第599話-1 彼女は伯姪が『紋章騎士』となるのを見届ける
騎士にもいくつかの階層が存在する。『男爵』が戦士の長としての王の直臣を意味する爵位から始まるのであるが、その下位互換も存在するということになる。
騎士を幾人か束ねる者を『大騎士』と称する。その大騎士が戦功を重ねることにより男爵並と認められれば『旗騎士』となり、自身の紋章を持ち戦場に出ることができるようになる。独立した貴族として認められるという事であり、男爵への道が開かれる事になる。
本来、騎士が描く紋章は仕える主家の紋章であるから、自身の紋章を持つ騎士と言うものは特別な存在であると言えるだろう。
王国では『
その後、王国以外の帝国や騎士を貴族としない連合王国にも取り入れられた。連合王国では『旗騎士』をバナレットと呼び準男爵として位置づけたが、貴族とは見做されていない、騎士の最上位者であるとされる。
とはいえ、騎士としての能力で評価されるため、高位貴族からも一目おかれ、国王の側近メンバーとして序列は下位ではあるが、公爵らと同席する地位を得ることになることもある。
『副伯』の副官としては妥当な地位でもあり、男爵令嬢から男爵家当主という可能性が出てきたことも悩ましい。
王国副元帥としての地位を得た彼女と同様、王国の騎士であれば同様に指揮権を得ることができる立場を手に入れたことになる。近衛連隊の中隊程度であれば指揮官は『紋章騎士』未満であるから、伯姪が指揮を執る事も立場上可能となる。また、王から叙任されたリリアルの騎士達も同様だ。組織としての統制がより確立したと言えるだろう。
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騎士の叙任に続き、新たな爵位の授与が為されている。
『紋章騎士とは、古風だな』
自身の紋章を許され、独立した貴族と認められるのが『紋章騎士』である。騎士は貴族とはいえ、『家士』の末裔であると考えられる。自身の紋章を持たず、仕える家門の紋章を掲げる。
主家を失った騎士は『黒騎士』と呼ばれるが、その理由は描かれていた紋章を黒く塗りつぶしたことから発せられた言葉である。カッコいい理由ではない。なんなら、バッテンで消して「バツ騎士」でもかまわない。
伯姪に与えられた紋章は、リリアルとニース辺境伯家を組み合わせたものとなる。水色と白の組合せに白百合と王冠を被った赤鷲が描かれる。赤い鷲が遠目に目立つので、判別しやすいかもしれない。
「感無量ね」
『巻き込まれたとも言えるな』
渡海を前に、伯姪はニース辺境伯の『猶子』となった。これは、相続権のない養子縁組であり、辺境伯の子供として後見することを公に示したことになる。
つまり、伯姪を『騎士』だと馬鹿にしかねない連合王国の貴族に対する牽制の意味に加え、王国でより影響力の強くなった伯姪がどこの誰であるかをはっきりさせる意味合いもある。
『赤鷲』の紋章は、ジジマッチョの活躍によりニース辺境伯の名と共に恐怖の代名詞として広く知れ渡っている。伯姪は彼女の盟友であり、また、彼女もニース辺境伯家と縁戚であるということも思い出してもらえると……思い出した者は無駄死にせずに済むだろう。
叙任式には騎士服で出席した彼女と伯姪、薬師娘二人組だが、壮行会はそうはいかない。王妃様から頂いたリリアルカラーのドレスを身に纏う。マフ? それは、連合王国に滞在中だけにしてもらいたい。王国の式典で彼女達が誰かを知らないような貴族はいない。金持ちアピールも不要だ。
一室を借り、王妃様が手配してくれた侍女の皆様により、次々に着付けをされていく。本来なら半日仕事であるが時間がない。
とはいえ、さほどのメイクも必要とせず、ドレスを着て薄化粧と言える程度のメイクを施し、髪を結って宝飾品を身につければ……
「化けるな」
「……殿下、御婦人の着替えの部屋に入り込むなど、マナーに反します」
王妃様付きの侍女ゆえか、はたまた気安い王太子の性格故か、叱責じみた言葉も気にしないようである。
「殿下、何用でしょう」
「いや、君にはすでに察している事と思うのだが、叔父上の婚姻は成立しないし、させてもらっても困る」
そこにいる中で、『赤目のルミリ』以外は驚きもしない。いや、驚いた顔を見せるのは王宮の侍女失格だろうか。
「私たちは別行動となります」
「それは知っている。だから、エンリ公子にそれとなく伝えてもらえないかと思ってね」
「ああ、それは……」
今回急遽、近衛騎士として親善使節団に加わるエンリだが、ネデルにとってオラン公にとっても王国と連合王国が親しくなるのは困るかも知れない。王国が原神子信徒の国になる事もないだろうし、連合王国も商人や都市にいる貴族ら以外、多くの国民は御神子教徒のままなのだ。
「叔父上があちらに留まり続けるのも困る」
「その為の公爵位ですものね」
王弟殿下を急遽公爵とするのは、王国に留まる理由づけの為だ。王太子がいる今の段階で、王弟殿下の立場はさほど好ましいものではない。王太子が未成年であったなら、成人した王族として価値があったものの、今はそうではない。
故に、王弟として相応しい程度の爵位を用意した。但し、百年戦争の頃のように、王太子を差し置いて王国を分割し勝手に旗頭になるほどの領地や身分を与えるつもりもない。また、王弟殿下もその器ではない事は本人も周りも理解している。あくまでも、王太子が成人するまでの保険でしかなかったのだから、教育もそれなりなのである。
「女王陛下もそのつもりでしょうから」
「ご本人はそうでも、周りには利用して王国を手に入れるなり、内部工作に利用する者もいる。が、行かせないわけにもいかない」
神国の王太子は女王陛下の息子ほどの年齢でしかない。彼女より少し年上の先王の庶子がいるものの、王族とは認めても王位継承権を持たないので、これも力不足である。軍才があるというが、どれほどのものなのだろうか。それに、仮に有力であるなら、ネデル総督に充ててくることだろう。王配はない。
王弟殿下を送り込むなら、帝国の端っこであるとか、王国から離れた小国になるだろうか。神国の属国である『ナバロン王国』という西山脈沿いの国に、その昔『聖王』の王子が起こした伯爵家から始まる「バンタム公家」がナバロン王家の女王と婚姻し王家になった経緯がある。それに似た婚姻なら可能であるだろう。
バンタム公は先王の時代に、法国戦争で活躍した元帥閣下でもある。因みに、この王家は原神子信徒である。
「こちらも、手伝えることはなんでもしよう」
「……出来うる範囲で尽力いたします」
王国内ならともかく、原神子信徒の多いリンデ周辺の貴族や商人に伝手があるとも思えない。なので、出来うる範囲で……あまり王弟殿下がのめり込まないように釘を刺す事にしよう。また、エンリは状況確認できるように連絡を取ることを事前に話しておくことにする。
「渡海前から大変ね」
王太子が退出すると、伯姪が彼女に声をかける。
「何を他人事のように、紋章騎士様」
「副大使である副伯様の案件でしょう?」
「それを言わないで」
「協力するわ。ねぇ?」
薬師娘二人とエミリに視線を向ける。三人は頷く。
「さて、どんなところか楽しみね」
伯姪は明るく笑い飛ばしたのである。
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