第606話-1 彼女は『金蛙』に誘われる。
蛙の精霊、改め『フローチェ』は、この地を離れて故郷に戻りたいのだという。
『もう、一緒に来た巫女たちもいないしね』
「……どこに帰りたいのかしら」
『それは、あの森よ』
どこなのかと彼女は大声で聞き返したくなったが、精霊が人間の住んでいた場所の傍の自分の森のことを知っているわけがない。
「ここでは駄目なの? 少なくとも、今までここにいたわけじゃない」
『う~ん、人恋しいのよぉ~』
人恋しい蛙……あまり聞いたことがない。
『そ、それに、ここは寒いのよ!! 泉は凍るし!!』
『そこの小さい滝の水が流れ込んでるから、凍る分けねぇだろ。そんなに寒くなる訳ねぇし』
滝の水が凍るような場所もあるが、リンデの南で海にほど近いこの土地がそんな厳しい寒さになるとも思えない。
「故郷に帰りたいのね。私もそうよ」
『ね! わかってもらえるかしらぁ~』
「でも、ちょっと方向が違うから、帰りは別の所になるわ。なので、希望には添えそうにもないわね」
『……人の住んでいる森なら、贅沢言わないわ。ここ、人が来ないのよ。
すごく偶に、石とか漁りに来るのはいるけどね』
修道院の石材泥棒? くらいしか訪れないようであり、また、魔力量がある程度無いとこのように会話を交わせないらしい。魔力量中の上くらいは必要なのだろう。伯姪でギリギリか。
『ね、ね、贅沢言わないからぁ、連れて逃げてよぉ』
「蛙連れね……」
『ちょっと難しいよな。蛙だもんな』
「「蛙……」」
彼女は蛙に忌避感はないが、金色とはいえ二足歩行の蛙の姿に、連れの二人はぎょっとしているままだ。つまり、女の子は蛙好きじゃない。
「餌は、蠅とかでいいのかしら」
『……見た目は蛙だし、元蛙だけど、今は、土地の魔力やお祈りしてくれる人の魔力で十分よ。それに、加護だってあげちゃうんだから!!』
何やら必死な金蛙。
「実は、私たち泉の女神様の祝福を頂いているから、蛙の祝福は不要なのだけれど」
『ううん、加護よ加護!! 水の精霊魔術使い放題よぉ!!』
あまり嬉しくない勧誘である。彼女自身はそれ程必要とも思えないし、既に雷の精霊の加護がある。魔力量も十分なので、水の精霊魔術など必要とも思えない。
「間に合ってます」
『そ、そこをなんとかぁ……うう、人助けなのよぉ……』
人ではない、蛙もしくは精霊である。
「先生?」
「この蛙の精霊が加護を与えるから連れて行ってくれって」
「どこにでしょう?」
「恐らく帝国かネデルの森ね。元々の住処らしいわ」
とはいえ、恐らく千年くらい前の森だ。今は開墾され、森ではなくなっているかもしれないし、泉も枯れて無くなっている可能性もある。そもそも、しばらく彼女は帝国にもネデルにも用事が無い。姉にでも押付けるかと思わないでもないが、姉が森の中に入るとも思えない。
『あの薬師の娘っ子なんかよさげだよな』
アンネ=マリアであれば、魔力も問題ないであろうし、薬師としてネデルの森や帝国の森にも入る事があるだろう。元は巫女系の薬師であるから、相性も悪くない。とはいえ、この地からでるのに、世話役と言うか巫女を務める者がいなければならないだろう。
「あの、精霊はどうして欲しいのでしょう」
ルミリが彼女へと問う。
『あ、この子、が一番年少なのかしらぁ~』
「そうよ。今回のメンバーではね」
『もっと幼い子の方が、魔力伸ばせるのよぉ』
確かに、ルミリは既に十二歳、伸ばせるとは思うが八歳の子の方が伸びしろは大きい。八歳より五歳。それ以下では、魔力の鍛錬もおぼつかないので微妙である。
「巫女役を務める年少者がいいみたいね」
「お、私外れた」
「で、では、私でしょうか」
ルミリは『蛙の巫女』と聞いて顔が青ざめていく。
『まあ、将来商人になるなら、帝国やネデルに出かけて行って、森を通る事も多いだろうな』
「……それもそうね」
