第609話-2 彼女は『ギルバート』に到着する
幸い、三人部屋二つと一人部屋がとれたので、今日は三・ニ・一で分かれて泊まる事にした。伯姪と彼女、薬師娘とルミリ、そして茶目栗毛である。
「一人部屋で申し訳ありません」
「いえ、男性の前ではできないこともあるのだから、気を使わないで欲しいわ」
そう、女性の嗜みとして……いろいろあるのだ。いろいろ。
「確かに。ルミちゃん、あとで産毛剃りの練習ね!」
「……はしたないですわ……」
「ごめんねー 育ちが悪くって」
「皆、孤児院育ちではありませんか」
「いやほら、赤ん坊のころからと途中からじゃ結構違うよね。ね!」
それは多少あるだろう。ルミリは三年ほど前までは商家の一人娘で、跡取りの婿を迎えるために相応の教育を受けていた。なので、孤児らしくないといえばその通りなのだ。孤児院の環境にもなかなかなじめなかったという。
「住めば都なんだけどね」
「あの場所しか知らなければそうなりますね」
薬師娘二人は、物心ついた時には孤児院だったのであまり抵抗感が無い。灰目藍髪などは、母が育児放棄ぎみであったので、孤児院の方が好きであったくらいだ。その後、放置されて一時預かりが孤児院暮らしにレベルアップしたのだが。
久しぶりに巡礼風の恰好から、庶民の服に着替える。といっても、下級の貴族とその使用人といった格好なので……まんまである。但し、茶目栗毛は変わらず護衛として武装をさせている。
「ルミリ、学校へ行こう!!」
「……何をおっしゃってますの?」
「見学させてもらえないか聞くだけ聞こうと思うのよ」
「まあ、男子校だから私たちは門前払いだろうけどね」
神学校の代わりに設置されたものであるし、そもそも、女性が古代語や算術を習うのは、父親が学者であるなど家庭環境が整っている子女くらいであり、今代の女王陛下が相当に変わり種と言われるゆえんでもある。
実際、姉王は母親が神国王女であり厳格な御神子教徒であった事もあるが、実学の類や政治の話に関しては殆ど側近に丸投げであり、神国からの要請もほいほい受け入れていたこともある。五年ばかりだが。
「リリアル学院の参考になればと思うの」
「……先生」
「何かしら」
珍しく茶目栗毛が彼女へと疑問の声を上げる。
「おそらく、城塞塔もありませんし、薬草畑や水路、射撃演習場もないので、あまり参考にはならないのではないかと」
「どちらかといえば、王家の持つ城館の方が参考になるかもね」
「学院らしさを見たいのよ」
「「「……なるほど」」」
リリアル学院が『学院』らしくないことを、彼女は相当気にしているのだ。どちらかと言えば、冒険者志望者の魔力持ち孤児院でしかないのがリリアルなのだから、古代語や算術などより魔力を増やす方が優先事項である。
とはいえ、騎士学校に入校した時に困らない程度の座学は増やすべきかと思われる。幸い、薬師娘たちは侍女教育も施されているので問題なかったが、最初から冒険者組であったメンバーは茶目栗毛を除き、少々困る事になりかねない。今回の不在時に学園運営を主体的に担わせながら、先の教育につなげなければと考える事もある。
予想通り、門前払いとまではいかなかったが部外者の内部見学はやんわりと断られた。それなりの身分の子女であると推察されたようで強くは拒絶されなかったが、「女性禁制ですので」という一言で拒否されたのである。
「まあ、手はあるけどね」
伯姪の考えは彼女も想定している。『女王陛下の同伴』なら、恐らくは否定できないであろうし、彼女達が『国賓』として見学を希望するのであればこれも問題なく対応してもらえるだろう。リンデから馬車で一日ほどの距離であるから、先々見学させてもらう事も可能だと考えているのだ。
「でも、それなりの規模ね」
「運動場が広いです! 騎士学校並みですね」
校舎の大きさはリリアル学院の本館並みであり、生徒数は百人といないだろう。食堂やら宿舎が無いのでその程度で済むのだと推察する。
「書庫はあるのかしら」
「こういう場所だと、図書室とか図書館と言うんだと思うわ」
帝国で活版印刷が開発され、聖典を始めそれまで手書きで写筆したものしかなかった本が数多く手に入るようになった。挿絵はいかにもな荒いものであり、写筆された書籍に挿入される絵画と変わらない肉筆画とは大いにことなるものの、百分の一以下のコストで大量に書物が『出版』されたことで、文字を通して多くの人間が世界を知る事になったのである。
当然、中等教育の機関には相応の書物が所蔵されているだろう。
「書庫もほしいわね」
「そうね。メンバーが学習する上で必要なものを写筆するなり購入するなりする事になるでしょうね」
『学院』に相応しい環境づくりに「図書室」は重要だという結論に達する。書籍の管理を行う『司書』なども置かねばならないかもしれない。それでも、一冊小金貨一枚はするだろうが。
中には入れなかったものの、外から施設だけでも見学しようと一行は施設の外周に沿って歩き始める。とはえい、校舎と礼拝堂兼講堂らしき建物、そして運動場くらいだろうか。
「馬房や馬場はありませんね」
「騎士学校じゃないからね。馬車溜りもないし」
近隣の寄宿先から徒歩で通学しているためか、貴族の城館ではあって
あたりまえの施設は無いようだ。人数からしても、このさほど大きくない街に
学生全員が使う馬車や馬が飼えるわけもない。個人で乗る馬が与えられる身分であれば、公学校に通う事もないので当然と言えば当然だ。
午後の時間、どうやら、授業も終わり課外活動をしているようである。
「お、ラ・クロスしてますね!」
二十人ほどの学生らしき少年たちが、二組に別れラ・クロスに興じている。確かに、なかなかの腕前に見て取れる。身体強化をしている者が何人かいるが、その選手を中心に互いにパスを回しつつ果敢に攻め込み、また防いでいるように見える。
「やっぱ、もっと練習しないと!私たちも!!」
「あー 学院でも私たちが騎士学校行っている間に始めたんですよね。ずるいです、納得いかないです!!」
伯姪は本場の『ラ・クロス』だと興奮し、碧目金髪は何故か鬱陶しい。
「騎士学校で散々訓練したではありませんか」
「あれは、ベク・ド・コルバンじゃないの!! クロスで戦いたいのぉわたし!!」
やはり、王国製ウォーハンマーである「ベク・ド・コルバン」の授業は健在で、模擬戦闘もそれなりに繰り返したのだという。
「まあ、スタッフ系の扱いはかなり上達していると思いますよ!」
「お手並み拝見ね。楽しみにしているわ」
二期生三期生に騎士学校仕込みのお手本になってくれるといい刺激になるだろうと、彼女は二人に期待する。魔力量の多い彼女と伯姪では、正直、あまり参考にならないからだ。
すると、彼女達の存在に気が付いた試合に出ていない選手の何人かが運動場の際までぞろぞろと歩いてきた。
「ラ・クロスに興味がありますかご令嬢」
「もっと近くで観戦しませんか?」
どうやら、学生たちは彼女が運動場に入ることを許すようだ。
「ですが、関係者の方達以外は立ち入り禁止ではございませんか」
「なんの、素敵な女性が観戦するのは何も問題ありません」
「私たちは既に言葉を交わした、いわば『友人』です。大丈夫ですよ」
商人の息子なのか、人好きのする笑みを浮かべそう答える。その笑顔は、姉の笑顔同様、何か魂胆がありそうだと彼女は考えていた。
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