第606話-2 彼女は『金蛙』に誘われる。
彼女達が洗濯にいっている最中、城塞の使用人たちに少し話を聞いていた伯姪と茶目栗毛。ルミリは兎馬の世話をしていた。
「女王陛下は人気はあるみたいだけれど、王としては軽く見られているわね」
「姉が女王であった時の印象が強いみたいです。ほぼ、夫の神国王太子の
言いなりだと思われていたみたいですから」
姉王は、神国王女の娘であり嫡流であった。とはいえ、為政者としての教育を受けることなく敬虔な御神子教徒として育っただけである。政治的には、父王からの原神子信徒に迎合する政策を改め、原神子派を弾圧するような政策を進めていた。そして、反乱が起きることになった。
「国王が教会の上に立つということは認められるんだけど、それが女王の場合、どうなのかってことみたい」
「……教会の司祭や司教に女性はいないものね」
教会と言うのは女子修道院を除き、男社会である。国王が教会の上に建つのは認められても、女王がそうなるのは……認めがたいという思いが大きいのだという。それは、貴族も同様である。
「結婚しろって煩いみたい。貴族も、自分の基盤である宗密院とか、議会の有力者とかね」
「男児を産んで次期国王として早々に立太子させて落ち着きたいみたいです。女王はあくまで中継ぎの存在。誰も、父親のようなものを女王陛下には求めていないということですね」
それはそうだろう。残念ながら、庶子も含めて父王の子に男児は生き残っていない。父王の兄弟もである。
「女王だから舐められているのかしら」
「それと、父親の時代が長かった後、短い期間で王が変わっているからそこで、入り組んでいるのでしょうね」
父王の治世は四十年余り、その後、二人の兄弟がそれぞれ治めた期間が五年ずつだ。姉王の時代は、御神子教徒の揺り戻しも起こっている。
「それでも、もう十年女王をやっているじゃないですか」
「十年女王を務めても、周りは結婚しろ、男児を産めとしか思っていない
と言う事でしょう? 王弟殿下の役割り至極重大ではありますね」
女王陛下も二十三歳で戴冠し、そこから……である。
「良い人いるみたいなんですけどね」
「なにが駄目なのかしら」
「……人柄?」
「「「あああぁぁぁ……」」」
ロブ・リドルはレイア伯ロブ・ダディと爵位を授けられ名前が変わっているらしい。
とはいえ、女王となった時にはすでに『寵臣』として認識されていた男であり、周囲の側近や議会の有力者たちからは「傲慢で信頼できない若造」
と貶められているのだという。
「時間をかけて、その男と結婚するしかないと周囲に思わせたいのかもね」
「けれども、リドル卿は既婚者です」
「今は独身になったのだそうです。奥様は事故死されています」
「「「……」」」
女王となって三年ほどの後、既に別居生活に入っていたリドル卿の妻は階段から落ちて亡くなったとされている。
こうして、独身同士となった二人は一層、はばかることなく王宮でいちゃつき始めたのだという。有力諸侯も「後継ぎを産むなら王配は妥協する」という姿勢にもなり、また、神国も「御神子教に改宗するなら」と条件付けをし結婚を支持すると表明した。
とはいえ、改宗は論外であるし、子供を産めば身の危険を感じざるをえない。既に北王国女王は男児を産んだのち摂政にさせられ、一歳の国王陛下が誕生している。女より赤ん坊の方が更に扱いやすい。
「女性であること以外完璧と言われる女王陛下には望ましくない結果でしょうね」
「その、リドル卿ってどんな人なんですか?」
女王陛下がご執心であるという男に碧目金髪は興味があるようだ。
美しい肉体を持つエネルギッシュな男で、御年三十五歳。多才な男で、馬上槍試合では華麗な技を披露し、宮廷劇や催しを見事な腕前で仕切る。戦争にも強く、建築や造園にも堪能。話術が巧みであり、法国語は母国語並にあつかえる。
「あなたに似ているわね」
「……なら、私が王配になろうかしら」
話術が巧みと言う点で言えば、姉の方が格段に上であるし、法国語も同じだ。つまり、姉がオッサンになったと思えばいい。
女王は父王の時代の華やかな国を維持したいと願っているのだとも言う。
「要はファザコンね」
「ファザコンなだけじゃなく、ダメンズです」
父親の面影を感じさせるリドル卿を寵愛し、しかし結婚はしないというのは、ある意味、父親の代用品と自分が結婚するのはおかしいと深層心理で拒絶しているからかもしれない。近親婚は禁忌であるから当然だろう。
それだけではなく、リドル卿を傍に置くのは障害にならないだろうが、王配とすれば宮廷のバランスも議会のバランスも大いに難しくなる。子供を産まなければ文句を言われ、産めば実権を取り上げられ、息子なら取り上げられ王として祀り上げられる未来しかない。
「つまり、王弟殿下が王配になる目はかなり低いわね」
「リドル卿の二の舞になるでしょうね。結婚するのは不本意であり、バランスを崩しかねないんだから」
王弟殿下、どうやらただの観光旅行になりそうである。万が一にも勢いでそういう関係になればまだ目があるかも知れないのだが。
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