騎士になる子たちは王国から早々出ることはない。冒険者組にしても、わざわざ帝国に出かけることもそうはない。だが、商人なら多少変わる。密偵としてあちらこちらに赴くこともあるだろう。それに、水の精霊の加護で水の精霊魔術が扱えるのは良いだろう。給水、船での移動、水を用いた防御など、冒険者には今一使い出が悪くても、商人なら良いことが多くありそうだ。
「問題は、加護の影響ね。何か悪いことはないのかしら。例えば、虫を食べたくなるとかね」
『……ないわよ……多分』
『お肌がぬめぬめするとか、水かきができるとかねぇの?』
『無いわよぉ!! 失礼しちゃうわぁ』
くねくねしながら説得力皆無のリアクションをする。彼女は、ルミリに蛙の精霊の意図を説明し、加護を受けるかどうか決めるように促す。
「帰りでもいいわよ」
『いや、この道、通らねぇだろ』
『だめよぉ、いますぐきめてよぉ!!』
不安に目がきょろきょろとする精霊。
「先生、問題はなさそうですわぁ」
「そうね。あなたは魔力量が少ないし冒険者になるわけではないから、
精霊の加護で身を守れるのは悪くないと思うわ」
『はいはぁ~い。おまかせぇ~』
ルミリは、特にデメリットが無ければ、加護を受け『巫女』の役割りを果たしても良いと考えていた。
「因みに、結婚できなくなるとかあるのかしら?」
『……まあ、いいわよ。生まれた子供が女の子なら、その子と巫女の契約をしなおせば、その子に加護が移るってことになるけどね』
結婚しない可能性も……ないではない。非常にセンシティブな内容だ。リリアル的には扱いを注意すべき案件。
彼女はルミリに結婚して娘が生まれた場合、『巫女』が娘に替わり加護が移るという事を伝える。ルミリ本人は、子供が加護を持つことで安全に成長できるなら良いのではと言う。それはそうかもしれない。
『それじゃぁ、気が変わらないうちに、契約しちゃいましょー』
とても不安な言い回しだ。
蛙の人差し指と、ルミリの人差し指を突き合わせ、魔力を流し合って契約成立である。これで、兎馬車が空くらい飛ぶかもしれない。
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「……それで、この蛙なわけね」
『失礼しちゃうわ! 蛙に見えるのなら、あんたの目、節穴ね』
『どこから見ても、蛙だ。諦めろ』
ケット・シーならぬフロッグ・シーとでも言えば良いのだろうか。今の所、怪しい『妖精』であって精霊とは思えない。
『あら、わたし、いたずら好きとかではないわよぉ』
「悪戯したら、素揚げにしてさしあげるわ」
「確か、南都の辺りでは蛙料理が人気でしたね」
「そうそう、鶏肉に近いわね。まあ、余り好んで食べるものではないけどね」
『加護を与える水の精霊』から『みんなの非常食』に格下げっぽいのである。
『そ、そんなに美味しくないわよぉ。小さいし、お腹膨れないし』
「「「確かに」」」
回収した洗濯物を間借りした一室でたたみつつ、ルミリが『加護』を得た水の精霊について話をする。どうやら、泉の底に沈んでいた魔水晶に精霊は取りこまれていたようであり、微妙に蛙っぽい形の親指大のものであった。それを小さな皮袋に入れ、ルミリは首から下げている。
「それで、加護の効果は実感している?」
「まだですわ」
ルミリは、魔力操作も不慣れであるから、恐る恐ると言う感じで魔力を使っている。結果、水の精霊の加護を余り感じていないようだ。
「何か簡単な精霊魔術を使ってみれば、効果がわかりそうなものね」
「水浸しになりそうです」
「異議なし。それは危険そうな……この場では止めてもらいたいかもね」
やるなら、野営場所か街道沿いで休憩する時にして貰おう。
『ちょろちょろのぱっぱよ』
『加護も久しぶりだろうが。自重しておけ』
久しぶりで嬉しくなって暴走では洒落にもならない。
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