第608話-2 彼女は馬上槍試合を思う
「けじめをつけていただこうと思うの」
「……どんな感じでしょうか」
けじめをつける。例えば、百年戦争の際、捕虜になった長弓兵は、弓が引けないように、右手の人差し指と中指を斬り落とされたという。そのため、その二本指を相手に見せつけるのは「俺を捕虜にしてみろ」とか、「俺達は負けねぇ」と言った挑発の意味があった。
「長弓兵じゃないからね」
「手首ごと斬り落としますか?」
「手綱を握れないように、左手の親指でも落としましょうか」
「剣を握れないように右手の親指ってのもありじゃないですか?」
伯姪、茶目栗毛、灰目藍髪、碧目金髪……まあまあ惨い。
「そうね、あまり支障が出ても困るので……」
「「「で……」」」
縄で縛られた三人が希望に満ちた顔を彼女に向ける。
「両手の小指を落としましょう」
「「「げぇ……」」」
三人は急転直下の地獄落ち。彼女は、いままで拉致して売り捌いた巡礼の女性や、殺した巡礼の人数分指を落とすという事も考えたが、三十人全滅させたこともあり、また、人数が多いと足の指まで全部失いかねないので見送る事にしたのである。やり過ぎ良くない。
「ではそれで」
「ちょ、ちょっとまて」
「……何かしら」
男爵子息は、一つの提案をする。
「きょ、今日は油断もあったから負けただけだ。こ、今度、リンデで馬上槍試合の大会がある。ほら、王国の王弟殿下の歓迎式典の一部にだ。そ、そこで、俺も選手で参加することになってる。そこで改めて戦ったうえでなら、受け入れよう」
『いや、駄目だろ。馬上槍試合で指賭けるとか』
彼女は暫く考え、一先ず、従者の小指を落としておくことにする。二人は、ただの共犯ではあるが、馬上槍試合関係ないので処分を済ませる。
「お、おい。ま、待ってくれ」
「こ、小指は勘弁……」
「なら、命ごともらっておけばいい? 貴族に剣を向けた平民をどうしようと構わないんだけどこっちは。この国は、貴族に剣を向けた平民って罪にならないの? 一応聞いとくけど」
「……いや、普通に死罪だ……」
男爵子息がそう述べたので、猿轡をかませるまでもなく、頭の周りを魔力壁で彼女が覆い、せっかくなので、サウスポートで購入した短剣『ダーク』で両手の小指を斬りおとした。
「……なあ、考えてくれ。な、なんなら、わざと負けてもいいんだぜ。小指さえ無事なら」
「いえ、それには及ばないわ」
彼女は折角なので、馬上槍試合でこの男が出てくることを楽しみにすることにした。
巡礼狩りについて思わないことが無いではない。とはいえ、姉王の時代には『異端狩り』が行われ、無知な原神子教徒が数百人火刑に処せられたり、その前の弟王の時代においては、頑迷な御神子教徒が反逆罪で処刑されたり収監された事もある。
それ以上に、反対する勢力が反乱を起こし、それに参加した貴族や聖職者、学生などが処刑されている。
つまり、あの男爵令息の行いと言うのは、自分たちに都合の良い理屈をつけて、人に不条理を押付けるための方便に過ぎないと彼女は考えていた。
「随分とくだらない国ね」
「判っていたことでしょう?」
王国が素晴らしいと言えるかと言えば、まだまだではある。王都近郊から賊や魔物が減ってからまだ三年ほど、それ以外の地域では時折、魔物が湧いたり賊が村や町を襲う事がないわけではない。
とはいえ、巡礼者や旅の商人に言いがかりをつけて地元の貴族や領民が襲うほど無秩序ではない。それに歯止めをかけているのが、王家の方針だと考えられる。どちらにも与しない、宗派を大切にすることは自由に認めるが、それを根拠に他者に危害を加えるなら、犯罪者として処罰するということを公に示し、実践しているからだ。
連合王国ではそれが、『教皇庁の軛から逃れる』という名目で原神子派を主にしてしまった。何が起こるかは、帝国や山国、ネデルの様子を見ていれば良く解る。偶像崇拝の否定や教会財産の否定という名目での略奪行為だ。
言い換えれば、百年戦争期に王国で行っていた行為が敗戦により否定され、残った国内において相手を変えて収奪を行ったとも言える。それ以前においては、内戦を経験し、多くの貴族が滅ぼし合い数を減らした。
生き残った者が強くなるのは当然のこと。そうやって、限られた国土の中で鍛え上げているのか……結果としてではあるが。
「それで、あの者がどう出るとお考えですか先生」
灰目藍髪が『馬上槍試合』での再戦について彼女に質問する。
「尻尾を巻いて出てこなければ、それはそれでいいわ。けれど、あの者が話していたことが真実であれば、『ノリッジ公』が派閥を上げてお出迎えしてくれると思うの」
男爵子息は『ノリッジ公』という、女王に匹敵する大貴族の子分の息子であると話していた。もしかすると、巡礼者の襲撃も、原神子派の領袖であるノリッジ公の差し金か派閥での決め事なのかもしれない。面子を潰されたと思えば、それなりの戦力を整えて馬上槍試合で歓迎してくれるだろう。
「女王陛下の寵臣を直接叩き潰すのは問題があるでしょう?」
「確かにね。取り巻きに美男美女を揃えてるし、馬上槍試合と熊虐めが大のお気に入りらしいしね」
「……熊いじめですか? 可哀そうですわ」
田舎では子熊を拾ってきて小さなころから『家畜』として育てることもある。牛や羊、豚のようなものだ。育てて殺して皮や肉を売る。虐めるという文化は多分ない。
「指を斬りおとすだけでは気が済まないとは思われませんか」
「ここ、王国じゃないから。あまり過激なことをするのは不味いんだよ。ですよね」
巡礼者狩りを行っていた領軍三十名が「行方不明」、そして、領主の子弟の従者が指を斬り落とされた。十分事件である。
「貴族の子弟を行方不明にするよりも、馬上槍試合の切っ掛けにする方が良いと思ったのよ。どの道、女王陛下には命ぜられるでしょうし、叩くのは当然。けど、もしかして、女王陛下は公にはご存知ないのかもしれないでしょう」
女王の治世における権威は微妙であり、配下の原神子は貴族が専横をほしいままにしている、もしくは容認している。それを王国の外交使節団の前で公にしてやればどうなるだろうかと彼女は考えていた。
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