を徹底して磨き、魔力操作の精度を上げてきた。結果として魔力量の底上げに至ったのだが、長時間の身体強化に関しては肉体自体の基礎的な技術と組み合わされると相当のレベルとなる。


『気配隠蔽や気配飛ばしまで駆使すりゃ無双できただろうな』


『魔剣』の言う通り、身体強化以外を封印した茶目栗毛であるが、本来なら欺瞞や偽計を組合せ相手を翻弄することが十分できるのだが、それでは試合の雰囲気をぶち壊してしまう為に敢えて使わなかったのだろう。


 リリアルの冒険者組は、気配隠蔽の使用が基本。なんなら、薬師組も素材採取の際に魔物に気が付かれないように気配隠蔽はもっとも最初に身に着ける技術でもある。


「気配を消して身体強化して忍び寄るのは試合と言うより殺し合いね」

「魔力纏いまでクロスに施せば、完全に違う競技だと思うわ」


 殺伐とした伯姪と彼女の会話、それは既に『ラ・クロス』ではないだろう。

 

「不穏な話が聞こえますね」

「しっ、聞こえても聞こえないふりをするのも侍女の嗜みよ」

「そんな嗜み、聞いたことがありませんわ」


 貴族令嬢二人の話を聞き、背後では使用人三人が小声で突っ込みを入れている。


「わかるわ。慣れていくのね」

「嫌な慣れですわ」


 茶目栗毛は中々解放されず、どうやらこの後の夕食に招待されているようだ。


 彼女は参加しても良いと許可すると、「皆さんもご一緒に」と招待される。流石に学生が地元とはいえ学校のある街で大きな揉め事を起こすとは思えなかったので、快く参加することにする。


 彼らは貴族でないものがほとんどで、貴族であったとしても男爵の嫡子以外の者たちで、尚且つ余所者であるから、大人しくしているだろうし、また、リンデ周辺の様々な領地から集まった少年たちであることからも、各地の話を聞き出す良い機会だと判断したのだ。





 結論から言えば、女王陛下は日和見な所があり、ええかっこしいの見栄っ張りという評価を聞くことができた。前途多難だなと彼女は思うのである。


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