第599話-2 彼女は伯姪が『紋章騎士』となるのを見届ける 


 壮行会は、どうやら王弟殿下のお披露目のような場となっている。おかげで、彼女達はあまり話しかけられる事もなく、気楽な感じでまとまって行動している。


 統一感のあるドレスは、王妃様から下賜されたものであるという話だけでも暫く場が繋がり、一通り身につけているものなどをほめそやされ、宝飾品も王妃様から借り受けたものであると伝えると、どよめきと共に「どちらが大使か」と言われるようなこともあった。


 勿論、王弟殿下が大使であるが、半分は見合いの当事者であり外交を行う気はあまりない。結果、彼女達に負担がかかるという事であり、王妃様からの下賜はその援護射撃であると思い至る。


「ありがたいのだけれど」

「やれやれね。王弟殿下の……」


『御守りも楽じゃない』と口にしそうになる伯姪。事実だが、不敬なのでやめてもらいたい。


「やあやあ、美女が揃っていると壮観だね!!」

「……姉さん。お爺様も今日はありがとうございます」


 ジジマッチョ夫妻と姉がやってきた。夫人は古いお友達であろうか、年配の夫人を何人か伴っている。


「姉がご迷惑をおかけしております」

「いいえ。私も、王都の社交は久しぶりなので、とても助けていただいてますのよ」


 と品よく笑うマッチョ夫人。ご本人はマッチョではない。


 どうやら、最近の王都の社交については姉からのアドバイスを受けつつ姉は、夫人の古い交友関係から新しい繋がり……特に紹介絡みの伝手を繋いでもらっているのだという。温故知新、Win-Winな関係をここに見る。


「あら、リリアル副伯は思っていた以上に可愛らしい娘さんなのですね」

「ええ、ええ。ですが……」

「儂と同じくらい、いや、今なら儂以上の手練れだと思われるな」


 余り嬉しくない。確かに、初めてニースの別邸で立ち会った時は必死に食らいついた記憶がある。


「私以上に才色兼備なのですわ、私の妹は」


 おほほほと取ってつけたような笑いをしつつ、自分を自分で持ち上げる事を忘れない姉。


 遠巻きにされていたところ、年配の方達を中心に、ジジマッチョ夫人絡みの方達がかわるがわる挨拶をし、言葉を交わしてくれている。彼らは、先王時代、外征で苦労した世代である。つまり、再び戦乱を王国に持ち込まぬよう尽力してほしいと、やんわりと彼女たちに伝えに来たのだ。


『誰も戦争は望んでねぇけどよ』

「ネデルで燻っている問題が、王国や連合王国に飛び火する可能性を考えなければならないのよね」


 ナバロンや西部の原神子信徒はギュイエ公が対応し、南部は王太子が対策している。派遣される代官らも、その辺り、十分配慮ができる実務派・穏健派を選んで送り込んでいるという。


 その辺り、未だ宮廷では原神子派が幅を利かせてはいないものの、王都の理事会などでは力を持ちつつある。とはいえ、都市毎にその都市の理事会が宗派を決めてしまうネデルや山国、帝国自由都市のような事態はあり得ない。あったとしても、教会を破壊したり聖職者を追放させることはないだろう。


 警告はすでになされている。宗派を理由に騒乱を起こした者は、国家反逆罪で捕縛し処罰すると。国家反逆罪や反乱罪の処罰内容は『死刑』が前提だ。殺しはしないが、死ぬまで収監すことになるだろう。殉教者を作る事は宜しくないからだ。





「副伯、楽しめたか」

「お陰様で。王弟殿下は如何でしょうか」

「ん、期待されていると感じている」


 大使と副使から最後に挨拶をということになり、締めの挨拶を王弟殿下がすることになる。彼女達も「使節団員」として前に整列し、最後の挨拶を待っている状態だ。


 期待されていると感じているのがどのへんなのかは不明だが、王配になる事であると理解しているのであれば……それはとても宜しくない。


『まあ、王配になれると思っているから楽しそうなんだろうけどな』


『魔剣』の言う通り、彼女もそう感じている。


「エンリ卿」

「……閣下、なにか?」


 王太子殿下に頼まれた用件、この会の後にでもエンリに依頼しなければならない。とはいえ、馬鹿正直に伝えることは問題だろう。


「王妃様からも、王弟殿下の行いに気を配って欲しいと頼まれているのです」

「おお、そうですか。私も、随行員として身の引き締まる思いをしております。貴女のお陰で、こうした役目を与えていただけました」


 エンリとしては、ネデルとの関係の深いリンデの貴族・商人と伝手を作り、また、女王陛下の宮廷に知己を得ることで、オラン公とネデルの為になる人脈作りの機会を得たと考えているのだろう。


「私たちは、王弟殿下と別スケジュールで活動する機会も多くなります」

「そうですね」

「ですので、王妃様に王弟殿下の様子などお伝えするために……」

「情報交換ですか。勿論です」


 エンリは自分の行動も誰かに伝えたかったようで、彼女の申し出を快く受けてくれた。あまり意気込み過ぎて失敗しないといいのだが。


「馬上槍試合の準備も近衛騎士は進めているのですよ」

「エンリ卿も?」

「帝国ではそれなりに嗜んでおりましたので、良い機会になると思います」


 エンリも中々の好男子である。とはいえ、女王陛下の配偶者には……年齢的に無理だと思われる。主にエンリが。


 



 王弟殿下の挨拶が終わり、彼女も簡潔に両国の友好の懸け橋になりたいなどと適当なことを言い済ませた。


 王族が退出し、やがて三々五々に解散となる。


「戻って来たときは、また解散式があるのかしら」

「慰労会ね。あるんじゃない?」


 彼女と伯姪は、無事に帰国できるよう心を尽くそうと話すのである。

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