第七部 十七歳
第600話-1 プロローグ
王弟殿下とウォレス卿の一団が華々しく王都を離れた翌日。未だに、リリアル一行は学院に留まっている。
「それで」
「折角、通行許可証もいただいて自由に行動できるのだから」
「だからって、聖アリエル号を使わないで、海峡横断とか、馬鹿げてない?」
彼女と伯姪、渡海組が揉めているのは、彼女の『冒険者脳』故である。
「先生のおっしゃる通り、魔導船のキャラックタイプを見せるのは、得策では無いと思います」
茶目栗毛が一応の援護射撃。何故なら、先日、試運転時に連合王国の私掠船を撃破し、その主だった乗員を捕虜とし船を王国で接収したからだ。その特異な艦容から、一目でそれとわかってしまう魔導船が、リリアル副伯の所有物だとなれば何か良くない事が起こりかねない。
「持ってはいくわよ」
「けど、行きには使わないってことですか」
灰目藍髪が相槌をうつ。つまり、帰国時はどうでもよくなるので、そこでは利用するという事だ。最悪、王弟殿下一行を同乗させて逃げ出す必要があるかもしれない。
「それは……そうなんですね」
「ええ。備えあれば憂いなしですもの」
そう、ここでグダグダしているのは、憂い対策を追加で幾つか考えているからなのである。
「でも、小舟であの潮流の激しい海峡を渡るのは、転覆するリスクもあるんじゃない? 外海はうねりもある水温も低めだから、凍死するわよ」
「……」
『赤目のエミリ』が口を手で塞いで声を出さないようにしているが、目が潤んでいる。
「対策は打ってあるわ」
どうやら、小型の魔導船……『魔導艇』に補助浮力を追加する形で安定させるつもりなのだ。
「ああ、あの、船体に補助具を付けるということね」
「ええ。転覆もなくなるでしょうし、必要が無ければ外して収納すれば普通に川でも使えるでしょうから、便利よね」
「艦舷が低くて、海水が入ってきたりしませんか?」
そこは、魔装馬車の技術を応用して、魔装の天幕で覆う予定である。海水が入りにくくはなるだろう。入らないとは言っていない。
「
「ええ。もう、仕上がっているはずよ」
アウトリガーと呼ばれる船体から突き出して固定される追加浮力。単胴の主船体を安定させるために用いられ、船体の片方のみに用いられたとしても、浮材の浮力が装着方向への転覆を防ぎ、重さが反対方向への転覆を防ぐ。
「革に魔装布を張った物になるわ」
「支柱から魔力を伝播させるのね。上手く使えば、簡易的な防塁にも使えそうね。いいじゃない」
東方の島嶼域においては、こうした小型船でも長距離移動することを古来から行っているという。その秘訣は、このアウトリガーの存在にあると伯姪もニースの古参船員から子供のころ聞いたことを思い出したという。
「不安しかないですぅ」
「波が穏やかであれば、あの魔導艇でも問題なさそうではあるわ」
「速度的にはあまり出ませんから、時間がかかりそうですね」
恐らく、海上では数ノットしか出ないであろうことを考えると、最短距離でも丸一日はかかりそうである。
「それで、カ・レから対岸の『デュブリス』に向かうのではなく、『サウスポート』に向かう事にします」
ルーンからサウスポートまでの距離は、カ・レからデュブリスの間の約三倍。魔導船であれば、一日半くらいの距離であろうか。
「……死んじゃうかも……」
「船が揺れなければ何とかなりそうでが」
「揺れないわけないじゃない?」
薬師娘二人が既に危険を感じて顔色を悪くしている。ルミリは意識が跳びつつあるように見える。
「そこから、巡礼路を辿ってみようかとおもって」
『巡礼路かよ』
『魔剣』がぼやく巡礼路とは、その昔、ロマンデ公が蛮王国に攻め込んだ際、征服後に蛮王として戴冠式を執り行った司教達を、蛮王国の大司教が破門に処したことに始まる一連の事件による。
カンタァブル大司教トマスはロマンデ公が遣わした詰問使である騎士達を無視し、面会を拒絶。激昂した騎士達により大聖堂から引きずり出された後に殺された。ロマンデ人=入江の民であるので、その蛮族に従わなかった故の殉教と見做され、カンタァブル大聖堂近くに、聖人として祀られた。この地を聖地として、サウスポートから約200㎞の巡礼路が存在するのだ。
元々、古帝国以前からある自然の尾根道が街道化したものであるとされているのだが。
「巡礼って、じゃあ、巡礼者の格好をしなければならないじゃない」
「修道女ではなく……でしょうか」
「連合王国では、修道院は国王の命令で解散させられているので、修道士も修道女も今はいないの。恐らく、修道女の格好では捕縛されるわ」
父王時代に修道院は解散、修道士・修道女は還俗させられた経緯がある。恐らくそれは、未だに替わっていないだろう。
「巡礼ですか」
「普通の冒険者風の格好に、灰色のフード付きマントで問題ないと思うの」
「……それ、普通のリリアルじゃない……」
魔装布の裏打ちのあるフード付きマントに冒険者服であれば、その通りだ。
「帝国にも冒険者ギルドって一応ありましたけど、連合王国にもあるんでしょうか?」
「ええ。王国や帝国・ネデルと貿易がある都市には設置されているようね」
「けれど、それって対外的な依頼が主でしょう? 国内ではあまり自由に移動できないから、街道も冒険者業も必要とされていないから、王国のようにある程度の都市なら支部・出張所があるってことはないみたいね」
外国人向けの『冒険者ギルド』は存在するが、内陸部にはないということだろう。
「じゃあ、どうするんですか、依頼とか」
「領軍というものがあって、各地の総督? 国王の代理人が指揮している領地ごとの臨時軍か、各地の貴族の騎士団が活動することになっているのでしょう」
「それと、賢者学院の卒業生が国内を旅しながら修行がてら依頼を聞くみたい」
「それこそ巡礼みたいですね」
「本当ね」
恐らく、街や村を訪れた際に町や村の代表者から受け、その以来達成の成果を持って『賢者』としての仕事を実績として積み上げていくのだろう。
「騎士道物語の主人公みたいですわ」
エミリの言葉に彼女は少し合点がいった。本来、騎士が主君を求めてあちらこちらを移動するという事は無くはない話なのだが、実際は、傭兵として稼ぐことになる事が余程多い。集まって『傭兵企業』などと呼ばれる集団を形成して、諸侯や王家に雇われる方が簡単だ。法国では随分前から傭兵軍が防衛組織の主軸になっていることもある。都市の住民の中で、騎士とは騎士相当の戦力を雇えるだけの税を納めている階層を示す言葉になって久しい。自分で戦うのではなく、払った金で人を雇うのだ。
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