第608話-1 彼女は馬上槍試合を思う
貴族を名乗る三人組は、馬上で剣を抜き襲い掛かって来る。
『エストックってのは、下馬戦闘用の剣だよな』
騎士は馬上では騎槍で戦い、鞍に吊り下げた銃やメイスで攻撃する。剣は馬から降りた場合の自衛用であることが多い。特に、刺突に特化したエストック=タックは、鎧の継ぎ目やチェインの部分を狙う武器であり、馬上で振り回す事に向いていない。
ブロードソードも、騎兵用の剣は馬上で振り回す分、長くなっているのでリリアルの購入した剣は短い分、茶目栗毛らは不利ではある。
馬上から刺突を繰り出す三人に対し、切っ先を剣の腹で払いのけ、剣を絡め捕るタイミングを計るリリアル勢。
「剣技が上手くなってるわね」
碧目金髪は……ほぼ使っていなかった分、騎士学校でかなり上達したように見て取れる。
「近衛から何度も模擬戦を挑まれたって伺いましたわ」
「「ああ……」」
ルイダンを筆頭に、近衛の騎士学校同期がリリアルの二人に絡んだということなのだろう。ルイダンは人柄はともかく、剣技はなかなかのものだ。
「ダンボア卿が絡んだわけではないのよね」
「なんか、ルイダンが観戦武官に行ったときに苦労したのを、勝手にリリアルのせいだと思い込んでいる近衛がいたみたい。その都度、本人から訂正されていたみたいだけどね」
ルイダンもエンリ同様、貴族の子弟であるという生まれの良さから来る驕りが抜け、苦労した分、自分を客観視できるようになったようだが、取り巻きの連中は未だそうではないので、面倒であったのだろう。
「孤児孤児って煩かったみたいね」
孤児院出身であるから、間違いはない。但し、二人は実戦経験者であり相応の魔力を用いた戦闘が熟せる。王国の騎士として叙任されるために通わせただけであり、騎士としての戦闘力は入校前で十分にあると彼女は判断していた。
「でも、模擬戦でコテンパンにしてから、大人しくなったみたいですわ」
「そう、あんな感じでね」
伯姪が指をさす方向を見ると、薬師娘が剣を交わらせたまま摺り上げるように飛び掛かり、胸に膝蹴りを入れてそのまま馬から転げ落とすところであった。
「あー あれは痛そう」
後頭部を地面に叩きつけられ、その後、腹の上を思い切り何度もかかとで蹴りつけられている。悶絶して、既に剣を手放してしまっている。
残るは自称男爵子息の男だけである。それなりの剣技、そして、馬上の不利を悟ったようで、隙を見て馬を盾にして下馬した。
「まあまあ上手ね」
「馬を傷つけるのは宜しくないものね」
馬上からの刺突の牽制もうまく、茶目栗毛が懐に入ることができない。馬上と武器の優位性を生かした攻撃は巧みではある。
「う、馬から降りましたわ」
「ええ」
「これで一気に片が付くわね」
「えっ」
ルミリは二人の先生の言葉に驚いた声を出す。既に、背後の二人は剣を取り上げられ、何に使うか分からないが馬に掛けてあった荒縄で縛り上げられている。
距離を取り、剣を突き出しレイピアの刺突のような構えを取る男爵子息(仮)
「これで終わりだ。覚悟しろ!!」
魔力による身体強化、剣は魔力を纏っていないが、鉄をも穿つ威力を持つタックの『突き』の威力に自信があるのだろう。剣を斜めに立て、顔の前をブロードソードの護拳で護る構えの茶目栗毛の胸に切っ先が迫る。
KYUIINN!!
切っ先を護拳で弾き、摺り上げ乍ら護拳をそのままカウンター気味に顔面へと叩き込む。
FUGYAA!!
間抜けな声を上げながら、鼻っ柱を圧し折られ、鼻血がドバドバと流れ始める。
「ちょ、ちょっとまて!!」
「待てません」
茶目栗毛は鼻に手を当て、鼻血を抑えようとする男の腹に、左手で抜いたスティレットを突き刺す。
「いっでえぇぇぇぇ!!!」
小指の長さほど脇腹に突き刺され、絶叫し、剣を取り落とす。
手放した剣を蹴り飛ばし、ブロードソードの切っ先を男爵子息に突きつけた。
「さて、殺してしまいましょうか」
「ま、まて、き、貴族を殺すと大変なことになるぞ!!」
「決闘でしょう。あなた達は、私の騎士達に一対一の決闘で馬上と徒歩のハンディがありながら言い訳できないほど負けたのよ。解るかしら?」
騎乗した『騎士』であれば、剣しか持たない歩兵がまず勝つことは出来ない相手である。数人で囲んで、メイスやフレイル、ハルバードやビルで叩き落としてようやく何とかなるレベルの差がある。従者二人はともかく、男爵子息は魔力による身体強化までつかったのだから、言い訳しようがない。
男爵子息も縄で縛り上げ、さてどうけじめをつけるかという話になる。
「今までも巡礼者を襲ってたんでしょ」
「こ、今回が初めてです」
「お、俺達従者だから、主人の命令には逆らえないんです」
「くだらない下僕ね。主人が間違ったことをしていたら、それを正す事もあなた方の役割りでしょう。迎合するだけなら、犬猫でもできるわ」
「「……」」
どうやら、『従者』と名乗りつつ男爵の息子の従者であるから、貴族や騎士の子弟というわけではなく、裕福な農民の子息で腕があると見込まれて従者のような仕事をしている……ようはゴロツキだ。
「それで、巡礼達を襲って、金品強奪、若い女性は私娼宿に売り飛ばして男や年寄り子供は殺したって言う感じかしらね」
「「「……」」」
「黙秘はすなわち肯定ということね。まあ、証拠も無いから……」
男たちは「無罪」という言葉を期待するのだが、そんなわけがない。
「王国副伯に剣を向けたので、この場で斬首が適当かしら」
「「「王国副伯……副伯!!……白百合の魔女ぉ!!」」」
どうやら、彼女は連合王国では『白百合の魔女』と呼ばれているらしい。
「胡乱な言い回しをされていて、至極不快なのだけれど」
「白百合は仕方ないでしょ? 紋章にも使われているわけだし」
リリアルは白百合の意。何の捻りもない。
「てことは、あんたがニースの魔女ぉ」
「……誰がニースの魔女よぉ!!」
BOSU!!
ブーツのつま先が男の鳩尾に深々と突き刺さる。あがあぁぁ!!などと言いながら痛みで転げ回っている。
「魔女か」
「まじょかっけぇって感じかも」
「……私もそのくらい魔術が扱えるように頑張りますわ」
『素質は悪くないから、頑張りなさいねぇ』
『**の魔女』と呼ばれる事が、冒険者組女子では流行りそうな予感がする。そして、あの姉なら『大魔炎の魔女』と自称するだろう。
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